かまってくれるだけで嬉しい時もある。
国名を覚えてなくて焦って確認しました。
――――――身近の当たり前の存在が、今まで一体どれだけ有難いものだったのか。
帝国騒動が無事解決した後、私を含めたノウェル国組は自国へ帰ることになった。姉たちは結婚式の準備もあるからだ。
結婚式の日取りは婚約した時に大雑把に決めたらしいが、今まで正確には決まっていなかった。
しかし、先日殿下が早急に決定したらしい。国へ知らせを送ったそうな。独断ってお前どんな自己中・・・などと思ってしまったのは、恐らく私の悪意からなのであって、姉から見たら「決断早い! 流石!」となったらしい。盲目もいい加減にしろと言いたい。
・・・兎に角、騒動もひと段落した所であるし、日取りに何の問題も無かった事もあって(急ではあっても前々から予定していた範囲内の日取りだということで)、急に決められた側も特に文句は無かったらしい。
こんなどうでもいい事情を私が知ってるのは本人から聞いたからだ。
「独断って、殿下ったら、どんな自己中ですか。迷惑も甚だしいですよね。」
先ほどの言葉に付け加えよう。詳しく言えば、思っただけでなく私は本人に言った。
「妹ちゃんの言う自己中も許される立場に居る俺で悪いね。」
笑顔で言葉を返した本人はつまり殿下であって、殿下はつまり姉の旦那(予定)であって、腹をぶちまけて分かり合えないとお互いに確信した日(前話参照)から、殿下はこれ見よがしに私を妹ちゃんと呼ぶ。うざい。やめろ。
「やだっ、ラヴェンツったら笑顔素敵! シェイちゃん、ラヴェンツのこと、義兄さんって呼んでみて頂戴。」
「お姉ちゃんの耳は今日も変わらず絶好調にお飾りっぷりを発揮してるね。」
「飾り・・・装飾品みたいに素敵ってこと? ありがとう、知ってる! そういうシェイちゃんのお口は、今日もよく喋るわよね!」
「ありがとう。私もお姉ちゃんの声は話す言葉の意味を理解しない限り完璧だと思ってる。」
「声が綺麗ですって? うふふふふ。もうっ、褒め上手ね! 聞き飽きた文句だけど、シェイちゃんから言われると今だ嬉しいわ不思議!」
「聞き飽きたっつった? 都合の良い時に耳は本来の機能を果たすってことか・・・。うん、高性能だね!」
「やめてくれるかなそこの姉妹。会話の毒がこっちまで来そう。」
・・・とまあ、姉と居る時の殿下も、何処が良いのかさっぱり分からないまま終わるので、姉の男の趣味の理解は諦めた。性格が悪いことに関する理解だけは深まった。まあ、どっちにしろ私に関係ないしね!(笑顔)
馬車で帰路に着き、帰ったら帰ったでドレスやら招待状やら何やらで大忙しの城の隅で私はぽつんと主役の動き回る忙しそうな姉達を尻目に過ごし、
その間招待客のヘイカについて来るネアと文通したり、昼寝をしたり、
勝手に城下に抜け出してお店だった家を掃除しに行ったり、忙しそうに働く天使フィノルに「スカート捲くれてますよ」と試しに声をかけてみたら殴られそうになったり、本読んだり、あくびしたり、
前の服がちょっときつくなって試しにお腹周りを測ってみて血の気が引いたり、ダイエットしてみようとしたり、城の庭を走ってみたら不審がられて恥ずかしくなってやめたり、
昼寝したり、昼寝したり、昼寝したり・・・・・・・・、
うん、まあ、まとめると、結婚式まで私はとても暇だった。
暇ってとても辛いのだ。
やることがないから周りのものに目を向ける。すると、周りがよく見えるようになる。
いつもより丁寧に庭の花をいじり始める庭師。
結婚式の料理を緊張した面持ちで、でも目を輝かせながら話し合う料理人たち。
綺麗な布を重そうに抱えて、城に入ってくる商人。
結婚式について他愛のない話をする門番。
お祭りのように賑やかになり始める城下町。
花嫁を真似て花飾りを頭に乗せて遊ぶ子供たち。
自分のことのように嬉しそうにする侍女。
廊下の掃除に気合が入る掃除番。
招待客のリストを慌てて作る役人。
風に揺れる色とりどりの花々。真っ白の城壁。雲が泳ぐ、透き通った空。
頬を上気させ、晴れやかな笑顔で人々の中心に居る姉。
「妃殿下、もう少し腕を上げて下さい。」
「こうかしら?」
「ありがとうございます。あっ、やはり妃殿下にはこのサイズがぴったりですね!」
「この色もよくお似合いになると思いますが、どうでしょう。」
「そうね。でも、そちらの淡い色も気に入ってて、迷ってるのよ。・・・裾はもう少し長くした方が良いかしら?」
「いえ。丁度良い長さだと思いますが、長くすることもできますよ。」
「ここにレースでも可愛くなりますね!」
「あ、いいわね。」
「口紅は、この三種類に絞りましたが、如何致しましょう。」
「妃殿下は何もしなくても鮮やかな唇でいらっしゃるから、こちらの色の方が良いのではないかと思います。」
「そう? 任せるわ。」
「花の形は私はこれだと思うのですが・・・」
「えっ、だめよ、絶対こっちだと思います!」
「ええっ、私はもう少し小さめの花の方がお似合いかと!」
「いっそ違う花に致しましょう!」
「首飾りですが、この長さの・・・」
「ちょっと待って、その前に花よ花! 妃殿下、私は濃い色の方が・・・」
白のドレスを試着する姉を見て、私は立ち尽くした。
さらりと姉の肩から金色の髪が流れる。
眉を寄せて、困ったように表情をしながら、頬はピンクに染まっていた。
真っ赤な唇から笑みがこぼれる。
白い肌がきらきらと輝いているように見えた。
「お姉、ちゃん・・・・・・・・・」
私の小さな呟きを捉えた姉が、ぱっとこちらを振り返る。
「あ、シェイちゃん。」
笑顔を浮かべた姉と、一斉にこちらを振り返った、侍女の人々。
部屋は物で溢れ返っていた。靴や首飾り、何着ものドレス、床に落ちる装飾の花々。
瞬間、私はどうしようもない孤独感に襲われた。
見ている景色が一枚の絵の様に貼り付けられた。ぺらりと。はがれる。
「どうかした? シェイちゃん。」
姉が笑顔という表情のまま、私に尋ねる。
「何でもない。み、見に来ただけ・・・・・・」
「そうなの? あ、入って見てってくれないかしら。」
「う、ううん。本当に見に来ただけだから、もう、部屋に、戻るよ・・・・・・」
閉じた扉の向こうから、「またね」という声が聞こえた気がしたが、すぐにまた部屋は騒がしい音で一杯になった。
「妃殿下、妃殿下。靴はこの長さのものがありますが・・・」
「それじゃあ歩きづらいかもしれないわ。妃殿下、髪飾りは余り華美なものではなく・・・」
「では、花はこの形のもので発注致しますね。あ、色! 色も決めなければいけないのでした・・・」
「レースはありすぎても困るわ。え、花の色? ・・・もういっそ、殿下に決めてもらったらどうかしら・・・」
実感してしまった。
私は独りになる。