――ある少女の生涯の裏切り。
――――――――私たちは、朝日を浴びて目覚める事はない。
「レリアー! 起きろよぉっ、今日は一緒に鬼ごっこしてくれるって言ってたろっ!」
半泣きの声で無礼にも私の(仮にも女性である)部屋の扉を開けたファイーは、私を起こそうと精一杯揺さぶってくる。
うむ、頑張りたまえ少年。5歳児の力などたがが知れているものだ。
余裕で二度寝をしようとしたら、頭が在り得ない程の衝撃を受けた。
グワァン、と音が響く。
私は飛び起きた。当然だっ、このっ、
「糞 餓 鬼ぃぃぃいいいいいいいっっ!!!!! 許さんぞ、フライパンで女子の頭打ん殴るとはどういう了見じゃコラアアアアアアアッ!!!! しかもまだ4時じゃねえか、どんな早朝鬼ごっこだ阿呆!」
当然ファイーは真っ青になって逃げ出していくので、望まずとも自然と早朝鬼ごっこになる。
「ひいいいいいいいっ! ごごごめんなさあああいっ!」
「ごめんなさいで済むと思ってんのかっ! 下手したら死んでたぞっ!」
「レリア、ファイー! 五月蝿いぞ朝っぱらから! 皆寝てんだ、追いかけっこなら広間行ってやれっ!」
可笑しい、何故私も怒られている?
しかし向こうは何も悪くないので赤ん坊の頃から面倒を見てやっている糞餓鬼の首根っこ掴んで――――元は礼拝堂と言われていたであろう―――広間へ行く。
「さて、反省会をしようかファイー。人を起こすのにやっていい最大の手段は、冷水を掛けるまでだぞ。フライパンは最高に目覚めが悪い。分かる?」
そうして私は意識を集中させ、ついさっきの起こされた時の記憶を態と濃く、濃く送り込んだ。
私たちラウディが持つ「記憶」の能力には二種類ある。
一つは純粋に記憶のみを伝えるもの。
もう一つは記憶と同時に持ち主がその時感じた意志や心、感情も共に伝えるもの。
殆どは後者で、前者は扱いが難しいのだ。
ファイーには私の痛みと不愉快さを強調させて伝えた。
さすがに理解出来たのか、しゅんとして謝る。
「ご、ごめんなさい・・・。まさかこんなに痛いと思わなくて・・・。」
「馬鹿、殴る前に想像するべきだ。フライパンなんか痛いに決まってるだろう。ほら、思い出して。ファイーの曽祖父の祖父の記憶。悪戯で仕掛けられたたらいが上から落ちてきた衝撃もかなりのモノだっただろう? 今度から気をつけるんだ。」
私たち一族に秘密や隠し事が出来ないのは正直面倒だが、こういう時便利である。
「ぅ・・・っ、ぅえっ・・・・。」
・・・あ、やべ。泣き出す。
そう察した途端、救世主の声。
「レリア、その辺にしてあげたら? ファイーも、悪い事だって分かったものね? お利口さんだから、ね?」
「ユェイ!」
私の親友である。
私は彼女が大好きだ。
「ユェイユェイッ! 随分早いな! 今日畑の光当番だったのかっ!?」
飛ぶようにして抱き着きながら問いかけた。
ちなみに光当番とは、此処には窓がない為代わりの光を早朝に付ける係である。
「そうなのよー。もう、眠くって。レリア、手伝ってくれない?」
「えー。まあ、いいけど。殆ど終わってるじゃないか。」
「頑張ったもの。でも、早起きは三文の徳って本当ね。さっそくレリアに会えたわ。」
「! ユェイーッ! 大好きだっ!」
彼女は特段に可愛いので、そんな事を言われたら悩殺モノである。ふふ、男共に自慢しようぞ。
「レリアもユェイも! ぼくのこと無視しないでよー!」
「ああ、ごめんごめん。ついラブラブタイムに入っちゃって。ほら、部屋まで送ってくよ。」
むすっとしたままファイーは差し出した手を握った。
「じゃあ、また昼にねユェイ!」
「ええ、また!」
「ただいまー! あ、丁度朝ご飯? お父さんとお母さん、今日家畜の世話?」
「そうなの。ほら、レリアも座って食べちゃいなさい。」
おお、私の大好きな目玉焼きだ。卵は余り食べられないのである。朝から豪華。
「レリア、さっきの騒動は何だったんだ?」
「うん。ファイーと鬼ごっこかな。」
「あら、ファイーくん、ついこの前はいはいしたばかりだと思っていたのにねえ。」
「すっかり悪餓鬼だと、ファイーママに言っておいてよ。ああ、それにしても卵美味しい!」
「ほんと好きねえ。あ、あなた。もう時間よ行きましょ。」
「おや、本当だ。じゃあレリア、食器頼むな。レリアの今日の当番は何だ?」
「私は今日は夜の消灯係だから夜まで何もない。ユェイと遊んでるよ。」
「分かった、じゃあな。」
腕を組んで出て行った両親は相変わらず仲良しである。
たっぷりユェイと遊んでいたらあっという間に消灯の時間になってしまった。ううむ、一日って短い。
消灯係は二人ずつ。
もう一人は今日誰だったかなあ・・。
「レリア!」
「、わ。タオ!」
背の高い男が後ろに立っていた。いつの間に。
「久し振りだなー! なんか暫く当番一緒になる事も無かったし、すれ違いもしなかったもんな!」
「わっ、馬鹿! 抱きつくなっ!」
勘違いしたくなるだろうが。
「ちょっとやめとけってば! それだからユェイに誤解されてフラれるんだよアンタ!」
ユェイのタオの認識は「はっきりしない男」「本心謎」「浮気性?」・・などなど、良いものが一つもない。
「え、それは困るなあ。」
そう言って照れ笑いしながらあっさり腕を離すこいつを、殴りたくなるのは仕方ない事なのだと思う。すれ違いもしなかったのは、避けてたからに決まってるだろ馬鹿。本当馬鹿。嫌いだ。
さっさとくっ付けばいいのに。
それが私の為になるから。
――――――そんな愛おしい日常に、知らせは突然来たのだ。
「ユェイが、贄になるかもだ、って・・・?」
確かに彼女は愛らしい。私の大好きな彼女。親友。
「何で・・・。何で!」
「俺に言うなよレリア!」
タオは泣きそうだった。当然だ。自分の好きな女の子が、贄に、なん、て。
私はその日生まれて初めて彼から頼まれ事をした。
「ユェイを、助けてよ・・・、レリア。」
君からだと残酷になるその頼みは、私の願いでもあり、私にしか出来ぬ事だった。
「ユェイ! 贄の話、本当!?」
「・・・本当よ。さっき、長から言われたの。」
こんな痛々しい彼女の笑顔を、私は見た事がない。
しかし小さな小さな呟きを、私の耳は捕らえたのだ。
「最後に、タオに挨拶しなきゃなあ・・・。」
――――――――ああ、もう。君たちは。
「誰にも知らせず。誰にも何も言わず。ひっそりと出て行く。・・・それで、本当に良いんじゃな、レリア?」
「はい。贄を変わるだなんて、私の無理なお願いを聞いて下さってありがとうございます、長。」
だってユェイは贄として、脆すぎる。柔らかすぎる。優しすぎるから。
そして、ユェイの想いとタオの気持ちを私は知っているから。
「最後に、ラウディとして言う事は、何も無いか。」
「・・そうですね。
・・・特に、何もありません。」
幸せだったから。
呆気なく来てしまったラウディとしての最後。
「それでは。」
私は、敵である王の下で生涯を終えようか。
笑顔を見せて、いえの扉を閉めた。
「あっ、レリア様ー! 陛下がお探しでしたよー!」
「えっ? 本当か? デイルにはちゃんと庭に行くって言ったんだけどなー。分かった。ありがとう!」
「いいえー! 我が国のお后の為ならばー!」
「やめろ馬鹿ー!」
私は毎朝、日の光を浴びて目覚める様になった。
「レリア、俺を愛してくれているか?」
「やだなデイル。今更だ、当たり前じゃないか。・・愛し、ている。」
正確には、「愛してしまった」、なのだろうか。
嗚呼、御免なさい。御免なさい。
私は敵であるはずの、私たちを閉じ込めたままの王を愛してしまいました。
嗚呼、御免なさい。御免なさい。
私は貴方に秘密で、今でも仲間に情報を渡しに行っているのです。
実際の朝日は、記憶よりもずっと眩しかった。
番外編。
どうしても書きたかった視点です。