世の中知らない事の方が多い。 中編
「【彼等は、生きた。】」
いえに老女の声が静かに響く。重みを持って。
そうだね、彼等は、わたしたちは、生きてた、絶望を味わって、籠の中の鳥になろうと、生きてた、そう、
「【此処で。】」
老女が両腕を左右に広げた。布が擦れる音と同時に細いやせ細った腕が見える。
恐らく「落ちこぼれ」なのであろう私の能力も、彼女の強力な意志のお陰か次々と「記憶」を伝達させていた。流れ込んでくる、沢山の人生に私は涙するべきなのか。
教会であり、牢屋であった此処は確かに捕らえられたラウディが暮らす、
「いえ」だったのだ。
一族は皆戸惑い、絶望した。
一体どうしたのかどうするべきなのかどうすべきだったのか。
けれども彼等の長所を上げれば、悪人という悪人は居らず、皆仲良しで、そして自身の持つ共有している「記憶」を冷静に観て判断し情報を得る頭を持っていた事だった。
「私たちは恐らくもう、外の光を見る事はない。」
当時の族長であった爺・ルパは言った。
動揺は無く、いつも通りのしっかりした声だった――――そう記憶している――――。
「だが、此処で生まれた次の子達には私たちの記憶は伝達され、受け継がれる。どんなに時が掛かろうと、必ず出る時が来るであろう。その時の為に私たちが出来ることは、」
ここで生きる基盤を、
出来る限りの情報を、
王は死に変わるが私たちの記憶が無くなる事はない。
・・・彼等の武器は何よりも正確で膨大な情報だった。
元は教会があった所に城を建てたサハルエ初代王は、この立派な教会を壊すのは惜しいと、教会自体を取り込む様にして巨大な城を建てた。
しかし最奥にひっそりと建つ不気味な所に人はやがて近寄らなくなり、完全に途絶えた。
大きな祭壇、綺麗な壁、太い柱。
それらは全て時と共に風化していくからだ。手入れされていなければ尚更である。
彼等は「いえ」を掃除し、脆い床を剥がし露になった土を耕し始めた。
教会は広かった。
窓こそは一つも無かったが、部屋の数は膨大で一人一人に与えられる程だった。
水もあり、トイレもあり、台所もあり、風呂もあった。
錆付いていたり壊れていたりしていたが、先祖から受け継いだ知識が役に立たぬ訳が無い。
王は生きる為の物資は頼めば多少であれ支給してくれたので、
やがて教会はいえになり活気溢れる村の様にまでなった。
貰った種は大切に耕し野菜を育て、貰った数匹の家畜は大切な食料で子を産ませていった。
水は城の水道がいえまで機能しており、心配は無く存分に使用した。
「【生きていける、と皆笑った。
どんなもんだ、と笑ってみせた。】」
そんな時に忘れていた事を、伝えられた。
それは王の欲望の約束。
―――――「明日、一番美しい18の娘を王に差し出して貰います。」
当時最初に「生贄」として差し出されたのは、約束通り18の最も美しかったシアという娘だった。
そして、いえを出た後一度皆と面会しただけでもう二度と戻ってくる事は無かった。
「【・・・という、物語の様な悲劇を見事演じてみせた。】」
それも嘘。偽り。彼女は度々会いに来た。
一族間の「いえ」での約束。美しい娘にだけ課せられた約束。
生まれた娘は必ず長に言われた。
【 もしも贄として王の下へ行く事になった者は。
絶対に死ぬな。王の傍で生き続けろ。
出来るだけ多くの事を知れ。外の現代。王の事。城の事。人々の事。
進められた知識。
それを持って私たちと再び顔合わせするだけでいい。
「懐かしくなった、頼むから会わせてくれ、一度で良いから・・・」
公式に会おうとしなくてもいい。隠れて会いに来てくれればいい。
お前達の役目は、情報を伝えること。その媒体。
良いか、生きてくれ。
】
残酷だった。
置いてく方も、置いていかれる方も。
娘たちに拒否権は無かった。いや、「嫌だ」といえば他の者と変わる事は出来た。彼等一族は鬼ではなかったから。出るのが少し伸びただけだと、笑って許しただろう。
けれども一人とて拒否しなかったのは。
一人娘であろうと、恋人が居ようと、決して誰一人拒否しなかったのは。
「【・・・出来ると思うかい。
生まれてくる子供は物心つく前から膨大な記憶を持っている。
親や大人達が説得する必要が無い程に、彼女達は記憶と共に沢山の意志と心も知っていたのだ、幼い頃から。元の自由な暮らしの楽しさ、世界の広さ。裏切りの悲しみ。捕らえられた時の無念。
・・・そして、子孫に託した先祖達の想いも。】」
皆笑顔で「いえ」を出て、外の情報を得て、それを共有し着々と知識を蓄えていった。出る為の、知識を。
やがてそれを繰り返す内に彼等は、自分達が殆ど忘れられた存在であることに気付いた。
見張りも居ない。人影など皆無。王たちに分かっていたのは、どこからか現れ献上される美しい娘の事だけ。
迷路の様な城の構造も、贄となった娘達の伝達により全員が全てを把握していた。
出る時だった。
いえで生活を始めてから、数百年経っていた。
最初運動神経の良い若者が五人、外に出た。
人の居ない時間・・・それも夜であれば容易かった。容易い事を、知っていた。
その内一人が再び城へ戻り、一族に出る為の道順の記憶を伝えた。外に出た若者は、大移動の為の準備をこっそりとしていた。
最初に出たのは、老人達。簡単に成功した。馬車でひっそりと遠くへ運ぶ。
次に、子供。それに同伴する母親。
父親達は出来る限りの食料と衣服、金目の物担当。
最後の家の始末はこれも活発で運動神経の良い、若者の仕事だった。
書物や文字のあるものは昼間にゴミと共に燃やしていた。自分達の情報をなるべく残さない為に。
いえは、教会は綺麗に片付いていた。
さあ、私たちも出ようと廊下に出た時。
運が悪かった。
「誰か来てくれっ!!! 脱走だ、教会のラウディ共が脱走しているっ!!!」
たまたま気分で滅多に来ない奥まで来ていた見回りに、見つかった。
ラウディは確かに殆ど忘れられた存在であった。―――――そう、目立った事が無い限り。
追い掛けてきた兵にそこに居た若者の殆どは斬られて死んだ。
残りは命からがら逃げ出した。しかしそれも、数名だけだ。
ラウディの逃亡を知った当時の若き王は追っ手に命令した。先に逃げ出した老人も子供もその母親も父親も全て殺せと。何せ目立つ美貌がある。見付けやすかった。
今まで彼等が生きながらえていたのは先王達の欲望と迂闊さのせいであると聡明な若き王は知っていたのだ。
ラウディの血は途絶えたも同然だった。
極数名の若者には逃げられ、生かしてしまったものの、ラウディの子は一夫婦に一人である事も王は知っていた。王の勝ちだった。
それが現在、ラウディの者が片手に収まる程の人数しか居ない理由。
――――――しかし若き王は気付かない。
自身の祖母がラウディの娘であった事に。
自身もその血を受け継いで居る事に。
祖母やラウディの者と対面した事が無かった為、自身にも能力がある事に。
自身が殺したのは、紛れもない同胞であった事に。
気付く事は無く、彼は年老い、死んでゆき、歴史の王として名を刻まれた。
重い。暗い。
そして書いてから気付く。
・・・主人公喋っとらん・・・。