第41話 夕暮れの不速之客
西日に焼かれた村の入口は、橙色の光と長く伸びる影に支配されていた。隣村での調整を終え、家路を急いでいたジークは、道すがら耳に届いた不自然な怒号に足を止めた。
「これほどの美貌、こんな掃き溜めに埋もれさせておくのは国の損失だ。この俺、勇者パラガスの妻になれる光栄を噛みしめるがいい」
高圧的で、他者の意思を塵ほども考慮していない声。ジークが視線を上げると、村の境界線に、仰々しい鎧を纏った大男と、それを冷ややかな目で見つめるセラフィナの姿があった。
パラガスは、自らの放つ威圧感が相手を屈服させて当然だと信じ切っている。彼はセラフィナの細い手首を掴もうと、尊大に手を伸ばしていた。
セラフィナは、趣味の洞窟探検帰りということもあってか、泥を跳ね上げた旅装のまま少しだけ疲れを見せていた。だが、その瞳の奥には、踏み込ませない絶対的な拒絶の光が宿っている。
彼女が僅かに漏らしている竜の気配。それがパラガスの無自覚な暴力をかろうじて押し留めていたが、相手はそれすら「女の強情」としか受け取っていないようだった。
ジークは、草鞋が砂を噛む音を忍ばせ、村人たちが遠巻きに立ち尽くす輪の中へと進み出た。
「……セラフィナ、戻っていたのか」
静かだが、硬く冷えた声が、張り詰めた空気を切り裂いた。
パラガスが忌々しげに振り返る。そこには、剣も持たず、農作業の汚れが残る平服を纏った一人の男が立っていた。
「何だ、貴様は。部外者はすっ込んでいろ。俺は今、この女に慈悲深い提案をしている最中だ」
パラガスは鼻で笑い、ジークを路傍の石ころのように切り捨てた。だが、ジークの視線はパラガスの背後にある村の情景を、そして彼が踏み荒らした土地の呼吸を一瞬で読み取っていた。
この男は、自分に酔っている。力を持つことが正義だと信じ込み、その力が周囲にどのような不和を撒き散らしているか、想像すら及んでいない。
ジークは、一歩。パラガスの間合いへと迷いなく踏み込んだ。
「彼女は、俺の妻だ。そして、ここはあんたの戦場じゃない。日々の暮らしを営むための場所だ」
ジークの放つ言葉には、パラガスのような暴力的な圧力はなかった。だが、その言葉の背後には、戦後の不条理を泥を啜って歩んできた者だけが持つ、逃げ場のない重みがあった。
セラフィナが、ふっと肩の力を抜く。彼女の唇に、僅かな安心感と、これから起きる事態を愉しむような薄い笑みが浮かんだ。
「妻だと? 貴様のような、土臭いだけの男が……」
パラガスの顔が、侮蔑からくる怒りで赤く染まる。
村人たちは息を呑み、ジークの背中を見守った。
勇者という名の理不尽を前にして、日常を守り抜こうとする男が、どのようにその「暴力」を処理するのか。




