第39話 合併村の距離感
新しい畝作りを進める中で、ジークは村の中に漂う「見えない壁」を肌で感じるようになった。行政の判断で合併したとはいえ、かつての隣村である羽村の人間と、ジークたちの村の人間との間には、まだ分厚い氷のような隔たりがある。
それは例えば、休憩時間の輪の作り方や、道具を貸し借りする際の余所余所しい会釈に現れていた。
「羽村の連中は、どうにもやり方が細かすぎるんだ。水路の掃除一つとっても、あっちの村の流儀を押し付けてくる」
ジークと同じ班で作業をしていた男が、羽村出身の若者が離れた場所へ行ったのを見計らって吐き捨てた。戦争中、ジークたちの村は王都に近い補給拠点として徴用され、比較的統制が取れていた。一方で羽村は、一時的に前線の背後まで敵に迫られ、独自の自警団を組織して凌いできたという経緯がある。
「あいつらにしてみれば、自分たちのやり方で生き残ってきた自負があるんだろうな」
ジークがそう答えると、男は不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「自負か何か知らねえが、こっちはこっちで苦労したんだ。あいつらは、俺たちが王都からの支援で楽をしていたと思い込んでやがる」
受けた被害の質が違う。戦っていた指揮系統も違えば、守るべき生活の優先順位も違った。そんな小さな相違が、平和になった今、棘のように互いの感情を逆立てている。
ふと見れば、畑の隅では子供たちが村の区別なく泥だらけになって追いかけっこをしていた。彼らにとって、合併前の境界線など最初から存在しないに等しい。大人たちが抱える過去のしこりをよそに、子供たちの笑い声だけが濁りなく響いていた。
ジークは、その光景を眺めながら、かつての凄惨な戦場を思い出していた。
「……前線では、こんな贅沢な不和すらなかったな」
ぽつりと漏らした言葉に、隣の男が怪訝な顔をした。
「贅沢? 仲が悪いのが贅沢だってのか?」
「ああ。敵が目の前にいれば、隣の奴がどこの村出身かなんてどうでもよくなる。背中を預けられるかどうか、それだけがすべてだ。誰が嫌いだとか、やり方が気に入らないなんて言っていられるのは、明日も生きていられると信じている証拠だよ」
ジークの言葉には、経験した者だけが持つ重みがあった。男は一瞬言葉を失い、それから気まずそうに視線を逸らして再び鍬を動かし始めた。
そこに、羽村側の班長が少し遠慮がちな足取りで近づいてきた。
「あの、ジークさん。さっき言っていた畝の間隔の話、うちの区画でも詳しく聞かせてもらえないだろうか。……正直、あっちの土地はさらに発芽が悪くて困っているんだ」
ジークは、自分の村の連中から飛んでくる視線を感じた。裏切り者を見るような目ではないが、どこか落ち着かない、複雑な感情の混じった視線だ。
「分かりました。今行きます」
ジークは短く答え、道具をまとめて歩き出した。
英雄として世界を救う派手な戦いは終わった。今のジークに求められているのは、こうした日常の中にある「小さな綻び」を、一つずつ根気強く縫い合わせていくことなのだ。
セラフィナが遠くから、その様子を静かに、けれど誇らしげに見守っていた。




