第35話 生き残るための「遊び」
広場に集まった子供たちの目は、かつてないほどキラキラと輝いていた。その中心にいるのは、腰にボロボロの剣を下げたジークだ。
「ジーク兄ちゃん! 剣を教えてよ!」
「僕も、昨日の兄ちゃんみたいにかっこよく戦いたい!」
木の枝を剣に見立てた子供たちが、一斉にジークに詰め寄る。四天王との一件(彼らにとっては「ジークがかっこよく追い払った」ことになっている)以来、ジークは村の子供たちのヒーローになっていた。
「……悪いが、俺に教えられることは何もないぞ」
ジークは困ったように眉を下げ、後ずさりした。
「だって、俺はレベル1だ。戦場で覚えたのは、どうやって命令に従うかだけだ。剣術なんて立派なもんじゃない」
「えー、嘘だ! あんなに強かったのに!」
「本当だ。俺は一度もレベルが上がったことがない。だから、お前たちに教える資格なんてないんだよ」
ジークは隙を見て逃げ出そうとしたが、子供たちの包囲網は意外に固い。助けを求めて横を見れば、セラフィナがリンゴをかじりながら、面白そうにその光景を眺めていた。
「いいじゃない、ジーク。何か一つくらい、『兵隊さん』らしいところを見せてあげなさいよ」
「……お前、他人事だと思って……」
ジークは溜息をつき、観念したように足を止めた。だが、やはり子供たちに「人を斬る技術」を教える気にはなれなかった。
「……分かった。剣の振り方は教えない。その代わり、『危ない目に遭わない方法』を教えてやる」
「危ない目に遭わない方法……?」
子供たちが首を傾げる。ジークは彼らから武器(木の枝)を取り上げ、代わりに広場にある樽や箱を指差した。
「いいか、戦場でも村でも一番大事なのは『死なないこと』だ。誰かに襲われそうになった時、あるいは高い所から落ちそうになった時、どうすれば体を守れるか。……よし、まずは俺にタッチしてみろ。一人でも触れたら俺の負けだ」
「なんだ、鬼ごっこか! 楽勝だよ!」
子供たちが一斉にジークに飛びかかる。
だが、次の瞬間、子供たちの手は空を切り、ジークの姿はその場から消えていた。
「……あっちだ!」
ジークは走っていなかった。ただ、子供たちが踏み出す瞬間に、その視界からふっと「消える」ように動くのだ。
物陰に隠れるのではない。相手の重心が崩れる瞬間を見極め、死角へと一歩ずれる。樽や荷車を盾にし、常に自分の背後に「逃げ道」を確保する動き。
「捕まらない……!」
「兄ちゃん、どこ!?」
ジークが教えているのは、英雄の剣術ではなかった。
レベル1のまま、地獄のような戦場を七年間生き抜いた男が、無意識に身につけてしまった「生存の極意」だった。
「……いいか、次はこれだ。転ぶ時は、こうやって丸くなる。視線は常に相手の『足元』を見ろ。顔を見るな、惑わされるからな」
ジークの教えは、次第に熱を帯びていった。
それは「遊び」の形を借りていたが、その内容は驚くほど実戦的だった。
「気配を殺して歩く時は、かかとからじゃない、足の外側を使うんだ。……ほら、やってみろ」
夕暮れ時、広場には「音もなく移動し、死角に潜り込む」不気味なほど洗練された動きをする子供たちの集団が出来上がっていた。
「……ジーク、あなたね」
見守っていたセラフィナが、呆れたように声をかけた。
「何だ? 危ないことは教えてないぞ」
「そうね。でも、あの子たちの動き、もう普通の大人じゃ捕まえられないわよ。……あなたが教えたのは『回避術』じゃなくて、超一流の『隠密術』だわ」
「……え?」
ジークが周囲を見渡すと、そこには影に溶け込み、獲物を狙う小動物のような鋭さを持った子供たちがいた。
「ジーク兄ちゃん! 隠れるの、すっごく楽しい!」
無邪気に笑う子供たちを見て、ジークは頬を掻いた。
どうやら、平和な村に「最強の逃げ足」を持つ子供たちを量産してしまったらしい。
「……まあ、怪我をするよりはマシだろ」
「そうかしら。明日からお母さんたちが、子供を見つけられなくて困り果てる姿が目に浮かぶわ」
二人は笑い合いながら、家路についた。




