第34話 村の市場再開
戦争の影響で長く閉ざされていた街道が整備され、辺境のこの村にもようやく王都からの交易商隊が訪れるようになった。
広場には色とりどりの布地や、見たこともない香辛料、異国の果物が並び、村人たちの活気ある声が響き渡っている。
「……ねえ、ジーク。これ、素敵じゃない?」
セラフィナが指差したのは、夕焼けのような色をした輸入物の絹糸だった。
修道院のボロボロになった刺繍を直すのにちょうどいいと考えたのだろう。
「ああ、いいんじゃないか。いくらだって?」
店主の商人は、セラフィナの身なりと、その隠しきれない「お嬢様感(中身は最強の龍だが)」を見て、ニヤリと下卑た笑みを浮かべた。
「お目が高いね、お嬢さん! これは王都でも品薄の逸品だ。銀貨三枚でどうだい?」
「銀貨三枚……。まあ、そんなものかしら。はい、どうぞ」
セラフィナが無造作に財布を取り出そうとするのを、ジークが慌てて止めた。
「待て、セラフィナ。それは高すぎるだろ」
「え? でも、店主さんが品薄だって言っているし、嘘をつくようには見えないわよ?」
「嘘はついていないかもしれないが、事実も言っていない。……おい、店主」
ジークは店主の前に一歩踏み出した。
彼は商売の経験など一度もない。兵役時代に物資の調達に同行したことはあるが、それはあくまで軍の威光を傘に着た「徴用」に近いものだった。
だが、今の彼には、相手の呼吸や視線の僅かな揺らぎが、戦場での敵の挙動と同じように鮮明に読み取れた。
「その糸、芯に近い部分の色が僅かに抜けているな。去年の在庫だろ」
店主の顔が、一瞬で強張った。
「な、何を言って……。これは正真正銘の新……」
「街道の閉鎖が解けたのは三日前。王都からの商隊がこの村に着くには、どんなに急いでも五日はかかる。つまり、これはお前が戦争前から抱えていた在庫だ。……銀貨一枚、それも銅貨二十枚のおまけ付きでどうだ」
ジークの言葉は、まるで冷徹な刃のように商人の言い分を切り裂いていく。
彼は計算しているわけではなかった。ただ、「そこにある違和感」を指摘しているだけなのだが、それが商売の本質を突きすぎていた。
「……っ。分かったよ、旦那。あんた、どこかの大商会の回し者か?」
「いや、ただの村人だ」
結局、ジークはセラフィナが提示した額の三分の一以下で、目当ての糸と、ついでに晩飯の材料までせしめてしまった。
「……ジーク。あなた、怖いわ」
市場の帰り道、カゴいっぱいの戦利品を抱えたセラフィナが、ジークをジト目で見つめた。
「何がだよ。適正な価格で買っただけだろ」
「いいえ。あの時のあなたの目、四天王を追い詰めた時よりも鋭かったわよ。商売なんてしたことないはずなのに、どうしてあんなに上手いの?」
「……自分でも分からないんだ。ただ、相手が何を隠しているか、どうすれば首を縦に振るかが、なんとなく『見えて』しまうんだよ」
ジークは自分の手を見つめ、複雑な表情を浮かべた。
レベル1のまま、成長しないはずの自分。
だが、生活の端々で発揮されるこの「異様なまでの勘の良さ」は、一体何なのだろうか。
「……まあ、いいわ。おかげで美味しいお肉が安く買えたもの。今夜はご馳走ね」
「そうだな。……次は、お前のその『騙されやすさ』をなんとかしないとな」
「うるさいわね。私は、世界が善意で回っていると信じているだけよ」
二人は夕焼けの中、軽口を叩き合いながら家路を急いだ。




