第33話 春の予感
四天王の残骸処理という「大掃除」を終えてから、数日が経った。
村には再び、穏やかすぎて耳が痛くなるほどの静寂が戻っている。
ジークは朝、自分の掌を見つめて目を覚ますのが日課になっていた。
レベル1。
禁忌の術式「レベリングシステム」によって、成長の機会を永遠に奪われた肉体。
(……変だな)
本来、レベル1の兵士なら、昨日のような重労働の後は数日寝込むはずだ。
だが、ジークの体には疲労の欠片も残っていない。
それどころか、心臓の鼓動は以前よりも深く、静かになっている。
「成長しない」のではなく、「別の何かに作り替えられている」ような、得体の知れない感覚。
「……起きたの、ジーク」
隣の部屋から、眠たげなセラフィナの声が聞こえた。
パタパタとスリッパを鳴らして現れた彼女は、かつての守護竜の威厳などどこへやら、寝癖のついた銀髪を雑にまとめている。
「ああ。……今日も、何も起きそうにないな」
「そうね。平和すぎて、なんだか体がふやけてしまいそうだわ」
セラフィナはそう言いながら、手慣れた手つきで鉄鍋を火にかけた。
彼女が作るのは、村のシスターに教わった素朴なスープだ。
魔法を使えば一瞬で沸騰させられるが、彼女はわざわざ火吹き棒で炭を熾し、じっくりと火を育てている。
「ねえ、ジーク」
「なんだ?」
「……あなたのその『レベル1』。最近、少し様子が違くない?」
セラフィナが鍋を見つめたまま、不意に核心を突いてきた。
彼女の黄金色の瞳は、隠そうとしても見透かしてしまう。
「……ああ。疲れを感じないんだ。それに、自分の体の動かし方が、以前よりも『精密』になってる気がする」
「……ふぅん。私の見立てでは、それ、ただのレベルロックじゃないわよ」
セラフィナはスープを一口味見して、少しだけ眉を寄せた。
「……薄い。塩を足さなきゃ」
「おい、話の腰を折るなよ。続きは?」
「続きも何も、今は美味しいスープを飲むことの方が大事だわ。……でも、一つだけ言っておくわね」
彼女は塩瓶を手に取り、ジークを真っ直ぐに見つめた。
「世界があなたを『1』だと決めても、私がそれを許さないわ。……あなたは、私と一緒にここで生きていくんだから」
その言葉は、愛の告白というよりは、呪縛に近い重みを持っていた。
けれど、ジークの胸に宿ったのは、嫌な予感ではなく、確かな温かさだった。
朝食を終え、二人は庭に出た。
昨夜の雨で湿った土から、新しい芽が顔を出している。
「……春が来るな、セラフィナ」
「ええ。……でも、この村の境界線の外は、まだ冬が長引きそうだけど」
セラフィナの視線は、村の入り口、かつて四天王が消えた場所へと向けられていた。
日常は、確かにここにある。
けれど、その日常の皮一枚下には、まだ誰も触れていない「違和感」が、静かに、確実に積み重なり始めていた。




