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第3話 七年間の呪いと初恋

この村では、十二歳になれば成人だ。

 修道院で育った俺たちは、成人すると同時にそこを出ていくのが決まりだった。


 先に出ていった兄さんや姉さんたちは、そのほとんどが成人した途端に相手を見つけ、夫婦になっていた。

 この辺境では、それが当たり前の「普通」だった。


 戦場に送られて一年が経った頃。

 俺は必死に上の人間に食らいついて、彼女の行方を探したことがある。


「女は戦争に参加できない。今頃は村で静かに暮らしているだろうさ」


 鼻で笑いながら投げ捨てられたその言葉に、俺は安堵した。

 だが同時に、どす黒い不安が胸をよぎったのを覚えている。


 ――戦場で一番怖かったのは、死ぬことじゃなかった。


 あの別れの時、どうして「好きだ」と伝えなかったのか。

 もし伝えていれば、彼女は俺を待っていてくれただろうか。


 俺が泥水をすすりながら戦っている間に、彼女は十二歳の成人を迎え、もう誰かと夫婦になっているのではないか。

 俺が帰る場所には、すでに俺の知らない「家族」の団欒があるのではないか。


 七年という月日は、あまりにも長すぎた。

 俺は十七になり、彼女は十六になっているはずだ。

 不安で押しつぶされそうになりながら、ようやく辿り着いた故郷。


入り口を抜けても、人影はなかった。

 ただ、懐かしい空気の中に、聞き覚えのある凛とした声が響いた。


「……やっと、帰ってきた」


 その声に、俺は思わず足を止めた。

 どこから聞こえてくるのか分からず周囲を見渡すが、やはり誰の姿も見当たらない。

 けれど、その声の主が誰なのかはすぐに分かった。


「……ねえ。他の男と夫婦になってるかも、なんて心配してた?」


 俺の思考を見透かしたような、くすりと笑う気配。

 七年経っても変わらない、少し意地悪で、でも温かいあの響き。


「そんな暇、なかったよ。この村を誰にも触れられないように守るので精一杯だったから」


 ああ、よかった。彼女は誰のものでもなかった。

 七年間、死線を潜り抜けながらずっと抱えていた不安が、ようやく消えていく。


 今度こそ、伝えよう。

 あの時言えなかった「好きだ」という言葉を。

 俺がずっと、君を想っていたことを。


 俺は震える足で一歩踏み出し、声の主を探そうと勢いよく顔を上げた。


 ――その瞬間。

 溢れそうになっていた感動も、愛の告白も、全てが宇宙の彼方まで吹き飛んだ。


 視界を埋め尽くしたのは、夕日を跳ね返して銀色に輝く、巨大な「壁」だった。


 いや、壁じゃない。

 それは、幾重にも重なる強固な鱗。

 丸太よりも太い、強靭な爪。

 そして、空を覆い尽くさんばかりの、圧倒的な大きさの翼。


「……あ……?」


 俺が呆然と見上げた先。

 俺たちが育った思い出の詰まった修道院が、悲鳴を上げていた。


 メキメキ……、バリバリッ!


 聞いたこともないような破壊音が響く。

 見れば、山ほどもある巨大な龍の体が、修道院の屋根の上にどっかりと乗っかっていた。

 自慢の石造りの屋根が、彼女の重みに耐えかねて、見るも無惨にひしゃげている。


 その巨体の頂点から、家一軒分ほどもある巨大な頭が、ゆっくりとこちらを見下ろしてきた。

 黄金色に輝く瞳は、間違いなく俺の知っている幼なじみのものだ。


『……どうしたの? 感動の再会でしょ? もっとこう、泣いて喜んでよ』


 空気がビリビリと震えるほどの重低音。

 なのに、声の主は間違いなく彼女だった。


 ……嘘だろ。

 俺が戦場でのたうち回っていた七年の間に、何がどうなればこうなるんだ。


 俺が抱いていた「誰かの妻になっているかも」という不安。

 「今度こそ好きだと伝えよう」という覚悟。

 そんな人間レベルの感情は、物理法則を無視した巨大ドラゴンの前では、あまりにもちっぽけで、無力だった。


 「ちょっと待てええええええ!! 感動を返せ! っていうか降りろ、今すぐそこから降りろ! 俺たちの思い出が詰まった修道院がぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 愛の告白どころではない。


 俺が伝えようとした七年分の「想い」は、目の前のあまりにも過剰な情報量に押しつぶされた。

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