第27話 買い物という戦場
家も整い、生活用品を揃えるために二人は村の市へと繰り出した。
色とりどりの屋台が並び、威勢のいい声が飛び交う広場。ジークにとって、ここは単なる市場ではなかった。
「……あそこの八百屋、さっきから客の顔を見て値段を変えているな」
ジークは鋭い視線で店主の動きを追った。
軍における兵站管理や物資調達は、時に敵との交戦以上にシビアな交渉を求められる。
彼にとって、値切り交渉は相手の喉元に言葉の刃を突きつける心理戦だった。
「いいか、セラフィナ。まずは相手の言い値の八割を提示し、そこから歩み寄るふりをして、最終的にこちらの希望額に着地させる。これは一種の制圧戦だ」
「……はあ、大変なのね」
セラフィナはどこか他人事のように、並んだ果実を眺めている。
彼女にとって、金貨や銅貨は「キラキラした金属」以上の意味を持たなかった。
なにしろ七年間、欲しいものは空を飛んで見つけてくるか、守護の対価として村人が供えてくれるものだったからだ。
「ジーク、このピカピカしたお魚、全部くださいな。これで足りるかしら?」
セラフィナが銀貨の袋を無造作に差し出そうとするのを、ジークが慌てて押さえつけた。
「待て待て待て! それじゃ村の魚が半年分買えるぞ! セラフィナ、お前には金銭感覚という概念がないのか!」
「ないわよ。だってお腹が空いたら獲ればいいじゃない」
「ここは戦場じゃなくて『生活』なんだ! 頼むから、俺が交渉を終わらせるまで黙って見ててくれ」
ジークは店主の前に立ち、眉間に皺を寄せてじりじりと間合いを詰めた。
まるで地雷原を進むような緊張感で、銅貨一枚の攻防を繰り広げる。店主もまた、ベテランの意地を見せて譲らない。
「……分かった。この大根を一本おまけするなら、その値段で手を打とう」
「ちっ、負けたよ。あんた、いい目をしてるな」
交渉成立。ジークは額の汗を拭い、戦利品の大根を抱えて深く息を吐いた。
「……ふう。命拾いしたな」
「大根一本で、そんなに命を懸けなくてもいいと思うのだけれど……」
最後に向かったのは、卵を売る屋台だった。
これまでの農作業や大工仕事で「力加減の失敗」を繰り返してきた二人にとって、卵は文字通り、触れれば壊れる高難易度のクエストアイテムだった。
「いいか、セラフィナ。これは魔王の心臓だと思え。少しでも圧をかければ、その瞬間に全てが終わる」
「分かってるわよ。……『重力軽減』を使えば……」
「魔法禁止! 手の感覚だけで運ぶんだ!」
ジークは震える手で卵のパックを抱え、セラフィナはその後ろを護衛するように歩いた。
石ころ一つに躓かないよう、地面を凝視し、一歩一歩を確認しながら慎重に進む。
夕暮れ時、ようやく修道院に辿り着いた二人は、テーブルの上に無傷の卵を置いた。
「……やった。割れてない」
「……ええ。一つも、失わなかったわ」




