第24話 なにも起きない一日を、ちゃんと過ごす
眩しいほどの朝日に焼かれて、ジークは目を覚ました。
戦場では、けたたましい号令や爆音で無理やり引きずり出されるのが常だったが、ここではただ静かな光が部屋を満たしているだけだ。
ジークはしばらくの間、天井の木目を見つめていた。
次に何をすべきか、誰からも命令が下されない。
兵役の間、彼の一日は「次に何をさせられるか」という指示によって埋め尽くされていた。
「……何をすればいいんだ」
独り言は虚空に消えた。
自由であるはずなのに、どう動いていいか分からない。
手持ち無沙汰なまま外に出ると、井戸のそばでセラフィナが水を汲んでいた。
彼女の力を使えば、指先一つで水瓶を一杯にできるはずだ。
それなのに、彼女はわざわざ重い滑車を回し、腕に筋を立ててバケツを引き上げている。
「……そんなことしなくても、一瞬で終わるだろ」
ジークの問いかけに、セラフィナは袖で額の汗を拭い、小さく笑った。
「……この方が、ここで生きてる感じがしますので」
ジークは何も言わず、隣に置いてあったバケツを手に取った。
二人で並んで、水を運ぶだけの時間。
特に会話が弾むわけでもない。
けれど、以前のような気まずさはもうなかった。
昼過ぎ、村の老婆に呼び止められた。
頼まれたのは魔物の退治でも要人の護衛でもなかった。
「悪いねえ、ジークにセラフィナ。ちょっとその干し草を運ぶのを手伝っておくれ」
二人は二つ返事で引き受けた。
セラフィナは張り切ったのか、少しだけ力加減を間違えてしまった。
一頭の馬が一生かけても食べきれないほどの干し草を一気に担ぎ上げようとして、老婆にこっぴどく叱られる。
「こら、そんなに欲張ってどうするんだい! 丁寧に運びな」
「……すみません」
しょんぼりと肩を落とすセラフィナを見て、ジークはふと思った。
戦場では、できることが多いほど重宝され、役に立った。
強ければ強いほど、高く評価された。
(ここでは、逆なんだな……)
普通の人間と同じように、普通にできるやつの方がここでは役に立つ。
突出した力よりも、日常に馴染む慎ましさの方が価値があるのだ。
夕方。
特にドラマチックなイベントも、手に汗握る展開もないまま、一日は終わろうとしていた。
夕日に染まる村を眺めながら、ジークがポツリと漏らした。
「……今日、俺たち何もしてないな」
セラフィナはゆっくりと首を振った。
「いいえ」
「何も起きなかった一日を、ちゃんと過ごせました」
少しだけ間を置いて、彼女は優しく微笑む。
「それが、私たちにとって一番難しいことでしたから」
ジークは静かに目を閉じた。
耳を澄ませば、村の家々から立ち上る夕餉の匂いと、穏やかな生活の音だけが聞こえてくる。
その「何もない一日」の重みを、ジークは今、噛み締めていた。




