第19話 届かない剣
温かな拍手と歓声が、広場を優しく包み込んでいた。
ジークの胸の中で泣きじゃくるセラフィナの体温を感じながら、彼はようやく、本当の意味で帰ってきたのだと実感していた。
だが、その幸福な時間は、あまりにも唐突に、そして無残に引き裂かれた。
「……ッ!?」
ジークの背筋に、氷を流し込まれたような寒気が走る。
拍手の音が、まるで厚い膜を隔てたかのように遠のいていく。
空が、夕焼けの色を失い、どす黒い紫に染まり始めた。
「……ジーク、離れて!」
セラフィナが鋭い声で叫び、ジークを突き飛ばすようにして前に出た。
次の瞬間、広場の中央、シスターのすぐ目の前の空間が、まるでガラスが割れるように粉砕された。
そこから這い出してきたのは、この世のものとは思えない圧倒的な殺気を纏った影。
かつてジークが戦場で耳にし、誰もが討伐されたと信じていた存在。
魔王軍四天王の一人だった。
「ククッ……ようやく見つけたぞ。辺境に隠れ住む『守護竜』、そして……システムの不適合者か」
四天王が軽く指を振ると、それだけで広場に衝撃波が吹き荒れた。
並べられていた木の椅子が粉々に砕け散り、村人たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。
「婚姻の最中に水を差すのは趣味ではないが、我が主の遺志を継ぐには、お前たちが邪魔でな」
「……逃げろ、みんな! シスター、村の人たちを修道院へ!」
ジークは腰に下げた、唯一の持ち物であるボロボロの剣を抜き放った。
恐怖で足が震えている。だが、今の彼には守るべきものがあった。
「セラフィナ、ここは俺が止める。お前は村のみんなを……!」
「ダメよ、ジーク! 相手が悪すぎるわ!」
セラフィナの制止も聞かず、ジークは地面を蹴った。
レベリングシステムによって極限まで高められた身体能力。
戦場で培った、死線を潜り抜けるための直感。
ジークは四天王の周囲に渦巻く魔力の流れを読み、最小限の動きでその猛攻を回避した。
かつて丸太や石材を運んだ時の体の使いかたを戦闘に応用し、瓦礫を盾にしながら、あえて被弾を厭わずに間合いに飛び込む。
「おおおおおっ!」
ジークの剣が、四天王の胸元に吸い込まれるように突き刺さった。
確実に捉えた。
仲間との連携も、高度な魔法も必要ない、執念の一撃。
逃げ遅れた村人たちも、その光景に「勝てるかもしれない」と一瞬の希望を抱いた。
だが。
「……何だ、その顔は」
四天王は、胸に突き刺さった剣を、まるでもどかしい羽虫を払うかのように指先一つで弾き飛ばした。
剣は確かに届いている。切っ先は皮膚を割り、血すら滲んでいる。
それなのに、手応えが決定的に足りない。
まるで、巨大な絶壁を爪楊枝で突いているかのような、絶望的なまでの「重み」の差があった。
「惜しいな。技術も覚悟もある」
四天王が不気味に目を細め、ジークの喉元を掴み上げた。
「だが、お前は――『本物の戦場』を知らない。数値や技術では埋められぬ、魂の格差というものをな」
「……がはっ……!」
ジークは全身の魔力を使い果たし、力なく地面に叩きつけられた。
視界が霞む。
指一本動かせない絶望の中で、ジークは「何かを見誤っている」という強い違和感に襲われていた。
「……もう、いい」
そのとき。
背後から、静かな、けれど全てを拒絶するような威厳に満ちた声が響いた。
セラフィナが、ゆっくりとジークを追い越して前に出た。




