第12話 抜刀未遂の既遂犯
「……なあ。この倒木、どう見ても自然に倒れたようには見えないんだけど、何か原因があるのか?」
丸太を軽々と運び終えたジークが尋ねると、一緒に作業をしていた村人は気まずそうに周囲を伺い、声を潜めた。
「……魔族の仕業だっていう噂だ」
「魔族だって?」
ジークは耳を疑った。魔王と幹部は完全に討たれ、魔族もほとんどが駆逐されたはずだ。王都よりも魔族の領域から遥か遠いこんな辺境に、魔族が来れるはずがない。
「きっと魔獣の見間違いだろう……」
口ではそう否定したものの、ジークの胸には言い知れぬ不安が広がった。脳裏に蘇るのは、彼が11歳だった頃の地獄のような光景だ。レベリングシステムが導入される前、人族は常に防戦一方の絶望的な戦いを強いられていた。
前線に立てば、人とは似ても似つかない凶悪な魔獣が猛攻を仕掛けてくる。王都の騎士は鉄の盾を構え、高貴な貴族は銀の盾を持ち、身分の低い者は木の盾で耐え凌ぐ。そして、辺境の村にいた者たちに与えられたのは、盾などではなく、ただの生身の身体だった。
「押し返せ! ここを抜かせるな!」
仲間たちと必死に声を張り上げ、魔獣の軍勢を異世界へ送り返そうとした瞬間だった。隣にいた貴族も、王都の兵も、共に戦った仲間も関係なく、見えない何かに押し潰され、一瞬にして肉塊となって消えた。
空間に曖昧な裂け目が現れ、そこから顔を出したのは人型の異形――魔族だった。魔獣を家畜のように従え、魔法を自在に操る種族。生身の人間が勝てるはずがない。防衛網は一瞬で瓦解し、ジークは絶望の中で立ちすくんだ。
(セラフィナ、ごめん……)
心の中で謝罪し、死を受け入れようとしたその時、魔族はジークを敵とも思わず、道端の石を払うかのように無造作に魔法を放った。だが、その魔法はジークの目の前で霧のように消え失せた。
「……邪魔だ」
冷徹な声と共に、白銀の鎧を纏った王族と、あり得ないほど軽装な男がそこに立っていた。王族の男が顎で短く命じると、軽装の男が動き、腰の刀の柄を握った状態で静止した。
刹那、目の前にいた魔族の身体は、左肩から真っ二つにずり落ちた。
「……よし、チュートリアル完了」
男はジークには理解できない言葉を吐き捨て、王族と共にその場からかき消えるように去っていった。
後に聞いた話では、あの銀の鎧は王位継承権第二位の王子であり、軽装の男は異邦人にして勇者であったという。その異名は、抜刀未遂の既遂犯。
「ジーク? どうした、急に黙り込んで」
村人の声で我に返ったジークは、自分の掌を見つめた。あの時見た絶望的な力。今、自分の体に宿るこの「軽すぎる力」が、あの勇者の影に近づいているような気がして、彼は一人、戦慄を覚えずにはいられなかった。




