第11話 境界線
修道院の食堂に響くのは、スープを啜る音と、カトラリーが皿に当たる硬い音だけだった。
昨夜、想いを伝えるどころか、情けなくも彼女の前で涙を流してしまった――。その事実が、ジークの食欲を完全に奪っていた。
(穴があったら入りたい。いや、今すぐこの世界から消え去りたい……)
ジークが俯いたまま、スプーンでスープの具を無意味に転がしていると、向かいに座るセラフィナが静かに口を開いた。
「……ジーク。さっきから変よ。そんなに気にしなくていいのに」
その声には、以前のような茶目っ気は一切混じっていない。
これまでの彼女なら、間違いなく「泣き虫ジーク」と囃し立て、顔を真っ赤にする彼を見て楽しんでいただろう。それなのに、今の彼女はただ静かに、心配そうにこちらを見ているだけだ。
(……ああ、そうか。セラフィナはもう16歳。もう大人なんだ)
ジークは勝手に、自分の中で答えを出した。
成長した彼女は、もう子供の頃のように自分をからかったり、無邪気に笑いかけたりはしない。この静けさは「大人」としての境界線なのだと。そんな矛盾した理屈で無理やり自分を納得させようとして、ジークは余計に胸を締め付けられるのだった。
そんな重苦しい沈黙を切り裂いたのは、修道院の重い扉を叩く音だった。
「シスター! 悪いがジークの手を貸してくれ! 村の広場で大仕事があってな!」
駆け込んできたのは、村の男だった。どうやら倒木の撤去に人手が足りないらしい。
この針のむしろのような空間から逃げ出す絶好のチャンスだと、ジークが勢いよく立ち上がると、セラフィナも同時に椅子を引いた。
「私も行くわ! ジーク一人じゃ危なっかしくて――」
「セラフィナ。あなたは残りなさい」
シスターの冷徹な声が、彼女の動きを止めた。
「あなたは修道院の壊れた箇所を直しなさい。いいわね? ジークは外、あなたは中。役割分担よ」
「えっ、でも、シスター! 私は……!」
不満げに眉をひそめるセラフィナを背後に、ジークは逃げるように村人と共に外へ出た。
村の広場に転がっていたのは、大人数人がかりでも動かすのが困難な、倒木の数々だった。
かつてのジークなら、見ただけで腰を引いていたような重労働だ。しかし、一歩踏み出した彼は、自分の肉体に宿る確かな「違和感」に気づく。
「悪いなジーク、これをあっちまで運ぶのを手伝って……って、おい!?」
村人の静止が間に合わなかった。
ジークが、何気なく丸太に手をかけ、そのままひょいと持ち上げたからだ。
(……軽い。なんだこれ、本当に木か?)
両手にかかる重みは、まるで羽毛でも持っているかのようだった。足元は一切ふらつかず、呼吸も乱れない。
軽快な足取りで次々と丸太を運ぶジークに、村人たちは呆然と立ち尽くしている。
(これが……『レベリングシステム』の恩恵か)
ステータスの数値として現れていた力が、肉体に完全に馴染んでいる。
精神面ではセラフィナに翻弄され、情けない姿を晒し続けている自分だが、この「力」だけは確かに自分のものになっているのだと、ジークは奇妙な高揚感と共に実感していた。




