第1話 レベル1になる前の話
戦争なんて、遠い国の出来事だと思っていた。
少なくとも――俺たちが暮らしていたこの辺境の村には、まったく関係のない話だった。
畑を耕して、薪を割って、冬に備えて干し肉を作る。
たまに行商人が来て、子どもたちはそれを追いかけて騒ぐ。
それだけの場所だった。
魔族が人族の領地を三分の一も奪った、なんて話は聞いていた。
勇者が立ち上がったとか、王都では徴兵が始まったとか、貴族たちが躍起になって軍を編成しているとか――そんな噂も。
でも、それは「別の世界の話」だった。
少なくとも、あの日までは。
「……兵役義務?」
村長の声が、ひどくかすれていた。
村の広場に集められた俺たちの前で、鎧姿の役人が書状を読み上げる。
「王国法に基づき、本日よりこの地域の住民に徴兵を課す。十歳以上の者はすべて対象とする」
広場がざわついた。
「ま、待ってくれ! ここは戦線からも遠い!」
「うちは農村だぞ! 兵士なんて出せるわけが――」
口々に抗議の声が上がる。
当然だった。
この村に、戦える人間なんてほとんどいない。
剣を握ったことすらない人ばかりだ。
役人は表情ひとつ変えずに言った。
「拒否は反逆とみなす」
それだけ言って、彼は別の紙を取り出した。
「……なお、近隣のローデン村は徴兵を拒否した」
空気が少しだけ和らぐ。
「そうか、断れるのか……」
誰かが小さくつぶやいた。
だが、役人の次の言葉で、その空気は凍りついた。
「見せしめとして、当該村の住民および関係者をすべて処分した」
沈黙。
理解が追いつかなかった。
「処分……って……」
「火刑だ」
役人は、淡々と言った。
「一家だけではない。親しかった者、交流のあった者、物資のやり取りがあった者も含めて処刑した」
誰も声を出せなかった。
そのとき、村一番の情報通のおじさんが、青い顔でうなずいた。
「……本当だ。行商人から聞いた。村ごと、焼かれたって……」
抗議の声は、それで完全に消えた。
俺は、そのとき十歳だった。
兵役の「対象年齢」に、ちょうど引っかかった。
家族はいない。
この村の外れにある修道院で育った、身寄りなしの子どもだ。
同じような境遇の子どもたちと一緒に、畑仕事を手伝ったり、薪拾いをしたりして暮らしていた。
「……行かなきゃ、だめなんだよね」
隣で、小さな声がした。
振り向くと、幼なじみの少女が立っていた。
俺より背が低くて、いつも眠そうな目をしていて、でもやけに世話焼きなやつ。
「……お前は九歳だろ。まだ対象じゃない」
「でも、来年は行かされるんでしょ」
そう言って、ぎゅっと袖をつかんできた。
「だったら、一緒に行きたい」
「ばか言うな」
思わず強く言ってしまった。
「これは遊びじゃないんだぞ」
「わかってるよ」
彼女は少しだけむくれて、それから小さく笑った。
「だから心配してるんじゃん」
……その顔を見て、胸の奥が妙にざわついた。
結局、村は誰一人として逆らわなかった。
逆らえなかった、というほうが正しい。
数日後、俺たち十歳以上の子どもを含む徴兵対象者は、まとめて村を出ることになった。
見送りに来た人たちは、誰も「頑張れ」とは言わなかった。
ただ、黙って頭を下げていた。
まるで――帰ってこないと分かっているみたいに。
「……絶対、死ぬなよ」
幼なじみが、最後にそう言った。
「お前もな」
「私は行かないってば」
「来るなよ、絶対来るなよ」
「なにそれ」
少し笑って、でも最後は泣きそうな顔になって。
「……約束だからね」
その言葉が、妙に引っかかった。
このときの俺は、まだ知らなかった。
この戦争に巻き込まれたことも。
自分が異世界に放り込まれることも。
そして――
あの幼なじみが、とんでもない存在になることも。
ましてや、自分の人生がレベル1で固定されるなんて、想像すらしていなかった。




