Chapter5 ランクアップ?
――マズい、非常にマズい。言葉にできないざわざわとした感覚が全身を駆け巡る。白昼の路上で見つめ合った人相書きを認識して、それを反射的に引き剥がしていた。
「なんで俺が教会のお尋ね者になってんだよ」
昨日の夜までは何もなかったはずだ。だが、一晩で景色が一変していた。賞金稼ぎが賞金首になるなんて悪い冗談だ。恨みは買っても、この裏通り全体から追われる身になるなんて。
跳ねる心拍を無理矢理に抑え込み、淡々と貼り紙を破り捨てる。この分だといつもの酒場にも貼られていそうだ。何が原因だ。分からない。心当たりがあり過ぎる。どっかで憲兵を煽り散らかしたせいか。だが、そんな程度で――
「……いや、まさか」
ふつ、と”あの日”の記憶が蘇る。急いで狭い路地に入り込んで、ぐしゃぐしゃにした貼り紙を広げる。が、文字は読めない。クソ、自分のことなのに忘れていた。感情のやり場がなくなって、思わず塀を殴っていると。
「『罪状、国家反逆罪。かの者は国家指名手配犯『イザール・グラファイス』と共謀し、社会秩序を著しく乱した。その他の余罪については教会施設への無断侵入、および施設の破損、警備に対する妨害行為、暴行――』」
「他人の不幸を嬉々として読み上げるんじゃねぇ」
「そう聞こえたのなら謝ります」
「何をやったのか説明しろ」
「そうですねぇ。どこまで話すべきか、少し考えさせてください」
抜け道からするりと現れた黒衣が、悠長な仕草で上等なローブを手繰り寄せる。人相書きの横で背を預けた黒衣を睨めば、相手は頭巾を深く被り直した。
「……貴方もご存知の通り、教会の説く教義は社会通念として認識されています。そして、その中には禁忌とされている物事があります。私はその一つを破ったせいで、彼らに命を狙われているのです」
「だが、指名手配犯なら人相書きが出るだろ」
「出ていますよ。運良く逃げ延びているだけで」
黒衣が懐から取り出したのは、一枚の指名手配書だった。端はボロボロに破れ、風雨に晒されてくすんでいる。その古ぼけた枠の中に閉じ込められていたのは、陰鬱な瞳をした薄幸の麗人――いや、当時の年齢を考えると、やけに大人びた印象の子供か。
書かれている罪状は読めなかった。だが、ゼロの桁はこれまでに見たことがない数だ。単に禁忌を破っただけで、ここまでの大捕り物にはならない。コイツは相当なことをやっている。
「何をしでかしたんだ」
「人を蘇生させました。ただ、失敗もしてきました」
「何人?」
「地方都市の一つぐらいは」
「”どっち”の数だよ」
黒衣は何も言わなかった。それが答えだった。
「死者の蘇生は重罪で、教会はそれを良しとしていません。しかし、現実には小さな農村部やここのように荒れた貧民街にまで、癒し手や薬師を送ることは不可能です。理不尽に消える命も多くあるでしょう。そして、聖職者たちは清貧や弱者救済を説きながらも、自らの行いを顧みてはいない。だから、私は教会に反発する貴族や領主たちと手を組み、望んだ者から依頼を受けた上で人を蘇生させました」
今はひとまず言葉をそのまま受け取った。だが、コイツには”前科”がある。禁忌を破ろうと思えばいつでもできるが、やらないだけだ。しかも、その理性のタガがいつ外れるのかは誰にも分からない。
「そして、この蘇生術は教会の枠組みに入らない魔法――《新魔法》を用いています。私は行使の実績を積んだ上で、それを広く普及させようとしていました。ただ、道半ばで密告に遭い、教会に処刑される寸前まで追い詰められまして。どうにか逃げ延びたものの、今はどこにも戻る場所がありません」
祈れば救われる。寄付すりゃ救われる。免罪符は金で買えるらしい。彼らの加護の外にいる自分にしたらアホみたいな話だが、この国じゃ教会を信奉している者が多数派だ。ただ、仮に蘇生術なんてものが民間でまかり通ったら、天国へ行くためのお布施という言い訳が使えなくなる。
そんな宗教という社会基盤を築く守銭奴共が、己の立場を守るためにどうしても抑え込みたい技術――《新魔法》とやらを、コイツは吹いて回っているのだ。しかも、貴族や領主、一部の民を扇動して教会に喧嘩を売っている。やってきたことを考えると、教会が血眼になってコイツを探しているのは頷けた。
だが、自分の中にある一番の疑問が、解消されていない。
「……テメェは一体何者だ。どうしてそんな危険を冒してまで、《新魔法》を広める必要がある?」
「今日は珍しく質問ばかりですね。私にそれほど興味を持っていただけるなんて」
「はぐらかすな。俺まで巻き込んで、何を企んでやがる」
「――私の目的は、この世界の《救済者》となることです。これは既存体制を覆すための『革命』です。私は、教会が民を搾取するこの不平等な世界を変えたい。そのためには、神に祈るのではなく、民が自らを救える術を得るべきです」
救済者? 革命? 世界を変える? スケールがデカ過ぎて頭が追いつかない。言ってることが過激な活動家過ぎるだろ。だが、普段のヘラヘラした声ではない。コイツは鼻で笑われるような理想を、本気で現実にしようと動いているらしい。
「追われる身となりながら、私は辺境の地をいくつも渡り歩き、この《新魔法》で多くの民を救ってきました。今後、各地では《新魔法》の使い手も現れることでしょう。そうなれば、教会も存在を無視できなくなります」
「……そう簡単に言うが、そもそも素人に魔法なんて使えるものか?」
「魔力を感じる素養がなければ無理ですね。ただ、貧しい者の中にはそうした学がなく、素養があるのに能力を発揮できない者も多くいます。教会が『魔法』と銘打つ《古典魔法》と比較すれば、《新魔法》は覚える魔法式も単純で、十分普及に値するでしょう」
「だが、失敗するんだろ。しかもそう低くない確率で」
「どんな技術の習得にも練習が付き物ですから。普及の際にはそのリスクや、失敗した時の対処法も教典として残してあります。当然、そのためには私が文字も教えますし」
「具体的にはどうなる」
「《新魔法》は特定の対象が持つ”時間”を操作するものです。死者蘇生を行う場合、対象の死という事象そのものを別の時間軸に乗せ、なかったことにできます。ただし、正規の時間軸との整合性を取るためには、正確な魔力調節が必要です。仮に整合性が取れなかった――つまり、魔法行使に失敗した場合は、対象が『生きている時』と『死んでいる時』の狭間に存在する”歪み”となり、最終的には《不死者》へと変質します」
「……そんな危険を冒してまで生かしたかったヤツを、失敗したら、術者は自分で殺さなきゃならないのか」
「それが術者としての覚悟と責任ですから。そして、もしも術者が命を落とせば、蘇生させた命は全て消えます」
「生きてても罪を重ね、殺しても罪を重ねるって訳か。どうしようもねぇな」
今日の相手は黙ってばかりだ。だが、事情はおおよそ把握した。そして、この黒衣がやってきた罪の重さも理解する。この魔法とやらは、世界を混乱に陥れるような代物だった。事実、街一つを滅ぼしているのだとしたら、到底許されるはずがない。だが、コイツが処刑されれば、蘇生された無辜の民が死ぬ。
相手の唇がわずかに動いた。紡がれようとした言葉を予期して、先に口元から乾いた笑いが漏れる。
「――端的にお願い申し上げます。私と共に、この茨の道を歩んでくれませんか」
神様の教えなんて自分も信じちゃいない。だからといって、目の前にいるコイツの妄言に付き合う気もない。差し出された白い掌を払い除ける。
「……断る。俺にそんな義理はねぇ」
「そうですか。しばらくお付き合いをしてみて、貴方とならこれまでの関係で過ごせると思ったのですが」
ひやりとした空気が肌を撫ぜた。含まれた殺気を感じ取り、咄嗟に距離を取る。飛び込める間合いは保ったまま、拳を構えた。
「ただ、貴方に対する私の誠意は、以前にもお伝えしましたよね? 『死んでも手放しません』と」
「はっ、そういうことか。最初から俺の”骸”目当てだったと」
「以前に伺った貴方の意思は尊重したかったのですが。そういう答えであれば、私からの『お願い』は止めようと思います」
本当に、ただの貧乏くじで済めば良かったのだが。それでも、この身を自分以外の誰かにくれてやるつもりはない。
「やる気なら容赦しねぇぞ」
「……貴方が悪いのですよ。素っ気ないふりをしながら、いつも贈り物をしてくださるのですから。私の気持ちをたぶらかして、楽しんでいたのでしょう」
「は? そんな趣味悪りぃことするか。身に覚えのない話だ」
「いいえ。貴方がくださった贈り物を私は大切にしています。ほら、見て」
――虫の羽ばたきにも似た召喚音。背後へ現れた”それ”に言葉を失う。
「これでも覚えがないと?」
突き出された証拠。いや、激しい事実の曲解。数人のうちの一人は鮮明に覚えている。色黒で、頭に剃り込みのある、自分と同じぐらいの歳のゴロツキ――いや、ゴロツキだった死体。今は黒衣が操っているので身動き一つしないが、微かに鼻をつく死臭に肌が粟立つ。
「殺生せずにどうやって護衛役の屍を集めようかと困っていた時、貴方が彼らを贈ってくださったのです。しかも、死んだ直後で蘇生魔法を行使しやすい鮮度を保った、ちょうどよい具合のところを」
「いや、テメェは勝手に付き纏ってきた挙句に、たまたま俺が撃退した相手を拾ってただけだろ?」
「嘘です、信じません。これまで貴方がしてくれた全てが、私に対する純粋な厚意だったと思っています。初めて教会跡地でお会いした時にも庇ってくれましたし、詮索しようともしませんし、人がいれば『テメェ』扱いで名前も明かさず、どこに行っても私を受け入れてくださったことは今も恩に感じています」
「めちゃくちゃ思い込み激しい上に面倒な粘着の仕方するタイプだな」
「”一途”とも言いますね?」
「ぜってぇ言わねぇよ!!」
これ、俺が悪いのか? きっかけを作ったのは確かに自分だが、結果について衝撃的なぐらいに誤解されている。逆にそこまで好意的に受け止められ続けていたのが怖いぐらいだ。仕方ない。ここは縁を切るためにハッキリ言ってやるべきか。
「勘違いすんな! どれもこれも別にテメェのためにやったわけじゃねぇ!」
「またまたそんなことを。面と向かって頷くのが憚られると? やっぱりシャイで恥ずかしがり屋さんなんですね。うふふ、分かっていますよ」
待ってくれ。全力の否定すら理解してもらえないんだが? もうこれ詰みなのでは?
「ただ、真面目なお話をすると、既にあの教会跡地の件で貴方は国家指名手配犯の仲間入りをしました。たとえ私と縁を切ったとしても、それなりの瑕がついている以上、ここにいたら危険なのは間違いありません」
「……最初から退路断たれてやがんのかよ、クソ」
今思えば、そうなるまでコイツが自分を尾行していたとしか思えない。既成事実ってそういうことかよ。
「憲兵様と一緒になりますか? それとも、私と一緒になりますか?」
ああ、選ぶにしてもひどい二択だ。生憎、そんな選択肢はどっちも認めない。
「バカ言え。俺が行きたいところに、テメェが”勝手に”くっついてきてるだけだ」
「ふむ、そう来ましたか」
なんか、もう、考えるのが嫌になってきた。その時、広い通りを駆ける複数の蹄の音が高らかに響く。
「おや、教会騎士の団体様がこの近くまで来ていますね。派手にやってしまったせいで、思ったより長居できなかったようです」
「居心地は悪くなかったんだがな、この街は」
たとえば、憲兵に追いかけられたり、ゴロツキに殺されかけたり、ギャングの女に罪を押し付けられたり、棺桶背負った黒ずくめに粘着されたり――前言撤回。よく考えたら、ぜんぜん居心地悪かったじゃねぇか。
「俺は逃げるぞ」
「私も逃げます」
「……右に行くからついて来るな」
「わかりました。では、左に行ってから、そこの角を左に行って、次も左に行きます」
「一周回って同じ方向に来んじゃねぇ」
「どの道を選ぶかは私の勝手ですから」
「ああ言えばこう言うヤツ」
「お互い様ですね」
細い路地を走りながら、分かれ道に差し掛かる。十字路の真ん中で、黒衣がくるりと振り返った。
「どうぞ、これからもよろしくお願いします」
――白々しいほどに降り注ぐ陽の光の中で。国家指名手配犯としての俺の日常が、今日から始まった。
To be continued…




