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バッドラック・ビハインド・ミー  作者: kagedo
正体不明の災厄
3/5

Chapter3 最悪の出会い

「冒涜者共め! どこへ行った!」


 安っぽい恫喝が苔むした石畳に降り注ぐ。割れたステンドグラスから差し込む月光を反射するのは、白銀の鎧たちだ。その足元には脇に抱えられるぐらいの木箱が置かれている。


 そう、端的に今の状況を説明するのであれば――最高に“ツイてない”。


「おい、店に貼ってあった依頼書にはなんて書いてあった?」

「『今晩中に、この教会跡地へ隠した品を回収して持ち帰れ』というお話だったと記憶していますが。まさか廃墟にまで警備の憲兵様がいるとは」

「中身は貴族の邸宅からの盗品だと言ってたな。完全に引き渡しの日取りが漏れてやがる」

「それでも、失敗すればこちらが違約金ですからねぇ」


 いやはや弱りました、と呑気なセリフについ舌打ちが漏れる。そもそも、敵に気付かれた発端はコイツが腐った床を踏み抜いたせいだ。


「ったく、やってられるかよ」


 蔦の絡む柱の裏で悪態交じりの呼吸を整える。敵は目視できる範囲で四体。戦力差はこっちの倍――いや、この同業者がロクに使えなければ、単純計算で四倍だ。あの重装備も勘案するとどう見ても割に合わない。


「廃れた場とはいえ、一応は神の御前です。お祈りしながら近づいてみますか? 運が良ければ、敬虔な信者だと思っていただけるかもしれません」

「だったらテメェを憲兵へ突き出して、俺は必要な物をもらって逃げる」

「それであれば『そこの方に人気のない場所へ連れ込まれました。どうかお助けを!』と伝えてみましょう」

「俺は善良な賞金稼ぎだ。その辺の下衆共と一緒にすんな」


 もっとも、風貌だけで言えば自分だってスラムのゴロツキそのものだが――全身黒ずくめの“いかにも”なコイツよりかはマシだと思いたい。


「ついでに言えば、祈る時間で一人でも殺った方が有意義だと思うが」

「ふふ、それは大変殊勝な心がけです。もしも私がこの場で頼るなら、きっと神様よりも貴方を選ぶでしょう」

「悪くねぇ判断だ。少なくとも、この依頼を逃せば金が底を尽くって利害は一致してる」

「おや、そうだったのですか? 私は最低限のお金があればいいので、余ったら周辺地域の貧困層に寄付でもしようかと思っていました」

「……は? 食い扶持を稼ぎに来たんじゃねぇのかよ。そんなナリのくせして教会の回し者か?」

「そもそも私がこの依頼を受けた理由の一つは、教会と癒着した悪徳貴族が掠めた金品を、あるべき場所へ分配するためです。ただ、そういう事情ならいくらか貴方へ贈っても構いません。一人酒も一人寝も寂しいですし、ご同伴いただいても?」

「施しのつもりかよ。アホ抜かせ」


 舌打ちのし過ぎで先が削れそうだ。酒場で金額に惹かれてこの依頼に手を伸ばしたら、横槍を入れてきやがって。懐が寒くなければ絶対に断っていたのに。


「与太話はもういい。今はどう切り抜けるかだ」

「ちなみに、何体なら処理できる自信がありますか」


 フード越しから感じる挑発的な視線。探りは入れるが、手の内は明かさない。なら、正直に言うのはどうにも癪だ。


「テメェのために一体ぐらいは残しておいてやってもいいが」

「おや、それは僥倖です。私は殺生しない主義ですので」

「得物も握ってないヤツまで庇ってやる義理はねぇぞ」

「今のお話を信じるのであれば、そんなものは不要でしょう? 討ち漏らしがあれば別の策を考えますよ」


 お手並み拝見、とでも言いたげな口調。さっきから思っていたが、スラム街を闊歩する野郎にしてはコイツは随分と痩せぎすだった。上等そうな素材のローブも災いして、路肩を歩けば三分後には身包みを剥がされているだろう。


 そう考えると、どこか柔らかでたおやかさを覚える仕草は、上流階級の令嬢にも見えてきた。借金の形にでもされて売られたのだろうか。しかし、荒事を前にしてもここまで落ち着き払っているのは気にかかる。ついでに身体の線も目立っていない。まあ、これは着ている服のせいか。


「どうされましたか。私の顔に何か?」

「見てねぇ。ってか、そもそも見えてねぇ」


 品定めをやんわりと咎める声もどこか中性的だ。フードの陰から覗くのは、尖った印象に優美さも含む整った輪郭と、緩く弧を描く唇だけ。そして、肩にかかる清流のような輝きを放つ銀髪が、その素性をさらなる奥底へ押し隠していた。


「そういえば、まだお互いに名乗ってもいませんでしたね。私はイザールと申します。今宵限りのお付き合いかもしれませんが、どうぞ良しなに」

「はっ、一夜限りならそれこそ“テメェ”で十分だ」

「つれない方ですねぇ。ただ、そういう扱いも嫌いではありません。それで、貴方は?」

「……レグルス」

「そうですか、見た目に違わず素敵なお名前です」


 隆起した肩へ纏わせた毛皮と、そこに埋めた仏頂面を見て、品の良いふりばかりの含み笑いが聞こえた。


「三秒数えたら仕掛けるぞ」


 この依頼をさっさと終わらせてしまえば、余計なことに付き合わずに済む。どうせスラムをうろついている輩にロクなヤツはいない。信じられるのは己だけだ。


「その前に“これ”を」


 仄白い指先にはめられた指輪が光る。その瞬間、全身に白い光と奇妙な感覚が走った。身構えたが、不快さはない。


「……何をした」

「ご負担にならない範囲で強化魔法を少々。それと、隙を作るのにもう一ついい魔法があります」


 指輪の石が再び鈍く光った。生み出されたそよ風で倒れた遠くの廃材を訝しんだのか、二体の鎧がけたたましい音を立てて動き出した。


「おい、勝手なことしやがって」

「もう三秒経っていますよ? 行かなくてよろしいのですか」

「ッ、だあもう!」


 進んだ時は戻せない。合図も何もあったもんじゃなかった。


「いたぞ!」


 敵が完全に分散したところで通路へ飛び出す。燃えるような赤髪が、木箱を調べようとしていた敵の視線を惹きつけた。構えられた剣が月明かりに光る。あんな重たい鉄板を着てよく走れるもんだ。だが、真正面から来た斬り込みは、床の苔を削いだだけ。


「遅せぇ」

「ごはっ!?」


 あの鈍さなら、振りかぶった剣を見てからでも背面を取るのは容易い。覗いた横腹へのブロー。鉄甲で覆った拳がいい感じに減り込む。朽ちた長椅子を派手に破壊しながら、重量のある身体が下へ転がり込んだ。


「ったく、夜ぐらい静かにしろよ。この辺の治安悪化の原因は、憲兵が隠れてヘタクソなダンスパーティーしてやがるからだって通報してやってもいいが」

「っ、貴様!」


 安い挑発にもう一人が乗ってきた。構えられた長槍の刺突を惹きつける。だが、こちらの流れに持ち込むには厄介な間合いだ。


「はっ、チェリーのくせに随分といいもん持ってんな」

「は?」

「言ってる意味が理解できねぇなら――その辺の娼婦にでも教えてもらいなッ!」


 ポカンとした相手の前で、突き出されたままだった柄をすばやく掴む。間髪入れずに膝頭がそこをへし折った。


「よぉ、えらく縮こまっちまったもんだ。これじゃ抜き差ししたって誰も喜ばねぇ」

「はあ、教会の方にそんなお話を持ち掛けては不謹慎ですよ」

「そいつは悪かった。神の御前ってことで見逃せ」


 情けない先端で十字を切っていると、床に転がっていた相手が、離れていた二体に向かって喚き出した。


「増援を呼べ! 不届き者を逃さぬようにここを包囲しろ!」

「……マジか」

「あちらにいらっしゃった方々、もう外に出て行かれましたね」

「バラけさせたテメェが責任取れよ」

「それならば、”別の策”を考えた方が良さそうですね。では、ぜひとも派手に動いていただけますか?」

「俺を囮にすんじゃねぇ。ホントに口の減らねぇヤツだな」

「奥ゆかしい方がお好みなら、仰せのままに」


 欲しくもないリップサービスしかされてねぇが。言いながら、起き上がりかけた鎧野郎に肘を落として、穂先でトドメ。大事なもんを切り落とされて、萎えてるチェリーは放っておくとして。


「囲まれるとさすがに面倒だ。裏から抜けるぞ」

「はて、他に出入口などありましたかね」

「これから開設予定だ」


 ふふ、とまた小さな含み笑い。黒衣が置き去りにされたままの木箱を抱える。


「絶対に離れんなよ」

「今のは指示ですか? それともアフターのお誘いで?」

「どさくさに紛れて持ち逃げしそうだから、釘を刺しただけだ」

「そんなに薄情に見えるなんて心外ですね。私、これでも一途なのですよ」


 ――本当によく回る舌だ。次に床が抜け落ちた拍子にうっかり噛んで死ねばいい。


「ところで、一つ提案を申し上げても? 外へ向かうならあちらの方角がよろしいかと思いますよ」

「提案? なら却下だ」


 都合のいい逃げ道まで誘導されて堪るかよ。謀を見透かされたと思ったのか、一瞥した相手は意外にもそれ以上の口答えをしなかった。一抹の静寂を駆ける足音が辿り着いたのは、講堂の側廊にある曇ったガラス窓だ。錆び落ちて脆弱になった枠は、きっと何年も前から隙間風を招き入れている。


「ケガしたくなきゃ下がってろ」

「先は離れるなと言われた気がしますが」

「うっせぇ!」


 蹴り上げた廃材を盾にくすんだ世界を突き破る。飛び散った破片と騒々しい破壊音。瓦礫のせいで足場は悪いが、着地はまずまずだ。視界を覆っていた埃が晴れる。外の澄んだ空気と、月明かりが戻ってきた――新たな喧騒も一緒に連れて。


「クソったれが」


 トラブル続きでそろそろ悪態のレパートリーも尽きてきた。飛び出した先が墓地に集まった敵陣ど真ん中だなんて、想像できるかよ。


「だから言ったじゃないですか」

「あの段階でテメェに従う根拠がなかった」

「奥ゆかしいのが好みと聞きましたので、てっきり察していただけるものかと。まあ、想定よりも増援が少なかったのは幸運でしたね」

「コソ泥相手に憲兵が何人来ると思ってたんだ」

「先鋒隊の四名を除けば、あと十名ほどでしょうか」

「現実が両手の指以内なら確かにマシか」

「残りも頑張ってください」

「待て。増援はノーカンだろ」

「では、この場で取り分を決めましょう。一体あたり金貨一枚で」

「三枚」

「なら二枚で手打ちに」


 いや、勝手に決めんな。吼える前に身体の横を刃が抜ける。擦り切れた裾が断たれた。それでも身を捩った勢いだけは殺さない。流れるように見舞った回し蹴りに、鎧が堪らず膝を着いた。


「背面から来ています」

「分かってんなら手伝えッ!」

「補佐した分は折半ですが、よろしいですね?」


 瓦礫の裏から姿を見せた黒ずくめが、割れたガラスを風に乗せて放つ。背後にいた鎧へ面ごと衝突して爆ぜたそれは、鏑矢のごとくに周囲の耳目を惹きつけた。


「上出来だ、畜生め」


 わずかに停止した時の中。奇襲に怯んだ眼前の一人を蹴り飛ばす。倒れた鉄塊を踏みしだき、巻き上がる土埃に身を隠して離脱――の、つもりだったのだが。


「左右に二人、正面から一人!」

「どのみち逃げ場ナシじゃねぇか……!」


 判断には秒もかけられない。冷静な戦況分析に救われたとはいえ、最悪の視界のままで突破を余儀なくされる。最も手薄な正面へ跳んだ。肌を撫ぜる空気の揺れと、風切り音が迫る。振り下ろされる刃は感覚で回避。胴へ飛び込んだ右の拳が唸った。完全に入った感触はあるが――コイツ、さっきの鎧より硬てぇ。


「っ、盾とか、聞いてねぇ!」


 がん、と全身が鋼鉄に弾かれる衝撃。咄嗟に受け身を取った。だが、突き抜けようとした勢いが犠牲になる。砂煙が晴れた。マズい、囲まれている。後ずさるたびに、じりじりと包囲網が狭まった。


「――投降します。どうか命だけはお助けください」


 背中から落ち着き払った声が響いた。手にしていた木箱を足元へ置くと、両手を挙げた黒衣がこちらに近づいてくる。憲兵たちが木箱を回収する人員を向かわせようと相談している。その隙に寄ってきた黒衣が自分の傍で耳打ちした。


「私を抱えて、あの林まで跳べますか」


 視線の先にあったのは、墓地の向こうに見える雑木林だ。目算でもかなり距離がある。しかも手前には囲いの高い柵。コイツが背負ってるやたらとデカい”縦長の箱(かんおけ)”は見ないふりをしたとしても――乾いた笑いが漏れる程度には条件が悪い。


「どうせ賭けるなら、もっと分の良い話に乗りたかったもんだ」

「先ほどは借りを作ってしまいましたので、少し本気を出します。どうか私を信じてください」


 挙げた掌にある指輪が微かに光っていた。頭巾の翳りから覗いた紫紺の瞳が、自分を見つめている。コイツの言いたいことは理解した。どうせここで捕まるぐらいなら、足掻くのも悪くない、か。


「次こそ合わせろよ」


 返事はなかった。代わりに背中にいた相手が、気を惹こうとわずかに前へ出る。不審がった憲兵たちが黒衣に矛先を向けようとした時。


「3、2、1……今ッ!」


 白い光が全身を包んだ。ふわりと身体が軽くなる。前にいた華奢な身体を抱えると、わずかな助走と共に力強く地面を蹴った。


「ヤツらが逃亡した! 早く追え!」


 人間業ではない大跳躍。以前よりも強靭になった脚力と、魔法で生まれた疾風の援護を受け、追い縋る銀の掌をすり抜ける。不意を突かれた憲兵たちの視線が背中に刺さった。だが、遥か上空にいる自分たちには手も足も出ない。


「柵ごと越えるぞ!」


 咆哮に応じた追い風が身体を押し上げる。一つになった影が望月の照らす宙を駆けた。が、柵を越え切ったら地面が迫ってくる。マズい。要求が多過ぎて、着地場所まで計算していなかった。


「っ、クソ……!」


 鈍い衝突音と、暗転する視界。ああ、誰かの狙い通りになったらしい。無様に茂みへ転がり込む。襲ってきた衝撃に小さく呻いていると、うっかり抱えたままだった黒ずくめがもぞもぞと這い出てきた。


「……私を庇ってくださったのですか?」

「テメェの棺桶を緩衝材にしようと思ったが、直前で調整ミスっただけだ」


 下草があったとはいえ、さすがにあの高さから落ちれば多少のダメージはある。まあ、命があるだけマシだと思うしかない。すると、木々の間に消えた月を眺めていた自分に、白い手が差し伸べられた。


「そういえば、貴方の金貨は何枚になったのでしょうか」

「どうせもらえないもんを覚えてる記憶域はねぇな」

「本当に?」


 黒衣の懐からちらりと覗いたのは、瀟洒な宝石がはめ込まれた銀杯だった。ボサっとしていると思わせて、意外と手癖が悪いヤツだ。


「……三、四人ぐらいは俺が伸してんだろ、多分」

「おや、さばを読まないのですね。誠実で好感が持てます」

「俺は善良な賞金稼ぎだって言ったはずだぞ。そういうテメェの芝居もまあまあだったが」

「お褒めに預かり光栄です。では、取り分は貴方の言葉通りに」

「今回は折半でいい」

「助けていただいたので、気持ちだけでも」

「変な借りは後で高くつく」

「それは賢明なご判断で」


 それに鼻を鳴らすと、ふふ、と小さな笑いが返ってくる。


「さっさと戻るぞ。全身痛くて仕方ねぇ」

「街へ戻ったら、お詫びにお酒と宿を奢りましょう」

「そいつはいいな。人の金で飲む酒は何でも美味い」

「施しはいらないとおっしゃっていたのでは?」

「貸しをテメェの懐から回収するってなら話は別だ」

「難儀ですねぇ」


 手招きする黒衣の後を追う。抜け出た先は小高い丘だ。そこから望むならず者たちの巣窟は、今日も善悪の境を街明かりに溶かしていく。しばらくは良い酒と宿で過ごせそうだ。


 ――そんな俺が教会のお尋ね者になるのは、まだ少し先の話。




To be continued…

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