Chapter2 ツイてる? ツイてない?
――ああ、神よ。俺は無実だ。だからこのクソったれた状況をどうにかしやがれ。
「オレ様の女に手ぇ出すなんて、いい度胸だなァ」
がらんとした倉庫の中で恫喝が響く。それも普段なら「ご機嫌よう」としか思っちゃいない。が、後ろ手に縛られて四方を囲まれていたら話は別だ。
「まだ若い世間知らずだからって見逃してやるとでも思ったか?」
「……だから人違いだって言ってんだろ。その女とは面識すらねぇ。ついでに厚化粧は好みじゃない」
「失礼なヤツね! ダーリン、ひと思いに殺っちゃって?」
「はっ、良く言うぜ。どうせ他のヒモ男と宿で寝てた所にコイツが来て、焦って逃しでもしたんだろ。道端に居合わせた俺は無辜の民だ。やましいとこはねぇ」
「あんな夜中に裏通りの道端にいる輩が無辜の民なワケないじゃない! デタラメ言わないでよ!」
そこを突かれると正直痛い。が、俺は切らした葉巻を補充しに歩いていただけだ。それが、間男を庇ったこの派手顔巻き髪女のせいで、その場にいた部外者の俺がなし崩し的にどっかの廃屋に引きずられて今に至る。数の暴力にはさすがに叶わない。
ああ、クソ。硬い床の上だとさすがにケツが痛くなってきた。せめて買ったヤニを吸わせてくれとも思ったが、背中に焼きが入る方が先だろうか。
「懲りてないなら考えがあるぞ。肉を削いで、指詰めて、後は手足かァ? その前に行儀のなってねぇブツを落とさねぇとならんな」
「何度聞かれてもやってねぇことの証明は無理だっての。女を寝取られて悔しいんなら、逃げたヒモを探す方が有意義だぜ。そしたらアンタの徳も爆上がりだ。俺の中だけだが」
「そうか? 寝取られた事実を言いふらすかもしれない軽口叩きを生かしておいても、オレ様にゃメリットがないな」
鈍色の柄が箔のついた頬をペチペチと叩く。よりにもよって、この辺りを牛耳るギャングの頭領が出てくるなんて。しかも小物感満載じゃねぇか。心底ツイてない。
「人の色恋沙汰に口なんざ挟むかよ、面倒くせぇ。心配なら他言無用の契約してやるから、立会人を呼ばせろ。破ったら殺しても構わない。が、罪もねぇのに『はいそうですか』とは俺も言えねぇもんでな」
「きっとそうして呼ばれるだろうと思いましたので、立会人兼証言者としてこちらに伺いました」
「……は? 何でテメェがココに、」
黒衣を翻すその姿に、その場の一堂が視線を向ける。平然と監視のある倉庫に入ってきやがった相手が、やんわりと見張りの銃口を下げさせた。
「オレ様の島にズカズカと土足で入って来て。お前もタダで帰れると思うなよ」
「お言葉ですが、旦那様。これまで彼を尾行してきたところ、その女性との関わりは一切ありませんでした。逃げた間男の顔を覚えていますので、必要なら私が証人として連れて来ます」
なぜコイツが俺の後を尾行していたのかはまったくもって意味不明だが、弁明できない以上、頼みの綱はコイツだけだ。しかし、俺より厳つい顔をした刺青スキンヘッドは納得していない。
「そう言ってこの節操なしを逃がすつもりだな。そもそもお前はどういう関係者だ?」
「彼とは、そう、大変に密度の濃い時間を過ごしてきたものでして。切っても切れない縁なのです」
この黒ずくめは天性の詐欺師だ。言葉はもったいぶっているが、最初の依頼で出会ってから二週間も経ってない――まあ、命のやり取りをしていた現場という意味でなら、濃い時間も間違いではないか。
「オイオイ、庇い立てするつもりなら容赦しないぞ。悪いことは言わないからどっかに失せろ」
「お断りします。彼は無実です。解放していただけるまで、私もここにいます」
自分の前で跪いた相手に、頭領がこめかみに青筋を立て出した。頼むから刺激すんな。俺を殺す気か。
「あァ? どこが無実だってんだよ! じゃあおめぇ説明してみろ!」
「理由を聞きたいならお伝えしましょう。なぜなら、私たち――お互いにしか興味ありませんので」
振り返る黒衣。沈黙。次いで、刺さる痛い視線。
「――おい、待ちやがれ。まず語弊のある表現はやめろ? な?」
「では、貴方に質問します。あの女を抱きましたか?」
「抱いてない」
「魅力的に思ったことは?」
「手垢のついたアバズレにはさすがに興味ねぇ」
「ということです。彼は私にしか興味がないので無実です」
証明終了、なんてドヤ顔が滲む空気を醸し出してるが説明になってないだろ。ただ、周りが見てはいけない物を見ている雰囲気になって、もう誰もツッコめないでいる。
「……う、ウソよ! そんなはずない! アタシはこの男に無理やり連れ込まれて乱暴されかけたんだから!」
「話拗らせんなこのアマ!」
「だったら証拠見せなさいよ証拠!」
「んなもんあるか!」
「ないならアンタが悪いのよ! ダーリン、こいつら信じちゃダメ!」
こっちも露骨に理不尽だな。こういう女と感情論の掛け合いになったら勝ち目がない。さすがの黒衣も口を閉ざしただろう――と、思いきや。
「では、我々が誓い合った証拠を見せます」
黒頭巾とじっと見つめ合う。微妙な間。いや、言いたいことは察した。察したが、気持ちが追いつくとは言ってない。
「今まで聞くつもりもなかったが……テメェ、ツイてるんだよな?」
「こんな状況になってしまった以上、そろそろ本当のことをお伝えするしかありませんね――ツイてはいませんが、ツイてはいます」
「どっちがどっちだよ! 重要なのは上か下かだろ!」
「真実を確かめますか? それとも夢を見たいですか?」
これを断ったら、鉛玉を吐き出す口がキス待ち顔で構えてやがる。ああ、心臓が変な高鳴り方をし始めた。
「……ちょっと考えさせろ」
「『大丈夫です、ちゃんと優しくしますから』」
「なんかセリフの方向おかしくねぇか?」
「『一生大事にします』」
「違う、そういう意味じゃない」
「『死んでも手放しません』」
「真顔で言われるとなんか変な気分になってきたぞ?」
「はあ、そんなに厳しいお顔をしているのに、意外とロマンチストなんですねぇ。これでも精一杯の私の誠意をお伝えしたつもりなのですが」
いや、告白が気に入らないって言ってる俺が一番悪いみたいにするのやめろ? 周りがドン引きしてんだよ。そうしている間に他の空気もおかしくなっていた。
「ごめんなさい……アナタにそんなに愛し合っていた人がいたなんて、知らなかったわ。ダーリンにも嘘ついてたの。最近構ってくれなかったから寂しくて、つい魔が差しただけ。ねえ、許してくれる?」
「ああ、良いんだぜハニー! そんな思いをさせたオレが悪かった。今日は帰ってこれから二人で熱い夜を過ごそうじゃないか」
「ええ、そうね♡」
「お前ら、もう帰っていいぞ。末永く幸せにな」
刺青入りのスキンヘッドがしっしと自分たちを追い払う。取り巻きたちの目が一人残らず死んでいたというのは、説明するまでもない。
「ああ、一時はどうなるかと思いましたが、貴方の疑いが晴れて何よりです。良かったですね」
――消えなくていい命が救われた。代わりに、俺の尊厳だけが静かに息を引き取った。
To be continued…




