ハッピー・ハロウィンの行方
前回のつづき(にかいめ)
ハロウィンが終わってしばらくしたころ、東京から『F機関』を名乗る人物がやってきた。
いかにも公務員って感じの黒スーツ。きちんとネクタイも締めて、足元はお高そうな革靴だ。髪は黒髪で、肩くらいの長さだが、中性的な顔立ちをしており、男なのか女なのか、はっきり判別ができなかった。
「お話は伺っています。有栖川七星さんですね」
「はい……」
誰から聞いたのだろう、と疑問に思う間もなく、その人は僕に名刺を差し出す。
「申し遅れました。わたくし、F機関の早蕨葵と申します」
「はあ」
「で、そちらは、ご友人?」
早蕨さんが辺りを見回す。下校途中のいまは、杏実や詩乃ちゃんを連れてきている。陽大や瑛人君、彩春ちゃんは、放課後も部活の練習があるから、いま、ここにはいない。
「友人というか、高校の後輩ですね。ひとりは義理の姉でもあるんですけど」
「有栖川杏実さんはどちらですか?」
「はい」
杏実が遠慮がちに手を挙げると、早蕨さんは、食い入るように身を乗り出して言った。
「では、早速お話を伺いたいのですが」
「ちょっと待ってください」
止めたのは詩乃ちゃんで、早蕨さんの姿を頭の先からつま先まで怪訝そうに見つめている。
「あなた、いきなり来て、なんなんですか。そもそもF機関って?身元の怪しいかたに事情を打ち明けるつもりはありません。直接話があるのは友人たちだけのようですけど、そういうことなら、友人たちにも話なんかさせません。トラブルに巻き込まれるのはごめんですからね」
さすが、詩乃ちゃん。しっかりしている。僕も一瞬流されかけてた。
考えてみればそうだ。F機関がなんなのかわからないのに、詳細を打ち明けるのはおかしい。場合によっては新手の詐欺かもしれないし……。
「失礼いたしました。F機関は政府の特務機関です。主に、人類史の記録や管理を担っております」
意味がわからないけれど。
「特務機関ですから、各行政機関や企業とは表立った関係は持っていません。ごく一部の限られた人々のあいだでしか知られていませんから、あなたがたがご存知ないのも訳はないでしょう。でも、ちゃんと存在はするんですよ、そういった機関が」
なんか、1年ほど前にも同じようなことがあったような……。
もう遠い昔のことだ。
「Fってことは、AとかBもあるんですか」
「さあ。それはちょっと存じ上げませんが」
F機関の『F』は、『Fiction(虚構)』のFだという。
「表沙汰にできない案件のうち、いわゆる超常現象を扱う組織です。いまの科学では実在を証明することができない、Fictionを専門に扱う特務機関となっています。人知を超えた異常は、あらゆる手を使って、Nonfictionに置き換える――存在しないものが存在するなんて、あってはならないことですから」
ちょっといいですか、と言われて、早蕨さんは腕にはめたゴツい腕時計を目の前にかざす。なんだ。なにをしているんだ?
「……ありがとうございます。大体の詳細はわかりました」
「なにをしたんですか?」
「あなたがたの行動ログを、ほんのちょっと覗いただけです。これに関しては企業秘密なので、あまり深く聞かないでくださいね」
「はあ」
なんかまた訳わからない組織が出てきた。
「大体の内容はわかりましたが、一応規則ですので、いくつかの質問に答えていただきます。ああ、おふたり同時で構いませんよ」
「はあ」
いわゆる、聞き取り調査、というやつだ。
「では、1問目。お名前を教えていただいてもいいですか」
「有栖川七星です」
「あたしは、有栖川杏実」
「ありがとうございます。続いて2問目、家族構成を教えてください」
「僕と両親、それから、今年の2月に海外の親戚の家から引き取った義理の姉の杏実がいます。4人暮らしです」
「3問目、ご職業は……」
「高校生……だから、この場合『学生』って言えばいいのかな。はい。学生です。杏実も同様」
この辺は基本情報だから、簡単な質問だ。
「では4問目。ここからが本題です。子どもになったときの状況を教えてください」
「ええっと、あれはハロウィンの日だったから、10月31日で……時間は登校中で、たぶん、朝の8時くらい?場所はうちの高校の前の歩道です。ほかの友人と一緒にスマホの動画を見ていて、不思議なマンホールがあるって聞いてちょっと探してみたら、たまたま足元にあって。直感的に、あ、踏んじゃいけない、って思ったんですけど、歩道にあって絶対踏むなというのも難しいじゃないですか。で、えっと、その……はい……気づいたら踏んでました」
「ふむ。それで?」
「踏んだあと、もくもくと白い煙が立ち込めてきて、煙が消えたと思ったら、子どもの姿になっていました。僕は子どもになる前のこともよく覚えていたし、子どもの姿になったあとも『17歳の高校生』だと思っていましたが、杏実ともうひとりの友人は、まったく覚えていなかったみたいで。自分のことを、7才、8才の子どもだと思っているようでしたね」
「では、5問目いきます。戻ったときの状況を教えてください」
「あれは昼休みでしたから、大体、お昼の12時半ごろです。場所はうちの高校の学食。遠くのテーブルにもほかの生徒たちがいましたし、近くにも、友人たちがいました」
「6問目です。子ども化していたあいだのことを教えてください」
「えっと、それは……」
僕が答える前に、杏実が、元気よく言った。
「ゼンゼン覚えてない!!あの、まるいの、踏んだのは覚えてるよ。でも、そのあとのことはゼンゼン覚えてないの。気づいたら、いつのまにか移動してて、あれ、あたし、なんでガッコーにいるんだろ?って思ったもん」
うん。自慢げに答えることじゃないね。
「それは同じようにマンホールを踏んだ、もうひとりの友人も同じでした。覚えていたのは僕だけです。目撃していたほかの友人が言うには、個人差があるんじゃないか、とか言っていましたけど……」
「どうやってもとの姿に戻ったのですか?」
「それは……購買部に売っていたチョコレートバーを食べて……」
瑛人君の、威勢のいい『おなかがすいたらスニッ○ーズ!!』のセリフを思い出す。いまも笑いそうになったが、なんとか堪えた。
「お菓子を食べたら、もうじゅうぶんだ、という気持ちになって、また白い煙が出てきたんです。で、煙が消えたら、もとの姿に戻っていました」
「……なるほど。よくわかりました。ご協力ありがとうございました」
早蕨さんは、それだけ言うと、帰って行った。
なんだったのだろう。
また、おかしなことに巻き込まれなければいいけれど。




