はぴはろ☆彡
それは、いつもと変わらない金曜日――のはずだった。
「はっぴ~はろうぃ~ん☆彡」
ひと足早く校門に着いていた瑛人君が、スマホをひらひらさせながら僕たちに手を振っている。僕と義理の姉の杏実、それから家の近い陽大は急かされるように彼のもとへ走った。
「今日、何の日か覚えてる?」
「ハロウィンだろ」
瑛人君の問いに、すかさず、陽大が答える。
そもそもハロウィンを知らない地域から越してきた杏実は、なんのことかわからず、呆然と首を傾げている。
「ねえ。はろいん、て、なに?」
……しかたない。解説するしかないか。
「本来は、ヨーロッパの古代ケルト人たちが秋の収穫を祝うためのお祭りのことだったんだ。それが、毎年10月31日。いまの暦では12月31日が一年の終わりとされているけれど、当時の人々はこの10月31日を一年の終わりの日としていてね。一年の終わりには、死んだ人たちの霊がこの世に戻ってくると信じられていた。なかには悪いオバケ、すなわち悪霊も紛れていて、人々は、悪い魔女だったり、オバケだったり、悪霊の恰好をして仲間になったふりをして、その悪霊たちを追い払うための儀式を行っていたんだよ。それが、時を経て、キリスト教の万聖節の前夜祭と結び付けられ、アメリカに渡って、いまのような『子どもたちが仮装してお菓子をもらうイベント』の形になったというわけさ」
「へえー、勉強になったわ」
なぜか陽大が言う。別に陽大に向けて言ったわけじゃなかったんだけど。
「杏実は?わかった?」
「うん!!オバケのカッコしてお菓子をもらう日!!」
思わずズッコケた。
うん。そうだな。杏実なら、そういうんじゃないかと思ってたよ。
「杏実は何の恰好するの?」
「んー、夢魔かなー」
「サキュ…?」
「男のヒトの夢のなかにだけ現れる悪魔だよ」
「ふうん…。よくわかんねえけど、杏実なら、かわいい悪魔になれそうだな」
「うん!!」
まさか、その恰好のまま僕の部屋に……おい、杏実、頼むから余計なこと考えるなよ。
「ヨータとエイトは?」
「俺は……そうだなー、オオカミ男にしようかな」
「俺はフランケン!」
どちらも男子の定番の仮装だ。フランケンというのは、おそらく、メアリー・シェリーの小説『フランケンシュタイン』に出てくるあの怪物をイメージした奴のことだろう。誤解されがちではあるけれど、主人公の科学者、ヴィクター・フランケンシュタインのことではない……はずだ。
いや、瑛人君のことだから、もしかしたら科学者のほう、ってこともありえるか?どうしよう。マッドサイエンティストの恰好して出てきたら。ていうか、そもそも、どこでそんな恰好するんだよ。
「え。なに。ハロウィンパーティーでもするつもり?」
「やらないの?」
「逆になんでやらなきゃいけないんだよ。子どもじゃあるまいし」
僕たちは高校生、そしていまは学校に行く途中だ。学校は勉強をするところ。遊んでいる暇なんてない。
「あーーー子どもに戻りてえーーーッ!!!」
瑛人君は、誰に言うでもなく、空に向かって叫んだ。
「あ。そうだ」
手にしたままだったスマホ。そのスマホに、視線を移す。実は見せたいものがあって、という彼が示したのは、某動画配信サイトのページ、とあるユーザーのホーム画面だった。
「夏休みにさ、みんなで東京までオープンキャンパスに行ったじゃん?そんとき大型ビジョンに出てきたV Tuberのチャンネル、ついに特定したんだよ!!」
そういえばそんなものあったな、と陽大が言う。
V Tuber――バーチャルYou Tuberの略だ。
「チャンネル名が【コンバチャンネル】ってことまでは覚えてたから、ウチ帰って、検索してみたんだよ――そしたらビンゴ!やっぱり、最近チャンネル開設したばっかの新しいV Tuberだったんだよ!」
出てきたばかりだから、人気You Tuberと呼ばれる人たちと比べて、圧倒的にチャンネル登録者数が少ない。投稿された動画の本数も、まだ4本しかないみたいだった。
あれ。瑛人君たら、ちゃっかり、もうチャンネル登録まで済ませてるのか。
真っ暗な背景に、カラフルなキューブがいくつも重なったようなアイコン。
チャンネル名の下の紹介文には【楽しいコト、面白いコト、愉快なコトだーい好き!コンバチャンネルにようこそ(キラキラ)雑談中心☆ゲーム配信☆コメント大 歓 迎 !】と書かれている。
最新の動画は、なんと、8時間前。
本日10月31日の0時ちょうどに投稿されたものだった。
――【特別配信】はっぴぃいいはろいん!!
瑛人君が、指でタップして動画を開く。
すると数秒もしないうちに、見覚えのあるひとりの男の姿が画面に現れた。
いたずらっぽい金色の瞳、白銀色の髪、前髪は斜めに流していて、後ろ髪から長い三つ編みを垂らしている。色白で、エルフのように尖った耳。ダイヤのモチーフの冠をつけて、アラビア衣装みたいな恰好をしているのもあの日と同じだ。ひとつだけ違うのは、手に持ったマイクが、ハロウィンのカボチャのようなデザインになっているところ。もちろん、CGで合成されたキャラクターだ。ただし、声は人間のものが当てられている。誰が当てているのかはわからないけれど。
【やっほーい、おはこんば☆ みんなのコンバートだよォ!
みんなのとこ「はろいん」ってお祭りがあるんだねーっ!?
なぁんだーっ、教えてくれたらいいのにさァ!
オバケとお菓子って、そんな組み合わせだったら外せないよね☆】
なるほど。流行りに乗っかるところは、いかにも普通の配信者らしい。
つまり今日がハロウィンだから、ハロウィンぽい恰好をしていたと。
でも……、
『みんなのとこ』ってどういう意味だろう。こいつはどこか別の世界にいるのか?ヨーロッパやアメリカから伝わった文化だから、それと干渉しない国、地図にも載っていないような弱小国とか。あるいは、ひょっとすると――。
パンパカパーン!
人目を引く効果音が鳴って、ふたたび画面を注視する。
【一日げんてーの、「はろいん」ゲームをしちゃうぞォー!】
はぁ!??はろいんゲーム???
なにを言っているんだ……と思う暇なく、ゲームの説明がなされる。
曰く、本日限定で全国各地の『さまざまな道』に特別なデザインのマンホールを紛れ込ませた、と。
どーしんに戻れちゃうハッピーデザイン。通称、はぴはろマンホール。青い夜空のような背景に、シーツをかぶったいかにもなオバケと、ハロウィンのカボチャの絵が目印だそうだ。
【気になるイイ子は踏んでみてね☆】
動画はそこで終わり、定番の「チャンネル登録よろしくー」というエンディング映像が流れはじめる。
大型ビジョンは東京で見た。そのあとに起きた不思議な部屋も、謎の箱も、杏実のために買ってきたお土産が謎の白い箱にすり替わっていたときだって、全部、東京に行ってから体験したことだ。
でも、今回は……。
「全国?全国って言った?じゃあさ、俺らのいる町にもこのマンホールが紛れてるかもしれないってこと!?」
嘘じゃない。つまりはそういうことだ。
なぜか陽大も瑛人君も、杏実でさえもワクワクしているようだが、これはそんな甘いもんじゃない。僕たちは、またおかしな『異常事態』に巻き込まれそうになっているのだ。
「みんな、気を付け……」
僕は慌てて周囲を見渡したが、一歩、遅かった。
早速、例のマンホールを探そうと足を踏み出した瑛人君のその足元に、ついさっき映像で見たばかりのド派手なマンホールが踏みつけられていた。
「あっ」
言った瞬間に、もくもくと煙が立ち込めて瑛人君の姿を隠す。ようやく煙が消えたころには、瑛人君そっくりの、小学生くらいの男の子がそこにいた。
「あれ?おれ、なんでここにいんだー?」
舌足らずな喋り方。まだ声変わりもしていない。まさかとは思うけれど……。
「ぼく、名前は?年齢はいくつ?」
「やまねえいと!7さい!!」
マジか……。
「え?マジで瑛人なの?それに7才って……いや、確かに7才にしか見えないけどさ……」
陽大も、信じられないという目で瑛人君を見ている。7才の瑛人君は、僕たちの顔を順番に見上げながら不思議そうに言った。
「おにいちゃんたち、だあれ?」
「はっっ!??」
誰って、そりゃあ……もしかして覚えてないの?
「しらないおにいちゃんについていっちゃダメだって、かーちゃんが言ってたぞ。なまえを聞くんなら、じぶんのほうから名のらないとダメなんだぞ」
一丁前に生意気なことを知っている。
「……わかったよ。俺は根津陽大。すぐそこの高校に通う、高校2年生だ」
「こーこー?」
7才瑛人君が首を傾げている。
まあ、本当に小学生だとしたら、高校生なんて未知の世界だろうな。
もしかして、彼は小学生のころの瑛人君なのかも!?
確か、コンバートは、全国各地に仕込んだ不思議なマンホールを踏むと、当日だけどーしんに戻れると言っていた。どーしん。おそらくは『童心』と書くのだろう。つまり、子ども化、ということだ。
「ねえ、瑛人君、本当に覚えてないの?僕たちのこと」
「おぼえてるってか、おれ、おにーさんたちと会うのはじめてだけど?」
なるほど。記憶も失ってる、というわけか……。
こんなところに小学生ひとり置いて行くわけにもいかないし、もうすぐ、授業も始まる。早く行かないと僕らだって遅刻してしまう。どうしよう、どうすればもとに戻るんだろう、と考えていたら、突然、陽大が声を上げた。
「七星!足!足!!」
「え?」
慌てて足元を見る。浮かせた右足が、ド派手なマンホールの上にぴたりと着地していた。
もくもくと白い煙が僕自身を包む。
わずかに煙を吸い込んでしまい、思わず咳き込んだら、次の瞬間、煙の消えた視界に、目をまんまるに見開いた陽大と杏実の姿が見えた。
「ナナセ……?」
「で、いいんだよな……?えっと、ぼく、名前は言える?年齢は?」
なんだよ、それ。僕のことバカにしてるのか?
「ありすがわななせ。17さい」
自分では普通に話したつもりだったのに、僕の口から漏れたそれは、およそ17歳とは思えないほどの幼い声だった。
「は……はぁっ!?」
陽大が、すべてを察したように、憐みの視線をこちらへ向けてくる。
「あー……マンホール、踏んでたからな。あのマンホール、ちょっとでも踏んだら、つまり、そういうこと、なんだな。うん。ご愁傷様」
「お、おい!なんだよ、それっ!」
でも不思議だな。瑛人君のときは、もとの記憶も、子ども化したという認識さえもなかったのに、僕はこんなにも鮮明に覚えているなんて。
「要は『子ども化する』というのが条件なんだろ。そこに、もとの記憶があるか、子ども化したという認識があるかなんてどうでもいい。もしかしたら、子ども化していたことさえ覚えてないのかもしれないな」
「でも……なんで……」
「さあ?ハロウィンだから?」
ハロウィンといえば、子どもたちがこぞってオバケの恰好をして、お菓子を目当てに練り歩く恒例のイベントだ。
――トリック・オア・トリート!
お菓子をくれなきゃイタズラしちゃうぞ。子どもたちにそう叫ばれた大人は、みな、イタズラされるのを避けてお菓子を与えるのだ。
子どもたちにとっては夢のような一日。
かわいい衣装を着て、街行く大人たちにイタズラを仕掛けて、イタズラの代わりにお菓子をもらって帰っていく。
お菓子がもらえるのは小学生くらいまでだろうから……この場合の『大人』にあたるのは中学生以上?ほかの例を知らないのでなんとも言えないが、その可能性は大いにある。
また、飽くまでも『人間の大人が自分の足でマンホールを踏む』ということが大事らしい。その証拠に、ほかの高校生たち、通行のサラリーマンなど、自転車に乗ったまま『道のマンホール』を越えて行った人たちには何の変化も見られなかった。
いや、こんな分析している場合じゃない。
校門が閉まるまであと10分。10分以内になんとかしないと、僕も瑛人君も『欠席』扱いになってしまう。
「どうしよう。いったいどうしたら……」
もしかしたら、もう一度踏んでみたら、スイッチのオンオフの要領でもとに戻るかもしれない。そう思ってマンホールを踏んでみたけれど、ダメだった。
「えいとくん」
「なに?」
小学生1人分の体重じゃ軽いのかも、と思い、ふたりで乗ってみたけれど、それもダメ。
もうダメだ――。
諦めかけたそのとき、なにを思ったか、杏実がマンホールに向かって飛び込んできた。
「え!!?」
「ナナセ、ずるいっ!あたしも子どもになる!!」
なに言ってんだ……と思ったのもつかの間。
みたび、もくもくと白い煙に包まれて、本来より10歳も幼い、8才ほどの姿の杏実が現れた。
※『コンバチャンネル』の内容は、企画特設サイトよりお借りしています。
https://theater-words-collection.com/marblecraft/




