箱の中身はなんじゃろな?
案件その2「交換ボックス」編 (にかいめ)
「ただいまぁ」
玄関から聞こえてきたその声に、あたしは迷わず飛んで行った。今日は義理の弟のナナセが2日間の旅行から帰ってくる日だ。
「杏実、いい子にしてたか?」
ナナセ、完全にあたしのこと犬だと思ってるし。
姉弟といっても、あたしたちは血が繋がっていなくて、外国から引き取られたあたしをナナセのお父さんが養子にしてくれたから、表向き『姉弟』ということになっているだけだ。日本の生活に慣れていないあたしは、一般的な日本人から見ると、ちょっと特殊に見えるらしい。それで、ナナセも、あたしのことを『姉』というよりは『ちょっと不思議な友人』くらいに思っているみたい。いや、違う、いまのは完全に『犬』だよね?ペットの犬だって思ってるよね!?
「……なに拗ねてんの。せっかくお土産買ってきたのに」
「お土産っ!?」
ナナセがあたしのために選んでくれたお土産。そう考えただけで、犬扱いされたことも、ひとりだけ留守番を命じられたこともどうでもよくなってしまう。あたしって、自分で言うのもなんだけど、結構単純だ。
「ほら、これ。開けてごらん」
そう言って手渡されたのは、かわいいラッピングに包まれた小さな箱。せっかくの包装紙を傷つけないように、丁寧に剥いていくと、何の変哲もない白い紙箱が出てきた。
早速中を確かめようと、フタに指をひっかける。
「あ、あれれ?」
「どうした?」
「ヘンなの。これ、開かないよ?」
「どれ。まだテープがついてるんじゃないか?」
ナナセがフタと本体についたテープを剥がしてくれる。それで、もう一度開けてみようとしたのだけれど、なぜか、開かなかった。
「なんで?開かない??」
「えー…そんなはずないだろ……」
「でも開かないもん!」
ナナセは、箱を手に取って、ぐるりと回してみたり、ひっくり返してみたり、隅々まで調べてくれた。でも、ダメだった。
「あ、待っ……」
ナナセの動きが止まる。何かに気付いたときのサインだ。
「なに。なにがあったの?」
「いや。さすがにこれは……うん……そうだ、箱は箱として、このまま開けずに取っておいたら?」
なにそれ。意味わかんない。
「箱は開けるものでしょ!?ナナセ、なに言ってんの?」
奪い取るようにして箱を受け取ると、側面に、小さな字で何か書いてあるのが見えた。
【あなたの一番好きな人と、キスを交わすこと!(ほっぺた不可)】
え……。
それって、まさか……?
「ナ、ナナセと、キ、キ、キス……しろってことぉ!??」
だってさ、もう、そういうことじゃん!?
あたしはナナセが好きだ。
つらい環境から救い出してくれた人だから。ナナセがいなかったら、あたしはいまでも外国でつらい思いをして生きていたかもしれない。
世間の恋人同士がするように、触れ合ったり、愛をささやいたり、してみたいと思ったこともある。でも、あたしたちは『義姉弟』だから、それをしちゃダメなんだって。血は繋がっていないのに?
「たぶんだけど……その……この『ミッション』を達成しないと、箱が開かないしくみになっているんだと思う。どういうカラクリかはわからないけれど。だからさ、もう、諦めろよ」
なんで諦める前提なの。
逆に考えれば、ミッションさえ達成できれば、開くということじゃない?やった!あたし、頭いいかも!
「頭いいかもっ!じゃないんだよ。いいか、つまり、杏実の好きな人――たぶん僕だって言うと思うけど――と、いまからキスしなきゃいけないってことなんだぞ!?それも、ほっぺたじゃない、唇に!!!」
ナナセは怒ったように言う。そんなに、あたしとキスするのがイヤなの……?薄々気づいてはいたけど、改めて言われると、ちょっとショックだよ。
「あたしは別にかまわないけど」
「僕が構うんだよ!!」
そこからはもう押し問答で、あたしは平気だよ、僕は平気じゃない、だって姉弟といっても血は繋がっていないでしょう、血は繋がってなくてもダメなものはダメ、無理、どうしたってできない、とまで言われてしまった。
「ナナセ……ひょっとして、あたしのことキライ……?」
思わず瞳が潤む。泣いちゃダメだって思うほどに、涙は次から次へとあふれてくる。
初めて会った瞬間、運命だと思っていた。
あたしたちは初めから出会う運命だったんだって。結ばれる運命なんだって。
遠い外国からこの国へ来て、ナナセのパパがあたしを養子にしてくれたのも、あたしとナナセが『運命の赤い糸』で結ばれた関係だったから。
なのに。
なのにナナセは、あたしのこと、キライだっていうの……?
「……じゃ、ない」
「え?」
「嫌いじゃないよ、杏実のこと。好きだと思ってる」
いま、好きって言った?聞き間違いじゃなければ絶対にそう。ナナセは、いま、あたしのこと『好き』だって言っていた。
「だ、だったら……!」
思わず身を乗り出したあたしを制して、ナナセは続ける。
「でも、それは『家族』とか『友達』としての好きって意味。恋愛とかそういうのは……正直、まだよくわからないから……」
後半のほうはごにょごにょと曖昧にして、それって、もしかして照れてる!?
「ナナセ、ドーテイだもんね」
「……うるさい」
ナナセは怖い顔をして言ったが、僕の気持ちが今後もし変わったら、ひょっとしたらひょっとすると杏実と恋愛関係になる日が来たら、お父さんとしては養子関係も考え直そうと思っているらしい。つまりは『義姉弟』だったあたしたちが『夫婦』になれるように、うまいこと便宜を図ってくれるということ。
「それって……期待してもいいの?」
「なにが?」
「だからっ、あたしと、ナナセが『お付き合い』するかもってこと!!」
はっきり訊いてやったら、ナナセってば、急に顔を真っ赤にして自分の部屋に閉じこもってしまった。
あ。鍵までかけてる。
「もぉ~、素直じゃないんだから♡」
「知らない!!」
ナナセってば、ほんと、素直じゃない。
でも、そんなナナセが、あたしは一等に好きだ。
【連絡事項: F機関・本部より】
本部の調査の結果、『交換ボックス』とは別案件の可能性がある。
コンバートに由来する異常現象は確認されたケースが少ないため、亜種である可能性も含めて引き続き調査する。




