鍵のかかった部屋
翌朝。
ホテルを出て、それぞれに朝ごはんを済ませると、彩春ちゃんと瑛人君は郊外へ向かう電車へ、僕たち4人は都心へと向かう電車へ乗り込む。
目的の大学に着くと、在校生から4人1組でグループを組むように指示された。
「君たちは、ちょうど4人で来られているから、そのままでいいよ。案内の時間が来るまで、こっちの部屋で待っててくれる?」
「わかりました」
僕らは何も疑わずに、一見ただの講義室のように見えるその部屋の扉へ足を踏み入れた。
それが間違いだった。
扉の向こうは、大学には似つかわしくない、こじんまりとした和室で。それも、どこか見覚えがあるなんてものじゃない。使い古した勉強机に、シンプルなデザインのベッド。壁には押し入れに見えるものが並んでいて、隅のハンガーには学生服が、その下には学生カバンが置いてある。言われなくても、ここは、僕の部屋だ。
僕の部屋だけど、僕の部屋じゃない。
それがわかったのは、ただひとつ、そこに『僕の部屋には存在しないはずのもの』が飾ってあったからだ。
押し入れっぽいものの反対側の壁、見たことのない大型モニターが取り付けられており、室内の様子が映し出されている。もちろん、僕たちの姿も、だ。
「待ってろ……って、この部屋で?」
「なんていうか、東京の大学には、不思議な部屋もあるものですね」
「講義室っていうか。これじゃあ、まるで――」
「ナナセの部屋じゃん!ナナセの部屋だよ、ここ!」
本当にこの部屋で合ってるのか。少々怪しくなってきた。もう一度、さっきの在校生に確かめようとドアノブを回してみる。だが、ガチャガチャと空回りするばかりで開いた気配はない。
「あ、あれ?開かない?」
陽大が駆け寄ってきて、ドアノブに手をかける。同じようにドアノブを回してみたが、結果は何も変わらなかった。
陽大の血色のいい顔が、みるみるうちに青ざめていく。
「俺たち……ここに閉じ込められた、ってこと?」
詩乃ちゃんが、血相を変えて寄ってくる。
「なにそれ。そんなの、完全に『いじめ』じゃないですか!!入学前からこんな扱い受けるなんて、ありえないですよ!?抗議!いますぐに先生に抗議しにいきましょう!!」
抗議もなにも、出られないんだよ……?頭のいいはずの彼女がそんな根本的なことに気づかないのは、気丈に見えて、相当参っているということなのだろうか。
「……ダメだ。メッセージアプリも繋がんないわ。てか、ここ、そもそも圏外?」
地元のような片田舎ならいざ知らず、こんな都会のど真ん中で『圏外』なんてことがあるはずがない。これは『異常事態』だ。また巻き込まれたのだ。
おそらくは……たぶん……。
――おはこんば〜! 『コンバチャンネル』のコンバートだよォ!
昨日の大型ビジョン。
確かあいつは『ゲームを用意した』って言っていた。誰でも参加できる、とも。配信もするとか言ってたっけ。
「……とりあえず、こっから出ねぇと」
陽大は、ドアに向かって、力づくで体当たりした。
けど、ダメだった。軋むような音はするが、音を立てるばかりでビクともしない。
じゃあ押し入れなら、と思ったけれど、ただのハリボテで、こっちもビクともしなかった。硬いもので窓を割って出ようとしたけれど、ガラスでできているとは思えないほどに、弾き返されてしまった。
「どうすんだよ……」
キョロキョロしていると、ふと、机の上に大量の冊子が積み重なっているのに気付く。
『現代文』『古典』『数学』『英語』『世界史』『日本史』『地理』『公民』『物理』『生物』『化学』『地学』――各教科、教科書と参考書がそれぞれ1冊ずつ置いてある。加えて、B5のまっさらなノート。横に置かれたA4コピー用紙には、これからやることのリストがずらりと書き連ねてあった。
「これって、つまり……?」
「夏休みの宿題。て、こと?」
そうだ。きっと、そうだ。でも、なんでここに?
「ナナセの部屋だから、ナナセの宿題が置いてあるってこと?」
杏実が言う。
「宿題なら、夏休みが始まってすぐのころに終わらせたよ。終わってないのは杏実のほうだろ?」
「だって、ゼンゼンわかんないんだモン!!」
……先が思いやられる。こんなんで無事卒業できるんだろうか。
「陽大は?」
「俺も。全然やってない」
マジか。
「詩乃ちゃんは……」
「終わらせているに決まってるじゃないですか。もう、塾で出された課題のほうをやってます」
そうだよね。詩乃ちゃんはそういう子だ。
「もしかしたら、この課題、陽大と杏実の分、って可能性もあるんじゃないか?」
ふたりはまだ学校から出された『夏休みの課題』に取り組んでいない。ここが『子どもの勉強部屋』を模した部屋で、机に置いてあるのが『夏休みの課題』なら、その可能性はじゅうぶんにあるはずだ。
「確か、この部屋に入るとき、在校生のあの方は『案内の時間が来るまで部屋で待ってろ』と言っていました。てことは、時間がきたら、呼びに来てくれるということでは?それまではどうあがいても出られないし、鍵だってかかっています。おそらく時間はたっぷりとあるでしょう。どうです、ここはひとまず課題でもやって時間をつぶすことにしませんか」
なるほど。詩乃ちゃん、ナイスアイディア。
「では、有栖川先輩は、現代文と古典、歴史全般をお願いしてもいいですか。根津先輩には英語と地理、公民をお願いします。わたしは、理系全般を担当します。みなで手分けしてやれば、そのぶん、早く終わるでしょう。大丈夫、わたしたちならできますよ」
詩乃ちゃんがテキパキと指示してくれる。こういうとき、後輩ながら、頼りになる存在だと思う。
「わかった」
「任せとけって!」
僕と陽大は、教材とノート、筆記具を手に取り、一斉に課題に取りかかった。遅れて、詩乃ちゃんも課題に取りかかる。
そのなかで……唯一、何も指示されていない人間がひとり。杏実だ。
「ねえ!あたしは!?あたしはなにすればいいの?」
何すればいい……、と言われても。
そもそも勉強の苦手な杏実に、できることなんてあるだろうか?いや、ない。
「杏実さんは『何もしないで』ください。変に手を出されても、足を引っ張るだけです。だったら、最初から、じっとしていてくれたほうが……」
「そんなことないもんっ!あたしも!あたしもやる!!」
詩乃ちゃんだってそう言ったのだが、ムキになった杏実は、聞かなかった。僕の手からシャーペンを取り上げて、わからないなりに課題に取りかかる。
「うーー。やっぱりわかんないよー……」
全然ダメじゃねえか。
「もう。しかたないなあ」
杏実と一緒にノートを覗き込みながら、ひとつひとつ丁寧に教えてやりつつ、なんとか課題をこなしていく。
すべての課題が終わったころには、陽大と詩乃ちゃんも与えられた課題を終わらせていて、ふたりとも、机に顔を伏せてぐったりとしていた。
「終わったぁーーー!!」
みんなして叫んだ、その瞬間。
ドアの鍵が開く音がして。
僕たちに『指示』をした在校生の声がふたたび響き渡った。
「遅くなってごめんね。準備できたから、行こうか」
つい数分前まで、鍵がかかっていたことなど知る由もない……という顔である。だったら、やはりアレは『コンバチャンネル』の影響なのだろうか。
僕たち4人は、無事に部屋の外へ出て、在校生のあとへついて歩いていく。
ただ、あれだけの課題を終えたあとで、みな一様に疲れ切っていて、肝心のオープンキャンパスの内容がほとんど頭に入ってこなかった――というのは、ここだけの話である。
***
「……ち。誰か入ったか」
『異常事態』の匂いを嗅ぎつけ、大学構内に潜入していたF機関職員の早蕨葵は、異常を感知すると思わず舌打ちをした。
職員専用の特殊装備品――通称『F.R.A.M.E.』のひとつである腕時計型アイテム『クロノ・トレーサー(CT)』で対象物(この場合は例の高校生4名)を認識した早蕨は、彼らの直近の行動ログを表示、時系列に沿って追跡を始める。
「なるほど。わかった」
対象は『子どもの勉強部屋』――ということで、事案No.1『神隠しの部屋』で間違いないだろう。片付けするまでは出られないというところも同じだ。机に置いてあった『夏休みの宿題』を『片付ける』ことで片付けしたとみなされたか。戻ってきた高校生たちには、どこも異常はないようだった。
※報告職員名は、企画キャラに『桐壺蛍』さんがいたので、『源氏物語』の巻名繋がりで(笑)
※主人公の有栖川七星君とその友人たちは、先述の、お月さまのほうの公式企画で参加させていただいた作品から生まれたキャラクターです。#まぶくらと同じコンセプト「シェアワールド」の世界で生きている子なので、うまーい具合に#まぶくらの世界に馴染ませてみました。一応、本編読んでいなくても読めるようには工夫してみたつもりです。あちらから来てくれたかたはクスッとしていただけたら!ここまで読んでくださり、ありがとうございました。




