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もしかして: V Tuber

今年8月末からはじまっているシェアワールド企画

『マーブルクラフト』(通称まぶくら)

昨年から約半年開催していたお月さまのほうの企画や春の公式企画「春のチャレンジ2025」で参加した作品の執筆がまだ終わっておらず、ずーーっと参加をためらっていましたが、このたび、参加させていただく運びとなりました。

拙い作品ですがよろしくお願いします。

 最寄り駅から私鉄に乗って約30分、さらに在来線に乗って約1時間30分、それから新幹線に乗り換えて約3時間。東京までの道のりは果てしなく遠い。

 周りを海と山とに囲まれた自然豊かな田舎町――それが、僕の地元だ。

 電車は1時間に1本。バスは30分に1本。スーパーはあるけれど、デパートもショッピングモールもない。だけど人と人とのふれあいがあたたかくて、僕は大好きな町だった。

 生まれたときからずっと暮らしている町。

 たぶん、これからも暮らしていくだろう町。

 そんな町から、わざわざ電車に乗って東京まで向かうのには、訳がある。観光ではない。ただの観光だったら気は楽なのだけれど。僕の暮らす町には、人と人とのふれあいや豊かな自然はあっても『大学』がないのだ。

 僕は、いま、高校2年生。そろそろ卒業後の進路のことを考える時期でもある。そして、いまは夏休み。オープンキャンパスにはもってこいの季節だ。僕は、この夏休みを利用して、友人たちと一緒に、東京の大学のオープンキャンパスに参加しようとしていた。


「ねー、まだ着かないのー。デンシャ、飽きた。早くおうち帰りたーい」


 隣の席に座る少女――有栖川ありすがわ杏実あみが、つまらなそうに足をジタバタさせて言う。

 僕は杏実のほうを睨みつけると、人差し指を立てて『静かに』のアクションをした。

「ほかのお客さんも乗ってるんだから、静かにしろよ。大体、一緒に行きたいって言い出したのは杏実だろ!?そんなに嫌なら、初めから、留守番していればよかったじゃないか」

「ルスバンなんて、もっとヤダもんっ」

 杏実は僕より1つ年上なのに、妙に子どもっぽいところがある。ほんの数ヶ月前までは()()で過ごしていたのだから、しかたないのかもしれないけれど。それか、外国にいたころ、杏実を世話していた()()()()()()()の影響もあるのかもしれない。いまは、僕の義理の姉――と、いうことになっている、のだけれど。

「もう、無理矢理にでも置いてきたらよかったんですよ。わたしたちは遊びにいくわけじゃないんですから。こんな人、今回のような長旅では、お荷物でしかないです」

 反対側の席に座る少女――千勢ちとせ詩乃うたのが、冷めた目つきで言う。

 詩乃ちゃんは僕より1つ下の高校1年生。けど、ずっと外国で育ってきた杏実にとっては、同じ年に入学した同級生にあたる。まあ、同級生なんだけど、仲はあんまり良くないみたいで……いつものことではあるのだけど。

「自分だってついてきてるじゃんっ!」

 すかさず、杏実が反論する。

「わたしは、オープンキャンパスに参加するために同行しているだけです。オープンキャンパスは高校1年生から参加できますから。あなたも1年生なら、それくらい、考えたらどうですか?進路のこと、まだ1ミリも考えていないのでしょう?」

「決めてるよっ。ナナセのお嫁さん!!」

 思わず、椅子からずり落ちた。

 ナナセ――有栖川七星(ななせ)は、僕の名前だ。

「それは……有栖川先輩は承知なんですか……?」

 詩乃ちゃん、頼むからこっちに話題を振らないでくれ。

「いや……杏実が勝手に言ってるだけで……」

「では杏実さんの妄言ということで。いまのは無効ですね」

「モーゲンじゃないもん!!身体の相性だってバッチリなんだから!!」

 突拍子もないセリフに、今度は、飲みかけたお茶を吹き出した。

「おい……。こんな真っ昼間から『身体の相性』なんて言うなよ……!」

「でもジジツじゃん!」

「事実じゃない!あんまり言うと怒るぞ!?」

「わ~~ん。ナナセがいじめる~~~!!」

 出たよ、嘘泣き…。都合が悪くなるとすぐコレなんだから。

 コホン。

 前方から、不機嫌そうな咳払いの音が聞こえた。まずい。ほかの乗客に迷惑をかけてしまったか。

「す、すみません……」

 同行する友人はあと3人。僕の同級生でクラスメイトの根津ねづ陽大ようた、去年まで同じクラスだった井達いたち彩春いろは山根やまね瑛人えいともいる。いまは後ろの席に座っているはずだ。

 妙に静かだな、と思っていたら、見事に3人とも爆睡していた。

 杏実と詩乃ちゃんも、これくらい静かにしていてくれたらいいのだけれど……。ふたりは『混ぜるな危険』の一触即発コンビ。僕がこうやってあいだに入らないと、何かしらトラブルを起こしてしまう仲らしい。だったらなぜ連れてきたのかと言われそうだけど、置いてきたら置いてきたでもっとうるさいのだ。どっちかを選ぶなら、もう、連れてくるしかなかった。

 行きの列車でコレだ、既に気が重い……。

 あとは、せめて、これ以上のトラブルを起こさないでいてくれることを願うしかない。



 高校の地学教師を父親にもつ僕は、そんな父の背中を見てきて、漠然と『教師の道もいいかも』なんて考えるようになっていた。

 学問をきわめて人に教えるということ。

 素晴らしい仕事だと思う。勉強は好きだし、ひとつの学問を究める、というのも向いていると思う。最近では、勉強の苦手な杏実に、どうやったら理解してもらえるか、わかりやすく教えるにはどうしたらいいか、あれこれ考えるのも楽しいと感じている。

 地元には大学がないから、教育学部を目指すなら、ほかの町に出るしかない。そこでまず行きついたのが、東京の大学だった。東京にはいろんな大学がある。教育学部も、ほかの文系の大学も。彩春ちゃんが目指す『難関』と呼ばれる大学もあるし、瑛人君が目指している医療系の大学だってある。

 オープンキャンパスの行き先は、みなバラバラだ。東京23区内の僕は東京駅から電車で約15分ほどで行けてしまう距離にあるが、郊外のキャンパスに向かう彩春ちゃんや瑛人君は、どちらも都心から約1時間ほどかかってしまう。マイペースな陽大は、とりあえず僕の行くキャンパスを見て、具体的な進路を決めるそうだ。杏実はもちろん決まっていない。僕が東京に行くからついてきただけだ。たぶんオープンキャンパスにだってついてくるつもりでいるのだろう。逆に詩乃ちゃんは、いろんな学校を視野に入れながら『とりあえず今回は教育学部のあるキャンパス』に行くそうだ。

 田舎の高校生6人、都合を合わせて東京まで行き、男子と女子に分かれて宿泊することになる(もちろん、それぞれの親の同意は確認済み)。彩春ちゃんの行くキャンパスからも、瑛人君のキャンパスからも、もちろん僕の行くキャンパスからもそう遠くない距離にホテルを取った。陽大と杏実、詩乃ちゃんは僕と同じ方向だから、明日は、3つに分かれて行動することになる。次に落ち合うのは、オープンキャンパスが終わって夕方、東京駅に集合だ。


 朝からやってきて、乗換や移動にかかる時間も含めて、ここまで約6時間。さすがに疲れた。一刻も早くホテルに戻って休みたいものである。

 なのに――。


  【おはこんば~! さてさて、楽しい時間がやってきたねェ!】


 突然、大型ビジョンから響いた声に、僕らは思わず振り返った。

 背の高いビルが立ち並ぶ姿は『さすが大都会』といわんばかりだが、映し出される映像は、どこか異質なものを放っていた。

 東京の人間はこれに慣れているのか、なんともないように足早に通り過ぎる者、わずかに気にする素振りを見せつつも通り過ぎていく者もいて、もちろん、足を止めて映像に夢中になっている者、なかにはスマホを取り出して撮影している者もいるが、田舎者丸出しの僕たちとは随分と違うなと思わされるのである。


  【東京のみんな、元気ぃ〜?『コンバチャンネル』のコンバートだよォ!】


『コンバート』と名乗ったその人物は、見た目は20代前半くらいの男性。瞳はいたずらっぽい金色、髪は白銀色に輝き、前髪は斜めに流していて、後ろ髪から長い三つ編みを垂らしている。ダイヤのモチーフの冠をつけ、アラビア衣装みたいな恰好をしているが、色白で、エルフのように尖った耳をしている。人間ではない。CGで合成されたキャラクターだ。ただし、声は人間のものが当てられている。

『チャンネル』ということは動画配信者か何かだろうか。確か、CGで作ったキャラクターが人の動きに合わせて自在に動く技術があったはず。そうだ――バーチャルYou Tuber、通称【V Tuber】だ。


  【みんな、退屈してない? 刺激が足りないよねェー?

   実は僕も退屈してるんだよー、

   だから! そう! ゲームを用意したんだ!

   僕が君たちの日常に刺激的なエッセンスを混ぜてあげるよ!

   君たちは、しっかりエッセンスを飲み干してね!

   誰でも参加できるよォ! お金もいらないから!

   あと、やっぱりゲームって参加だけじゃなくって、観戦もしたいよねェ?

   そんな君には配信してあげるから安心してー!

   ではでは〜 チャンネル登録、高評価もポチッとお願いしまーすっ。

   じゃっ、バイバーイ!】


 映像はそこでプツリと切れ、大型ビジョンは次の映像を映し出した。なんてことない、育毛剤のCMだ。足を止めていた人たちも、突然興味を失ったように歩き出す。ほんの一瞬、止まっていた人の流れがまた元のように動き出したのがわかった。


 ――やっぱりV Tuberだった。


 こんな都会のど真ん中の、わざわざ人の多い時間帯に大型ビジョンを貸し切って映像を流すということは、都会ではそこそこ有名な人物なのだろうか。

 それにしては妙な感覚がした。見たことなどないはずなのに、既視感を覚えるのも気味が悪かった。


 彼の言っていた言葉の意味――誰でも参加できる『ゲーム』とは何なのか、というのがわかるのは、もう少しあとの話になる。

※『コンバチャンネル』の内容は、企画特設サイトよりお借りしています(セリフの一部を改変しています)

https://theater-words-collection.com/marblecraft/

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