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悟の甲子園   作者: 田中氏
13/13

試合開始

「はい。集合して」

 春菜は試合前に最終確認として大倉橋ナインを全員ベンチ前に集めた。

「私が監督として、そして、新一年生を入れた初めて試合だね」

 選手が緊張感を高めてきている。春菜もその緊張感と同調させて言葉に意志を込める。

「良い試合をしようと思わなくてもいいわ。精いっぱい勝利を狙って行けば自ずと良い試合にはなるから、全員がそれぞれの役目、目標を一つ一つ叶えこなしていくことが大切だと思ってね」

 はいっと力強い返事を返す。いよいよだ。悟、勇人は久々の試合にワクワクしているようだ。それを傍目からも感じられる愛理も二人が野球に戻ってきてくれて良かったと実感した。

「よし!! 整列しよう」

「はい!!」

 大倉橋ナインが主将糸田を先頭に列を作った。

 そのころ東京鉄園ナインもベンチ前で円陣を作り最終確認に入っている。

「以上がオーダーだ。最後に何か意見のある者はいるか?」

 誰も手をあげない。選手一同も良い集中力は出ているがそれを気負いする者はいない。二軍とはいえさすがは東東京NO1のチームだ。それぞれが自信のマインドコントロールを習得している。

「よし。相手は同地区のチームだ。この試合はただ勝利を目指すのではなく各々がこのチームはどういうチームなのか研究し、考えながらプレーしなさい」

「はい」

 同様に東京鉄園のメンバーもベンチアップしている。

「いいか。相手が名もない弱小校だとしても東京鉄園の評判を落とすような試合内容はしないように気を付けて戦いなさい」

「はい」

 本日現場監督を務める前川も最小限の指示しかしない。二軍とはいえそれなりの信頼を前川は持っている。オーダーも前日に総監督の橋爪から指定されているし何より今日は始めに言った通り同地区とはいえ弱小校が相手だ。余計な指示をする必要はないだろう。前川は手帳を開いた。前川の頭の中にはもうこの練習試合のことについての思想はない。今日は一軍が遠征から帰ってくる。遠征後の育成指示に専念するつもりだ。

 審判団が集合をかけた。練習試合とはいえ余りの選手の代用審判ではなくきちんと審判団から審判を要請してきていることが名門らしい意気込みだ。さらに50人はいるであろう東京鉄園の選手がグラウンドの金網越しからノートを片手に試合を観戦している。彼らは一軍の遠征にも二軍の練習試合にも参加できない三軍の選手だろう。こうした練習試合も雑用や試合観戦を余儀なくされるのがまたも名門らしい。

「選手集合!!」

 東京鉄園と大倉橋の選手団が整列した。東京鉄園は18人、大倉橋は14人が総勢だ。

「うわ……」

 つい声を漏らした糸田。それもそのはずだ。東京鉄園の体つきが凄すぎる。身長はそれぞれまちまちだが横ばいが明らかに違う。大倉橋で一番がたいが良いのが広田だが、全員が広田並、広田以上の奴もごろごろいる。目つきも全員鋭く街ですれ違えば自分では必ず道を譲ってしまうだろう。その威圧感に飲まれていないのがやっぱり井口と綿貫だ。この二人のこれまでの経験からこんな奴らとの対戦など数えきれないほどであろう。井口と綿貫の頼もしさが今は凄く有り難かった。

「では攻守交替は駆け足で。気持ちのいい試合をしよう。礼!!」

 おねがいっしまーす!!

 威勢よく東京鉄園と大倉橋の挨拶が五月にしては蒸し暑い東京鉄園グラウンドに響いた。先攻の大倉橋高校がベンチに戻り、後攻の東京鉄園が守備についた。

「皆、東京鉄園の投手を見なさい。どんなピッチャーで、どんな球種があるかチェックするの」

 全員がマウンドを凝視した。先発はやはり惣定だ。スタイルはスリークォーター気味のオーバーハンド投法。腕を一旦ぶらりと降ろすのが惣定の癖だ。投球練習を見る感じでは流して投げているようだ。

「よ、よし」

 一番の戸叶が金属バットを持って、打席に向かった。その時、悟が戸叶を呼びとめた。

「戸叶さん」

「何だ!?」

「いいっすか。惣定は変化球を使って三振を取るタイプです。だから、戸叶さんが粘れば惣定は絶対嫌がると思うんで……」

「わあってるよ。いくら凄くても相手は一年だろ? こちとら高校野球を一年やってんだ。高校野球がどんなもんか見せてやるよ」

 と息巻いて打席に向かった。悟は小さくため息をつきやはり頼りになるのは勇人くらいかなとベンチで座っている勇人の方に目を向けた。

「さあ!! 来い!!」

 威勢のいい声で惣定を威嚇する。しかし、惣定はどこ吹く風か、にやりと一瞥し投球モーションに入った。

 初球から打っていく。俺から流れを掴むんだ。

 惣定の指先からボールが放られた。バシッと気持ちのいいキャッチ音が鳴り響いた。130キロのストレートだ。

「ストライーク」

「は、速い……」

 戸叶の初球攻撃を見透かしたようなストレートだった。戸叶はバットを振るどころか身動き一つ取れてない。

「惣定の奴速くなったな……」

 勇人がそう呟く。しかし、ストレートだけではいくら弱小校のうちでもいつかは打ち返せる。舐めている今がチャンスかもしれない。

「ククク……どうした? 打つ気まんまんじゃなかったのか?」

 惣定が挑発的な言葉を漏らす。戸叶は惣定がこんな嫌な奴だったとは思わなかった。そして、もう一度舐めてかかってくる。つまり次もストレート。

「こ、来い!!」

 惣定は大きく振りかぶり。また腕をぶらりと下げて腕の余分な力を抜く。

「打ってみろよ」

 惣定が二球目を投じた。ドンピシャリ。ストレートだ。戸叶は思い切りバットを振りぬいた。

 ガキッ

 球はキャッチャー後方のファールだ。キャッチャーの真後ろに飛んだからタイミングは合っている。さすがの惣定も驚いた顔つきだ。

「どんなもんだい!?」

 しかし、すぐに平静を取り戻す。惣定はグローブの中でボールの筋に人差し指だけを当てるように握り込む。

 惣定が三球目を投じた。今度は明らかにストレートと違う球道。まるで弓を放ったような鋭い放物線が襲いかかる。

「うわーーーー」

 戸叶は何が何だかわからず思わずバットを振ってしまった。

 ドパンッ

「ストラックバッタアウッ」

 あえなく三振だ。バットの下を滑り込むようにボールがキャッチャーミットに吸い込まれていった。あの鋭い急降下するボール。戸叶は未だに何が起きたのかさっぱり理解できてない。

「あれはドロップ」

 勇人がそう言うと、全員が目を点にしてマウンド上の惣定を見た。惣定は笑みを浮かべながら勇人と悟の方を見ていた。

 どうだこれが俺のドロップだと宣言してるような自信に満ち溢れた敵校のエースの姿だった。

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