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悟の甲子園   作者: 田中氏
12/13

魔球ドロップ

「ドロップ……?」

 勇人は悟の言葉を繰り返した。

「ああ、完成させたって惣定が言ってたよ」

「何だよ。惣定とかドロップとか……」

 二人の会話に主将の糸田が割り込んできた。

「惣定は東京鉄園のピッチャーですよ。あっちのベンチのツンツン頭の奴です」

 勇人指で惣定を指示した。惣定はベンチに座ってじっとこちらを睨んでいる。

「何か無愛想な奴だな。凄い奴なのか?」

 糸田は訝しげな表情を浮かべながら勇人に尋ねた。

「去年の全中大会の準優勝投手です」

「全中準優勝投手!?」

「はい。変化球主体のピッチャーですけど、決して打たせて取るタイプじゃなくてフォーク、チェンジアップなどで三振を取ってくるタイプのピッチャーです」

「ふぇ~……」

 糸田が感心したような声を上げる。

「そういえば、綿貫君も井口君も元々東京鉄園の推薦選手で、惣定君と一緒に練習してた時があったよね」

 今度は監督の春菜が声を加わってきた。糸田はその事実を知らず驚きの声を上げた。

「え、そうなのか?」

「え、まあ」

 悟はすっきりしない返事を返した。

「どんな奴なんだ。あいつは?」

 糸田が質問する。

「自己顕示欲の塊みたいなやつっすよ。とにかく誰も信用しないし、プライドも高い。お山の大将の典型みたいな奴ですよ」

 悟は惣定の知ってる部分だけ話した。しかし、不足している部分があるのか勇人も付け加える。

「しかし、それを実現する実力があるのも確かです。全中の関西大会でもほぼ惣定だけのワンマンチームで優勝して出場したほどですから」

 二、三年の顔が青ざめていた。今日の試合は例え東京鉄園とはいえ二軍が相手と言うことから少なからず彼らには一矢は報いれると思っていた。しかし、それはタレントの揃っている東京鉄園には関係なかった。二軍でも中学校では有名選手だった連中だ。とても、うちのような無名はおろかここでならレギュラーが取れると思って野球部の門を叩いてきた自分たちに勝ち目はない。

「何しょげてんすか? 先輩?」

 そんな時に声を上げたのが悟だった。皆が一斉に悟の方へ振り返る。

「どんだけあいつがすごかろうが、俺が0点に抑えたら負けはないんすよ。後は皆で1点取れれば俺たちの勝ちじゃないっすか」

「な、お前、あいつらは東東京No1のチームだぞ。そんな大口を……」

「それでも奴らは二軍。俺の球は二軍に何かには打たれないっすよ」

 なんてビッグマウスだ。しかし、どうしてあんなに自信満々な顔が出来るのか。実現できるというのか。


「ったく。何だってんだよ。大倉橋? 名前も聞いたことないぜ」

「同じ地区でも名前の知らないとこと練習試合して俺らに何のメリットがあるってんだよ? ほんと橋爪監督の行動は理解できないことが多いぜ」

 東京鉄園の選手が愚痴を零しながらストレッチをしていた。それもそうである。大切な大会前に組まれた練習試合が名もなき無名校との試合。二軍にとって練習試合とはレギュラーへのアピールの場でなるものなのだが、ここまでレベルを下げられるとアピール以前の問題である。しかも、一軍の遠征で監督を含む指導者の主要人物が不在ということで彼らのモチベーションは下がりに下がりきっているのだ。それに、今日の現場監督は二軍の育成コーチだ。育成コーチは直接人選には関与できないが、監督への報告は出来る。つまりヘマをしたら上に報告されてもいいプレーをしても上に通らないのだ。

「なあなあ、今日の試合久々に賭けでもしようぜ」

「え、いいのかよ?」

「大丈夫だって。今日の試合監督は前川さんだし多分今日はノーサインだろうし」

「よーし。なら俺は4安打で千円。どうだ?」

「なら、俺はホームラン一本で千円」

 鉄園ナインが口ぐちに賭け条件を口にしていく。このぐらいのインセンティブがなければやってられない。

「おい、惣定。お前も今日完封じゃなかったら千円な」

 ストレッチしていた惣定に二軍の先輩が話しかけてきた。惣定は相手にもせずに黙々とストレッチを行う。先輩は軽く舌打ちしながらまたストレッチに戻る。つまらない奴だと心の中でそう思っているのだろう。

 舐めてかかれるのも今のうちと思っておけ。どんな弱小校でもあの二人がいるだけでどれほど状況が変わるか。あんたらは今日の試合楽勝だと思っているけどな、俺にとっちゃこれは大事な試合なんだ。そんなくだらない賭けごとで汚されるような野試合ではないんだ。

 惣定は青く茂った鉄園の外野グラウンドの芝を二、三本引き抜き天に放った。風はなく芝草はそのまま1mもしないところに落ちた。風もなければ雲もない晴天。今日は暑くなると惣定は指先のマッサージを行いながら三塁側の大倉橋高校のベンチを見た。さらにベンチ後方の投球練習用のマウンド。ちょうど悟がピッチングを開始したようだ。悟の球足を入念に観察する。今日は楽しい試合が出来そうだ。惣定は指先のストレッチを終え、ベンチに戻った。誰にも見られないように下に俯き小さく笑みを浮かべながら……

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