惣定の秘密
東京鉄園は北葛西に野球部のグラウンドがある。大倉橋ナインは東京鉄園野球部専用バスの迎えが来たので大倉橋ナインは北葛西に向かった。
「凄いなぁ……専用バスまであるなんてな……」
糸田が関心しながらバスの中身を眺める。二十人乗れればいいくらいの広さだ。どうやらこのバスは一軍の遠征用程度のものだろう。このバスに乗れる部員は限られているだろう。
「まあ、過去五年東東京甲子園常連校だもんな。専用バスくらいは普通にあるよ」
広田がバスの窓から外の景色を眺めながら答えるように呟いた。どんどん市街地から人通りの少ない道路に入っていく。
「――ていうか、何か足りなくない」
不意に広田が糸田に尋ねた。
「え、1,2,3,4……ほんとだ一人足りない」
「監督……一人人数が合わないみたいなんですけど?」
「え……嘘?」
春名が一人一人点呼確認する。
「――悟? 悟がいない!!」
愛理が今気付いたように大声で叫んだ。
「ああ、何か変な感じすると思ったら!?」
「おい、綿貫、鳥羽。お前らどうして気付かなかったんだ?」
糸田が愛理と綿貫に問い詰める。
「すみません。全然気付かなくて……」
悟はその時、電車の中にいた。学校に到着したときには既にナイン全員出発した後だったからだ。
『--ったく。俺が東京鉄園の場所を知らなかったらどうするつもりだったんだよ」
悟は3月に東京鉄園の新入生研修に参加していたため、東京鉄園野球部グラウンドの場所を知っていた。あと1時間もあれば東京鉄園のグラウンドには行ける。試合には間に合うだろう。
一人の男が無人駅のフォームから乗り合わせてきた。悟以外にこの車両には何人かの東京鉄園の生徒が乗り合わせている。また東京鉄園の生徒なのだろうか、悟も特に反応することなく携帯のディスプレイに視線を移した。男はそのまま悟が座っている座席の前に立った。
「――井口」
先ほど乗り合わせてきた東京鉄園の生徒らしき男が声を掛けてきた。明らかに自分を知っている口ぶりだ。別に無視する必要性はないが、何となく頭を上げるのが億劫な感じだ。悟は怪訝そうに携帯から男に視線を移し換える。
「――惣定……」
悟はその男を知っていた。間柄と言えば新入生研修で苦楽を共にした同志だった男という名称の方が正しいか、お互い名前は知っている仲だが、研修の際も特に言葉を交わしたことがなかった二人だ。しかし、悟は研修でずっと投げかけてくる惣定の視線が気になっていた。髪の毛を逆立てて鋭い刃物のような目つきから放たれる視線がいつも痛く感じていた。
「――久しぶりだな。惣定」
「大倉橋高校に行ってたんだな」
「ああ、今日の練習試合よろしくな。俺投げるから」
「知ってる……だから一軍の遠征からこの二軍の試合に参加することにしたんだ」
「え?」
「お前と戦うために一軍から降りてきたんだ」
何が言いたい惣定。東京鉄園の一軍枠は20人。100人超の部員を誇る東京鉄園の野球部員の一軍メンバーに選出されるのはさすが惣定と言いたいところだが、何で自分が投げるからと言ってその椅子を蹴ってまで自分と戦う価値はあるのか。
「俺はお前が東京鉄園を出て嬉しく思っている」
「ははーん。俺がいなくなればまあ、お前がエースになるわな」
「そうじゃない。お前とまた戦えることが出来るからだ」
「お、俺と戦う?」
「お前は覚えてないのか?」
惣定が悟に強い視線を向ける。どうしたことか、何をこの男が自分に固執するのか。
「京都中央シニア……」
惣定がキーワードの言葉を発した。その言葉が悟の脳内の記憶の扉を開いた。まるでメモリーツリーのように記憶が甦っていく。
「全中決勝戦……」
悟もキーワードを一言発した。その一言で惣定も悟が記憶を呼び戻したことに気付いた。
「そうだ。俺は全中決勝戦お前ら東シニアに負けて準優勝になったチームのピッチャーだよ」