第8話 フェンリルさん③
「・・・やっぱり」
「アクノシシが止まってる?」
土煙が晴れ、レオの目に入ったのは勢いよく突進して来たアクノシシが、管理人の目の前で止まっている光景だった。
「フェンリルさん!いい加減姿を現してください!」
「はぁーーーい!」
空に大きな声で叫んだ管理人の声に反応して、何処からともなくフェンリルの声が聞こえて来た。
「な、何処から声が!?」
「ここだよ?ふぅー・・・」
「うひゃい!?」
レオくんの隣にいつの間にか現れたフェンリルさんは彼の耳に息を吹きかけながら笑顔で現れた。
「流石少年だね」
「アクノシシと繋がってたんですね」
「ふふん!その通り!あと彼はアクノシシじゃないよ?彼の本来の名は 荒猪之大神アラチノオオカミと言って神獣の分類に入る存在さ!」
「そんなことはどうでもいいんですよ。問題は何故、フェンリルさんとその猪が仲間なのかを聞いてんですよ」
ミミちゃんとバジル君の二人を倒した筈なのに、その二人に何も手を出さなかった事や全てが見える力を持ってる筈のフェンリルさんが助けに来なかった事を踏まえるとまぁ大体予想はつくけど。
「私は少年の口から聞きたいな?」
「はぁ、全く貴方は・・・、身の程を弁えさせる。そんな感じですか?」
「正解。彼にここに居てもらっているのは、彼らの様な思い上がった初心者に対して、自分達の今いる位置を自覚して貰うためさ」
「はぁ!?何だよそれ!!じゃあこれは任務でも何でもないのかよ!?」
レオ君が怒る理由もわかる。しかし、フェンリルさんのやり方も強引だが、自分達の実力以上の相手に挑んで無駄に命を散らすくらいならやり方としては正解な気もする。
「ふざけんなよ!あんたら俺達で遊んでたって事かよ!」
「遊んでなかったら君達は死んでいたよ?」
フェンリルさんのレオ君を見る目が変わった。冷徹で一切の良心を持ち合わせていない、獣の目つきで睨んだ。
「君達は自然を舐め過ぎてる。君達が温かい家庭で食べ飲みしている間にも、彼らは必死に森を大地を駆け巡り獲物を捕らえている。そんな彼らを相手に事前準備なく狩ろうとするのは食べてくれと言っているようなものだよ」
「ッ!?」
「最低限でも何か逃げ出す手段を作っておくべきだったんだよ。少年のようにね?」
俺をフェンリルさんはこちらを見て話した。ただし、その目は俺を評価しているものではなく、壊れないおもちゃを嬉しそうに見る目線だった。
「ま!今日はそれを教える為のイベントと言うわけさ!とゆうわけで少年、皆んなを安全な道で帰してあげてくれたまえ」
「はぁ〜、分かりましたよ」
「私は彼と少しお話があるからね」
親指で後ろにいる荒猪之大神を指したフェンリルさんは変わらない笑顔で俺にそうお願いをした。
仕方がないので俺は彼女の言う通り、レオ君と倒れている二人を担いで街まで送っていく事にした。
「なぁあんた。そうゆうのって何処で売ってんだ?」
「これの事かい?これは美白根といって、化粧品を作るときに使う材料の一つで、市販で売ってるよ?」
美白根はこの世界の世間一般にはただの化粧品の道具としか見られない代物で、実際昔は俺もそう思っていた。しかし、勇者パーティー時代に色々試行錯誤して煙玉として使える事を発見した。
「これの利点は美白根自体は安く買える事だね。欠点としては煙玉ほど煙が上がらない事かな」
「・・・他にもそう言うのってあるのか?」
「勿論、良かったら今度一緒に買いに行くよ」
「あ・・・ありが、とう」
ーー
あらかじめ、用意していた帰り道を真っ直ぐに進んでいく管理人とレオの後ろ姿を確認した後、私は後ろを振り返った。
「いやぁ、今回も協力助かったよ」
『ナニ、気ニスル事ハナイ』
後ろにいた荒猪之大神はその巨体を茶髪の子供の姿に変えて、私の横に着地した。
「今回の者共はお眼鏡に叶ったのか?」
「んー残念だけど無いかな。どうせどっかで死ぬのがオチっぽいね」
「ぶおっふぉっふぉ、お前は相変わらず冷たいな!」
私が何故、新人教育を担当しているのかには理由がある。至極単純な理由だ。私を楽しませてくれる存在を見つけ出したいのだ。
「それにしても、お前ならばその"千里眼"で相手見つける事など造作もないだろう?」
"千里眼"、私が持つスキルの一つだ。これは相手がどんな場所にいたとしても、常にその人物を見る事が出来る代物で人数に制限もない便利な力だ。
「そんな事ないさ。見れるのは私が直接見た相手に限られるからね。こうやってギルドの仕事をしていた方が都合がいいのさ」
「一匹狼であったお前が真面目に働いとると聞いた時は神の天罰でも喰らったのかと思うたが、そう言うことであったか」
彼と出会ったのは、まだ私が各地を放浪としていた頃に偶然、テリトリーに入ってしまい殺し合ったのが初めての出会いだった。
それからは偶に人の姿に変化してお茶を嗜むくらいには仲が良かった事から私の性格をよく知っている。
「だが、他にも理由があるのであろう?」
「さっすが伊達に何万年も生きてないね」
「しかし、お前が入れ込む程の男とは思えんがな。儂がぶつかる直前にびびって動けなくなっておったし。どうだ?この際、この儂があやつを屠ってやろうか?」
「あっはは!豚風情がきっつい冗談言わないでよ!・・・喰い殺すぞ」
「ぶおっふぉっふぉ、相変わらずだな!それだからお前の一族はお前を残して絶滅するのだぞ!」
瞬間、二人の周囲の空気はピリつき、森の動物達は逃げ出し、空には乱気流が発生した。
しかし、二人はすぐに笑顔を取り戻した。
「冗談だ冗談。そう本気になるな」
「君こそ、短気は損気だぜ?っと、そろそろ暗くなるし私は帰るとするよ。また頼むよー」
「ぶおっふぉっふぉ」
ーー
かつて一族を滅ぼされた私は出会ったら必ず死ぬ"死告狼"と異名され各地で暴れ回っていた。そんな私相手に数々の名のある冒険者が挑んで倒れていった。
そんなある日だった。
四人の勇者パーティーが私に挑んできたのだ。勿論、そいつらも他の冒険者と変わらず一瞬で全滅させた。しかし、一人の少年が立ち上がってきたのだ。
「ただいま、少年」
「だから!少年はやめて下さいって!」
「あっはは!ごめんごめん!」
扉を開け、少年の顔を見て、日課にしているからかいを行い、部屋へと入る。
明かりのついた部屋には魔族の少女が横になって寝ていた。
「はいこれ、夕食です」
「いつもすまないね」
「お仕事頑張ってるんですからこれくらい当然です。あ、あの後、レオ君達は無事送り届けましたよ」
「そう、ありがとう」
そして私を相手に立ち回り、少年は仲間を助けてこの私から逃げ切ったのだ。
初めての経験だった。今までに味わった事のない敗北感というものを味わった。
そこから私はその少年に興味を持ち四六時中、千里眼で見ていた。時々、襲いかかりながら少しの時間が経った頃だった。
その少年がアパートと言うものを建てたのでそこに住む事にした。
「んー、少年の作る料理は美味しいねぇ」
「な、何ですか急に・・・なんか今日は機嫌が良さそうですね?」
「さぁ、どうだろうねぇ・・・」
全てはこの少年を喰い殺す為だ。私の初めてを奪った相手、私に興味を持たした人間、未だ私が相打ちでしか勝利出来ないと直感させる愛おしい玩具
「・・・少年」
「ん?何です?」
あぁ、願わくば君の命を奪うのは私でありますように・・・