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第2話 美麗の緑魔

 アンリさんをどかして、俺はドアを開けて耳をすませた。


 「南の、南の魔王、アゼルビュートの配下の奴らがこの街に侵攻して来たぞ!!」

 「アゼルビュートのだと?」

 「アンリさん」


 魔王の名前を聞いたからか、アンリさんも外に出て来ており同じく耳を傾けていた。


 「まったくこんな場所を狙うとはそんなに領地を増やしたいか」

 「こんな街って、ここRPGでいったら中間地点らへんの街ですよ」

 「あーるぴーじー??お前は偶に変な言葉を使うな」


 そうアパートを建てたこの街はある程度の数をこなした玄人冒険者達が立ち寄る中間地点にいたしており、街はかなり栄えている。ただし、その分定期的に魔王の軍勢が押し寄せてくるから初心者には向かない街としても有名となっている。


 「アゼルビュートの軍勢なら来たのは獣王ガイゼルキかもしれんな」

 「そうなんですか」

 「うむ。しかし奴が来たとなるならこの街の者どもでは敵わんだろうな」


 獣王ガイゼルキ、勇者時代に名前だけは聞いた事はあるが結局、出会わないで終わった。

 曰く、二本の両刃斧と獣の力で戦う南の魔王の軍勢の中でも古株で、常に戦場に身を置いて来た歴戦の猛者と呼ぶに相応しい武勇を誇る存在だという。


 「もしかしたら私がここにいる事がバレたのかも知れないな」

 「それはつまり、魔王アゼルビュートがアンリさんの父さんがアンリさんをこの街に送り込んで支配下に置いていると勘違いしたって事ですか?」

 「かもな」


 何て迷惑な話なのだろう。いやこうなったのも俺の責任ではあるのだが、今のアンリさんに支配する力なんて殆ど残っていない。

 せいぜい、近所の子供達を支配下に置く事くらいしか出来ないだろう。


 「管理人、どうする?このまま傍観するのもいいが皆死ぬぞ?」


 アンリさんは真っ直ぐ俺の目を見つめ、判断を委ねた。

 実は俺と彼女にはもう一つだけ秘密がある。さっきも言った通りアンリさんは今魔族にとって重要なツノを失って少女の姿をとっている。

 しかしアンリさんには本来の姿に戻る方法が一つだけあった。


 「はぁ…ここを守る為には仕方ない・・・ですかね」

 「その通りだ。だが相手は獣王ガイゼルキだ。今回は手を繋ぐなんて子供騙しでは駄目だぞ」

 「うっ、分かりましたよ」

 「ふふ、では始まるぞ?」

 「はい」


 アンリさんは小さな手で俺の服の裾をぎゅっと掴んだ。俺はゆっくりと顔を近づけ、アンリさんの唇にそっと触れるようにキスを落とした。

 そう。アンリさんが本来の力を取り戻す唯一の方法はツノの力で助け出された俺との肉体接触だ。

 肉体接触をした時間が長ければ、そして肉体接触の方法によって吸収される魔力の量も質も違う。


 「ん・・・っ」


 俺の体から彼女に魔力が吸い取られていく感覚が走る。

 アンリさんの体は僅かに震え、俺の服を掴む指に力がこもる。

 唇を離した瞬間、アンリさんの体には魔力が巡り始めたのが分かった。


 「はぁ…はぁ…ど、どうですか?」


 小さく息をつきながら、アンリさんは満足げな表情で微笑んで返した。その表情はどこか幼く、だけれども大人びた色気を帯びていた。


 そしてアンリさんの変化は始まった。


 アンリさんの体がほのかに輝き始め、彼女の美しい緑の髪が流れるように伸び、華奢であった四肢は少しずつ成長していき、幼さの残る顔立ちは整っていき、幼かった体つきは少しずつしなやかな曲線を描き始めた。

 

 「・・・ふむ。やはりキスだと限りなく本来の力に近い力を引き出せるな」


 変化が止まった時、そこには人間で言うところのニ十代の容姿をし、腰まで伸びた緑色の髪、スラリと伸びた手足、少し高くなった鼻、そしてー


 「ん?どうした?」

 「あ、いや、その・・・」


 先程までとは明らかに違うモニちゃんに負けず劣らず、たわわに実った巨大な果実を二つ持った思わず喉を鳴らしてしまう程の美貌の女性が立っていた。

 その姿はまさしくアンリさんが魔王の娘であり"美麗の緑魔"の異名を持つ、アンリ・マンラその人である事を否が応でも理解させられた。


 「何だ触りたいのか?」

 「あ、いえ、」

 「ふふっ、遠慮しなくていいぞ?ほれほれ〜」


 先程までとは違い身長差は縮まり、俺とは目線がほぼ合うまで伸びたアンリさんはイタズラな笑みを浮かべて近づいて来た。


 「と、取り敢えず早く」

 「おっと、そうだったな任せておけ。この街には世話になっているからな」


 そういったアンリさんは飛び上がり、そのまま獣王がいる場所まで飛んでいってしまった。


 「ふぅ、おっと・・・」


 アンリさんが行った後、俺は一人アパートの手すりを掴んで膝をついた。彼女には言っていないが、これをやるといつも体から力が抜けてしまう。

 

 「やっぱまだ、体が治りきってないのか・・・」


 俺はかつて命を助けて貰った時に与えられたツノの魔力無しでは生きていけない体となっている。アンリさんにその魔力を返す量が多ければ多いほど、俺は死に近づいていく。


 「しばらくは何か支えないと歩けないな・・・」


 いつも少し休めば動く事くらいは出来るので、俺はその場でしゃがみ込み、少しだけ休憩する事にした。


 ーー

獣王ガイゼルキ陣営


 ガイゼルキは現在、街を攻め落とす前の食事をテント内でとっている最中だった。


 「もぐもぐ・・・ブチッ・・・もぐもぐ」

 「ガイゼルキ様、部隊の準備が整いました」

 「うむ。分かった」


 ガイゼルキはそれを聞いたと同時に全ての食事を一気に口の中に頬張り食べ終わった。

 そして立ち上がり自身の軍勢の前に現れ、自分達が攻め落とす国を見た。


 「では攻め落とすとするかな」


 手についた食べ物を舐め取りながらガイゼルキが全軍に攻め落とす命令を下そうとした瞬間だった。

 街の方から強大な魔力を感じ、見てみると長髪の緑髪をたなびかせながらこちらに飛んでくる者を目で捕らえた。


 「何か来るな」

 「はい?」


 ガイゼルキが迎撃の命令を下す前にその人物はガイゼルキの軍の頭上へ辿り着いた。


 「久しいな獣王ガイゼルキよ」

 「これはこれは" 美麗の緑魔(びれいのりょくま)"アンリ様ではないですか」


 ガイゼルキの言葉に軍の者達は皆一斉に上を向いた。そして口々にその美麗に歓喜の声を上げた。

 しかしただ一人、ガイゼルキだけはそんな事はしなかった。


 「ふっ、獣には私の美しさが理解できないか?」

 「ご冗談を。そんな隙を見せれば貴方は一瞬でその隙を突いてくるでしょう?」


 ガイゼルキは懐から二本の両刃斧を取り出した。かつてある戦場でガイゼルキはアンリと遭遇した事があった。その時はお互いに一戦も交える事はなかったがガイゼルキは一目見ただけで敗北を悟った。

 その事からガイゼルキはアンリを警戒した。


 (何があったか分からぬが、魔力は以前あった時よりもかなり落ちている。それでも尚、この俺を超えるか)

 「どうした?やはり我が美貌に見惚れたか?」

 「ふっ、まさか。今の貴方を正確に値踏みしていただけだ」

 「そうか」


 アンリはガイゼルキを警戒しながらもその部下たち全ての位置の確認をした。

 一人一人を正確に手早く見たアンリは数は多いが実力に関してはガイゼルキの足元にも及ばないザコばかりな軍団にため息を吐いた。

 しかし、ガイゼルキの雰囲気が変化した事を察知し、直ぐに臨戦体制に入った。


 「今の貴様の力がどれ程のものか、この獣王ガイゼルキが見定めようぞ!" 獣王の蹂風躙(じゅうふうりん)"!!」


 素早く斧を回転させ、ガイゼルキは斧にその風を纏わせ、斬撃のようにアンリに向かって飛ばした。

 アンリはそれを難なく避けたが、纏った風がアンリを斧へと無理やり引き寄せ、アンリは自分から風を纏った斧に近付いて行ってしまい斧はそのまま爆発を起こした。


 「まだだ" 獣猛(じゅうもう)の一撃"!!」


 ガイゼルキは斧を大きく後ろに引き、全力で両刃斧を前方に放った。

 斧は音速を超える速さで回転しながら、アンリに向かって進んでいき煙の中に消えていった。

 ガイゼルキにとって、この二つは自身の研鑽の終着点ともいえる技であり、放てる技の中では最も強いものであった。


 「ふむ、中々やるな。流石は南の魔王軍の古株。非常に洗練されたいい技だ」


 しかし煙が晴れてガイゼルキとその部下達の前に姿を表したアンリには傷一つもついていなかった。

 アンリは緑色の魔法陣型の盾を発生させておりガイゼルキが放った技はそれによって全て塞がれていた。


 「・・・やはりか」

 「そう悲観する事はない。ほれこれを見てみろ」


 アンリの盾にはガイゼルキが放った二本の両刃斧が突き刺さっていた。

 実際の所、アンリ自身は盾を使う事は想定しておらず、魔力に限りがある今、それは悪手に回る可能性すらあると考えていたがアンリは余裕な態度を崩さなかった。


 「私の盾を突き破るとは冷や冷やしたぞ?」

 「ふっ、それにしては随分と余裕な顔をしている」

 「さてな、今度はこちらの番だ」


 アンリは盾を解除しガイゼルキに手を向けた。アンリの周囲には緑色の魔力が渦巻き始め、それは一気に膨れ上がり、まるで自然そのものが呼応しているかの様に草木が震え始め、嵐が発生しガイゼルキの軍勢を巻き込み始めた。


 「まさか、これ程とはッ!」

 「消えろ。" 破滅の翠緑ディストレクション・ヴァーダント"」


 そして魔力がアンリの手のひらに凝縮されていき次の瞬間、緑色の光となって敵陣へと放たれた。緑の魔力弾は敵陣の者達を次々と消滅させていって。


 「我が牙、届かなかったか・・・申し訳ございませんベルゼビぐおぉぉぉぉぉ!!!」


 ガイゼルキは圧倒的な力を目の前にして、敵であるアンリを称賛して緑の光の中へと消えていった。

 後には巨大なクレーターが残るだけだった。


 「ふぅ、流石にこれはキツかったか・・・」


 街を守るとはいえ、同族を手にかけるのはやはり少し気が引けるものだ。


 「おっと・・・そろそろ、か」


 自分の手を見て煙のような魔力が立ち昇ってきており、徐々にそれは全身で起き始め、アンリの姿は元の九歳前後の少女の姿へと変わり、そのまま力尽きて落ちていった。

 そのまま地面に激突するかと思った時、その場に一人現れた男の腕の中に落ちた。


 「お疲れ様です。アンリさん」

 「おお・・・管理人か・・・すまんが少し疲れた・・・寝させてもらうぞ」

 「はい。ゆっくりしてて下さい」


 管理人の腕の中で眠りについたアンリはそのまま揺られながら、街へと帰還していった。

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