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第16話 医者②

 「何のつもりですかウィル」

 「僕に嘘は通じないよ管理人。僕は君の主治医だ。そんな僕の目を誤魔化せると思ってるのか?」

 「・・・」


 ウィルの俺を見る目は先ほどとは打って変わり、鋭くまるでナイフのようだった。

 そうだった。彼はこんな奴だ。おちゃらけて女にだらしない男ではあるが、自分の仕事にプライドを持ち、本気で患者の命を第一に考える。

 だからこそ彼を慕って、彼の元には多くの患者がやってくる。


 「分かりましたよ。目眩や偶に手の感覚がなくなったりします」

 「よろしい、その症状ならそうだね。この薬なら恐らく進行を少しは食い止められると思うけど・・・管理人、君のは、」

 「分かってますよ。ありがとうウィル」


 薬を受け取り、扉を開けて待たせていたアンリさんの元に戻ろうと彼女の方を見た時だった。

 

 「おー管理人よ。丁度いい、この女を止めてくれんか??」


 アンリさんは待合室で横になり、黒髪ロングで少し汚れた白い服を着た女性に包丁で刺される寸前になっていた。


 「あ、アンリさん!?」

 「ん〜、どうかしたのかい?かんりにッ、ヴェナール!?どうしてここに??」

 「あ、あ、あ、ウィ、ウィル。わ、わ、私、あ、貴方にあ、会いたくて、で、でもこ、ここにお、女がいてね?う、ウィルをた、誑かすとお、思って、」


 ヴェナールと呼ばれた女性はたどたどしい口ぶりでウィルに向かって笑顔でそう伝えた。

 どうやらアンリさんはウィルの恋人だと間違えられたらしい。


 「またあんた関連か!」

 「あ、あははは・・・落ち着いてヴェナール。君以外の女性なんてあり得ないだろ?安心して、その子は彼の彼女だよ?」

 「「いや違う違う」」


 俺とアンリさんはそんな関係じゃないのに、この男は何を勘違いしてんだ?アホなのか?バカなのか?


 「そ、そ、そういって、わ、わ、私をだ、騙しているのね?あ、あ、貴方がその気なら、わ、わ、私だって!」


 アンリさんからどいたヴェナールは立ち上がって、早歩きでこちらまで歩いてきて包丁でウィルの横腹を突き刺した。


 「あ、あ、貴方をこ、殺して、い、い、一緒にて、て、天国で、く、く、暮らしましょ?」

 「あー、ごめんよヴェナールちゃん。それは無理な相談なんだ」

 「え?あ?あれ?」


 包丁は確かにウィルに刺さっていた。しかし、ウィルはそんな事はお構いなしに平然と話していた。

 ヴェナールはそれに驚き、包丁から手を離して怯えるように一、二歩、後ろに引き下がった。


 「ん?あーそっか、そっか。ヴェナールちゃんには言ってなかったか。僕はこんな事じゃ死なないんだよ。だってスライムだからね」

 「は?え?」


 驚くのも無理はない。ウィルの本来の姿はトランススライムと言って、スライム系の中でも変身を得意とする種族の一人なのだ。

 

 

 「だから、僕には打撃とか効かないんだよね。こんな普通の包丁なんて論外さ」

 「あ、あ、あ、ご、ごめんなさ、さ、さい。わ、わ、私・・・」

 「気にしなくてもいいさ。僕の日頃の行いが悪い性だからね」

 

 泣き崩れながら謝るヴェナールにウィルは、優しく肩を抱いて頭を撫でていた。

 いや実際は本当にこいつの女癖の悪さが原因なのだが、よくこんな事ができるな。と少しだけ感心してしまった。


 「全く、これで何度目だ!これだからここには来たくなかったのだ!」


 アンリさんが怒るのも無理はない。実際、毎回ここに来る度にアンリさんはこうして女性達にナイフや弓、魔法などで襲われている。

 そのせいかアンリさんはすっかり、俺と同じようにウィルの事を毛嫌いするようになってしまった。勿論、アパートでのこともあるのだが、割合的にはこちらの方が強いらしい。


 「さ、もうお家にお帰り」

 「う、う、うん。ご、ご、ごめんなさい」


 その後、ヴェナールは診療所を後にした。ウィルは勿論、自分の命を危険に晒されたアンリさんによって鉄拳制裁を加えられた。


 「やれやれ。相変わらず、アンリちゃんは恥ずかしがり屋さんだよね」

 「貴様、殴られ足りんのか?」


 アンリさんによって顔をぱんぱんに腫らしたウィルはアンパンマンのようになっているのだが、それでも何故か喜びの表情を見せていた。

 全く腕は確かなのだが、何故こうなのだろうか。


 「ふぅ、まぁ取り敢えず、二人の診断はこれで終わりだよ。また一ヶ月後には来てくれよ?」

 「分かりました。じゃあ、貸したお金と滞納している家賃ください」

 「・・・え??」

 「何トボケているんですか?俺は今日、彼の為に来たんですよ?」


 どうやら予想外であったらしく、ウィルは笑顔を引き攣らせながら固まっていた。

 

 「えー・・・今回のでチャラには、」

 「今回のは今払いましたよ?早く出せ」

 「・・・」

 「・・・」

 「それじゃ、また会おう!!」


 ウィルはそう言い残して、自分の体をスライムに変化させて換気扇へと入り姿を消した。


 「あ!?あの野郎逃げやがった!!」

 「逃げ足も相変わらず速いな」

 「はぁ、次こそは取り立ててやる」


 ーー

 渓谷


 その日の夜、エルデンリッチから少しばかり離れた渓谷では僅かな魔力が漂い、空間が歪み魔法陣が出現し、中から紫色の体躯に無数の腕を全身から生やした異形の魔物とボロボロの羽をはやし、全身をマントとフードで隠した魔物が現れた。


 「ぎゃっぎゃっぎゃっ!人間共が住む街にしちゃ、随分と栄えてるじゃねーか!」

 「ぶ、ぶ、ぶ、ぶぶぶぶぶぶぶ」

 「ぎゃっぎゃっぎゃっ!相変わらず何言ってるか分かんねーよ!」

 「無駄口はそこまでだ」


 無数の手をはやした魔物とボロボロの羽をはやした魔物を黙らせ、魔法陣から黒い鎧に身を包んだ漆黒の騎士が姿を現した。


 「これより魔王ゾロディーン様の娘、アンリ・マンラの情報を探る。お前達はそれぞれ、西と東にある村に行け。私はあの街を探る」

 「ぎゃっぎゃっぎゃっ、了解!」

 「ぶぶぶぶぶ」


 二人の魔族はそれぞれ別方向に飛び去っていき、それを確認した漆黒の騎士は、少し先に見えるエルデンリッチを見て、誰にも聞こえない声で呟いた。


 「・・・ここにアンリ様が。アンリ様、必ずや貴方様を取り返してみせます」


 アンリを知っている素振りを見せる漆黒の騎士は拳を強く握りしめ夜空へ誓った。

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