第10話 ガレナさん②
「そんな・・・エルフが何で今更、ガレナさんを狙うんですか?」
「私が知るわけないだろ」
ガレナさんがエルフ達の元を去ったのは、もう何万年も前のことだ。それなのに、何故今になってガレナさんを狙う必要がある?
「落ち着け、それも含めて書いてあんだろ?」
「いや・・・無理だな」
「どう言う事ですか?」
「読めんのだ。これはエルフ族特有の文字だ」
それぞれの種族には特有の文字や言葉がある。数億年前、まだ種族間同士での争いが起きていた時代に使われていた。
現在では種族統一言語が作らた為、かつての言語を使う者はもういないとアンリさんからは聞いていたが、まさか今日この目で見る羽目になるとは思わなかった。
「ガレナ、お前は読めるか?」
「・・・」ブンッブンッ
「解読魔法を使う。管理人よ、手を貸せ」
「分かりました。お二人は少しだけ席を外してください」
「分かった。行くぞガレナ」
「・・・」コクンッ
二人が一階に降りて行ったのを確認した後、俺はアンリさんと手を繋いだ。
彼女の正体が魔王ゾロディーンの娘である事は、アパートの皆んなは知っているがそれ以外の街の人には、下手な混乱を生まないために話していないため、こうして人前で力を使う時は内密に行っている。
「よし、これくらいなら大丈夫だ」
「ふぅ、それなら良かった・・・」
「では行くぞ。解読魔法"ディスクリプト"」
アンリさんがそう魔法の名前を言うと彼女の周囲に無数の文字が浮かび上がり、紙に書かれていたエルフ族の文字に次々と張り付いていった。
「どうですかアンリさん?」
「少し黙っているんだ。この魔法は集中力がいる」
その言葉通り、アンリさんの額には汗が流れており見た目以上に集中している事が分かった。
時間がかかりそうだったので、俺も何か出来ないのかと思い、窓の外から矢が来た方向を除いた。
「うーん。矢を打てるならあの木かな」
窓から五十メートルくらい先には大きな木があり、そこからならば充分、矢も放てるくらいの高さがあった。
「アンリさんの解読が終わったら確認しに行ってみるか」
そんなことを思っていた時だった。
「管理人!大変だ!!」
「どうかしたんですか?」
下の階にいたモルグラスさんの焦り声で呼ばれ、下の階に行ってみるとモルグラスさんだけでなくドワーフの皆んなが慌ただしく動いていた。
「どうかしたんですか?」
「ガレナがいなくなっちまったんだよ!!」
「え?ガレナさんがですか!?」
しまった。もしかしたら、いや確実にガレナさんはあの文字が読めたんだ。それもそうだ彼女は見た目こそ、アンリさんと変わらない見た目だが数万年生きている方だ。知っていてもおかしくはない。
「管理人よ、こっちも面倒くさいことになったぞ」
「アンリさん!面倒くさいことって?」
アンリさんは解読してくれていた手紙をひらひらと揺らしながら一階に現れた。
「ガレナは呼び出されたんだ。かつての同胞を取り戻す為に」
「同胞を?」
「エルフの事はお前も知っているだろ?」
それは勿論だ。エルフ族はその美しい容姿から性別関係なく、奴隷やコレクションとして扱われる事が非常に多い種族となっている。
そのせいで、多くのエルフは他種族に対して強い警戒心を抱き、人里に姿を現すことはほとんどない。結果として、彼らは厳格な他種族排他主義を貫くようになった。
「なるほどな」
「モルグラスさん?」
「数日前、この街にとある貴族が俺達に武器を作って欲しいと頼み込んで来たんだ。そいつが妙にガレナの事を気に入っていてな」
「その人の名前とかって分かりますか?」
「ドルマントとか言う奴だ。バルフォア家とか言ってたな」
「バルフォア家ってまさかあのバルフォア家ですか!?」
「管理人お前知っているのか?」
バルフォア家は俺達を転移させた王国にいた貴族だ。勇者時代に聞いた噂では、現在の当主は無類のエルフ好きであり、数多くのエルフを購入していると言われていた。
「まさか、バルフォア家がこの街に来ていたなんて・・・、あの家の当主はエルフが大好きなんです。もしかしたら、奴隷のエルフを使ってドワーフの皆さんに気が付かれずにガレナさんを呼び出そうとしたのかも知れません」
「くそ!おい!てめーらぁ!バカな貴族の野郎を叩きに行くぞ!」
モルグラスは近くにあった斧を持ち、工房にいるドワーフ達に向かってそう叫んだ。
他のドワーフ達もそんなモルグラスに続くように武器を手に取り、モルグラスさんに続こうとした。
「ちょ、ちょっと!落ち着いてくださいモルグラスさん!」
「これが落ち着いていられるかよ!!ガレナが攫われたようなもんだぞ!?」
「分かってますよ!だからこそ俺が行きます!」
正直、貴族と関わるのはごめんだ。だが、このままではモルグラスさんや他のドワーフの皆んなは無策で飛び込んで行きそうな勢いだから仕方がない。
俺は平和な日常を送りたいだけなのに何故、いつもこんな面倒ごとばかり起きるのだろうか。
だが、そんな事を言っている場合じゃない。俺のアパートの住人が攫われたのだ。
「策はあんのか?」
「勿論、なるべく穏便かつ平和的な方法でバルフォア家からガレナさんを取り返してみせますよ。俺はこう見えて元勇者ですよ?一人で終わらせてやりますよ」
偶には見せてやっていいだろう。この俺の本気を。
ーー
その夜、俺たちは黒装束に身を包み、月明かりに紛れるように、モルグラスさんから聞いたバルフォア家が滞在している屋敷の塀の上に忍び込んだ。
「で、何故私までついてこなければならんのだ!」
「だって仕方ないでしょうが!俺一人で助けに行けるわけないじゃないですか!!」
そもそも俺は非常に弱い。大見得切ったのだって初めからアンリさんに頼るつもりだったからだ。
え?情けないって?何とでもいえ!!俺の第一目標は平和な暮らしを送る事だ!貴族相手に目をつけられるような事は絶対にしたくないんだ!
「お前よくあんな大見得切れたな!?恥ずかしくないのか!?」
「全く恥ずかしくないですね!!正直、アンリさんが全部終わらせて欲しいくらいですよ!!」
「お前と言う奴は・・・」
「とゆうのは半分冗談ですよ。不可視の魔術ってアンリさん使えますか?」
「勿論だ」
良かった。それが使えなかったら本気でアンリさんに頼もうと思っていたが、使えるのならば俺一人でどうにかなりそうだ。
「じゃあお願いします。それ使って裏からひっそりと侵入してガレナさんを助け出します」
「どこにいるのか知っているのか?」
「知りません。だから走り回りますよ」
一言アンリさんにそう伝えて、魔術をかけてもらってから俺は屋敷の庭へと侵入した。