別の扉(5)
フィーリアのもたれかかっていた樹に風が吹いてきた。
ざわざわと葉が揺らぐ音がする。
フィーリアの姿が薄くなっている。
”フィーリア!”
ジュエルが叫んで、彼女を抱き抱えるが、もう感覚が感じられない。
フィーリアはどんどん消えて行く。
その時、フィーリアのお腹が光り始めた。
2人の赤ちゃん。
”フィーリア、行かないで、フィーリア”
ジュエルが泣いている。
鼓動するかのように光を放つ、フィーリアのお腹。
ジュエルだけに聞こえる声。
”泣かないで、すっと一緒にいるから。ここに”
フィーリアとお腹の子の姿は消えてしまった・・・・・
フィーリアが居なくなってから、ジュエルは悲しみに暮れていた。
それはフィーリア、カイル、そしてお腹にいた赤ちゃんの3人を一度に失った。
その悲しみは、ジュエルを傷つけるのに十分だった。
しばらくして、時々ジュエルの耳に、囁きが聞こえるようになった。
空耳かと思ったが、何度か聞こえてくる。
風が吹くと、誓いの丘の方から囁く声が聞こえる。
”ジュエル、悲しそうな顔をしないで
ここに居る。
私たちはここに居るのよ。貴方のそばに、いつも
貴方を見ているのよ。
みんなここに”
歌うようなその囁く声は、フィーリアの、愛しい彼女の声に似ている。
声のする方に行くと、そこはフィーリアの姿が消えた大樹がある。
樹の幹にもたれかかるジュエル。
(君が居てくれれば)
”ジュエル、悲しまないで。
私たちは貴方と共に生きています。
ずっと”
まるでフィーリアがジュエルに答えているかのような囁きが聞こえる。
気づいたら、ジュエルは違う場所に居た。
見たことのない場所。
というか空間。
何も無い。
だが温かい。
光が見える。
沢山の光。その光が近づいてくる。
”ああ”
泣き崩れるジュエル。
精霊となったフィーリアが優しくジュエルを抱きしめる。
側には小さな男の子。
生まれなかった、彼らの子供だった。
そこは精霊の場。
亡くなった者達もいる。
ジュエルに忠誠を誓い、剣をそこに埋めた者たちの精霊も。
優しくこちらを見つめている。
”ジュエル、私たちはここに居ます。
この時の流れの空間に。精霊となって。
ずっと貴方側にいます。
だから悲しまないで。
ここは時の空間。
あの樹は生命の源。
私たちが生まれる前から、ここにあったのよ。
この地ができた時からずっと。
この樹が輪廻を司り、私たち誕生させてくれたの。
そして今、生命を無くしたものは、この樹の中で生まれ変わります。
いつか私もそうなるでしょう。
それまでは精霊となり、皆と一緒にこの樹を守りましょう。
この子も一緒に。
私の一族が、太陽を守っていたのは知っているでしょう?
太陽を登らせるのも、沈ませるのも、我らが一族の指名だった。
ホワイトバーンが、私たちの役目を手伝ってくれて。可愛い私たちの友達。
貴方の一族は、海と月を支配していた。
中にはその力を妬む者がいたの。
私たち一族を貶め、太陽を支配しようとし、没落した一族の残党は、貴方の一族に反乱を起こさせました。
その反乱の最中に、貴方のご両親は亡くなったの。”
ジュエルが初めて聞く話だった。
両親はまほろば貝を探しに行き、事故で亡くなったと聞いていたから。
”その反乱を起こした者たちは、戦さに負けたけれど、恨みを募っていった。
数名の者達が集まり、仕返しの時を狙っていたのよ。
そして、その時は来た。
カイルに頭痛薬と偽り、毒を処方していたのよ。
国の為皆の為にと、研究と勉強熱心だったカイル。
頭痛は疲れが原因でしょう。
彼に毒を盛り始めたのは、医者となっていた裏切り者。
そしてカイルの世話していたマーキラ。
彼女もその一族。
カイルに悪い事を吹き込み、彼の気持ちを変えて行った。
そして彼が寝ている隙に、彼の血を吸っていたの。
カイルは知らないうちに、吸血鬼にされてしまっていた。
全て、マーキラの一族のせいよ。
彼女達は、人魚の体から自由に2本足に、そして羽が生える3体型に変わる実験をしていたの。
でもそれは自然なことでは無い。
進化して羽が生えた者、足が2本に分かれる者がいるけれど、それは実験の結果では無いから。
無理強いした結果、彼らは全身鱗に覆われ、
羽はあるけれど、
鱗のせいで陽に弱く、
昼間外に出られない。
自分達の失敗から、日中外に出るものを恨み始め、私たち一族を貶め、太陽を支配しようとした。
夜の世界も支配しようとして、反乱を起こしていたの。
両方に失敗し、国にいられなくなった一族は、闇の中で暮らすしかなかった。
そのうちに、牙が生え、吸血鬼となったのよ・・・・
彼らはチャンスを狙っていたの。
実験を続け、少しの間だけでも外に出られるようになると、
医者のふりをしてカイルに近づき、薬を飲ませ始めた。
あの優しいカイルは、疑いもせず、その薬を飲んだせいで、心まで変わり始めてしまった。
事故の後、孤独感から貴方と私、皆を恨み始めた。
そして、私を襲い、命を奪ったの。
カイルが悪い訳ではないのよ。
彼は罠に嵌められただけ。”
”そうは言っても、君はもういないじゃないか!”
ジュエルは叫ぶように言った。
”ジュエル、貴方に私は見えないの?
ここに居るじゃない。
この子も、みんなも。
決して貴方は1人ではない。
エレノア、あの子の事をお願いね。
あの子は立派な女王になるでしょう。
貴方の娘なのだから。”
小さな女の赤ちゃんが、ジュエルの前に寝ている。
ジュエルとフィーリアの娘。
可愛らしいプニプニの頬。ニコニコしながら、おくるみに包まれて横渡っている。
”ジュエル、
私達は貴方と共に永遠に。
精霊となって、この樹と世界を守ります。
いつか貴方の命が尽きた時、貴方も精霊となるでしょう。
それは肉体の終わりでも、生命の終わりでもありません。
続くの。
私達の使命は、精霊となって。
この世界に幸せな世界が訪れるまで。
だから泣かないで。
今は、マーキラの一族を止めなければ。
また更なる悲劇がやってくる。
何世紀も先に。
彼らは不老不死の研究を進め、死なない体となっている。
必ず彼らはまた現れる!
マーキラは、空を飛べる者と人魚の両方を恨んで、カイルに呪いの薬を摂取させていたの。
2つの国の民達が交わると、マーキラのような吸血鬼になる呪いを。
私達精霊の力で、その呪いを弱めることまではできる。
貴方を愛する私のような、空の国の者が、人魚と一緒になれないなんて、そんな不幸はないじゃない!
でも、太陽と月の紋章が有る者は力が強すぎる。
紋章を持つものは、偉大な力を持って生まれてくるから。
私達でも抑えきれない。
残念だけど、カイルが吸血鬼となってしまった満月の夜に、太陽と月の紋章を持つものは、空の国の者と交わってはダメよ。
彼は月の強い力を持って生まれているから。
ジュエル、あなた達はお互いに紋章を持っているでしょう?
私も持っているのを、あなたは知っているわよね。
3人とも、この紋章を持って生まれてしまった。
変わった運命を背負って・・・
このままでは、みんなが吸血鬼となってしまうでしょう。
その力の強大さに、この世のバランスが崩れ、この世は闇と、吸血鬼の世界に貶められてしまうわ!
いつか、この世を救える時が来るまで・・・
ジュエル、貴方が王として見守るの。
貴方の娘も、その子も。
この世界を。”
ジュエルは悲しんでいる場合では無いと悟った。
『やるべき事がある』
王として。
皆を守る。
改めてフィーリアに誓うジュエル。
”フィーリア、君と共に僕は生きるよ。
この世界を守ろう。
一緒に。
永遠に。
愛する君と”
微笑むジュエルとフィーリア。
ジュエルは元居た城の部屋に、エレノアと共に戻った。
幼いエレノアは、フィーリアによく似ている。
キャッキャと笑うエレノア。
(守らなければ、この子達の世界を!)
王としてやるべき事がある。
カイルを探し出すこと。
彼の魂は、またこの世界に残っている。
吸血鬼となった一族を探し、彼らを消滅させること。
マーキラを、その一族を探し出さなければ。
この時から、満月の夜に紋章を持つもので、海と空のものが結ばれることは禁止となった。
フィーリアの右手には太陽の紋章。
ジュエルの左手には月の紋章がある。
カイルにも半月の紋章があった。
”カイル・・・”
ジュエルはカイルを探し続けた。
そして吸血鬼となってしまったカイルの魂を、元に戻そうと研究を重ねていた。
時折大樹の元へ行っては、フィーリアと息子に会いに。
彼女が亡くなった時、彼ら2人の子供を孕っていた。
王女は今ジュエルの元で、すくすくと育っている。
フィーリアがジュエルにくれた、最高のプレゼント。
王子は、フィーリアと共にカイルの呪いを受け、精霊となって大樹の中に宿っている。
彼らの娘は、いつしかいなくなってしまったエレンから名を取り、エレノアと名付けた。
”エレン、君も吸血の餌食となっていない事を望むよ。僕らの小さなお姫様。いったいどこへ行ってしまったのか。
いつかまた現れておくれ”




