始まりの頃
カリエンヌが、王と共に大樹の中に取り込まれたとき見た歴史。
沢山の星が集まってできたこの国から始まり、まだ小さな樹が育ち始める。
木の周りから変化が始まる。
何もなかったところに水が現れ始めた。
彼らの祖先である人魚が現れ始め、だんだんと増えていき、そして水のない場所を動き始め、足ができる。その後には空を目指し羽が生えて。
彼らの進化の過程から、民が増えていき、国が増え、安定した時を過ごす。
だが時に争いも出てくる。
知能が進化し、豊かになる一方、それを妬む者が現れる。
争いごとが増えるようになっていき、国が滅んでいく様子。
また新しい国ができては、滅んでいく。
これでは民が苦しみ、豊かな時を過ごせなくなると、小さな国々の争いを止めるよう提案した者がいた。
ジュエル王。
彼は当時小国の王であった。
賢く民からも愛され、彼の国に避難してくるものが後を耐えなかった。
見かねた王は、他の国々に呼びかけ、無駄な争うごとを収めようとした。
中には反対するものもいたが、争いが続き、疲弊した国も多々あった。
その点ジュエル王の国は、彼の機転と才能で、国を侵略されることもなく、豊かな生活を続けていた。
彼の呼びかけに賛同が集まり、また彼に忠誠を誓う国々が現れ、最後にはジュエル王を王の中の王、つまりこの世界の王とすることで決定した。
このジュエル王こそが、カリエンヌの祖先となる王である。
彼の収める世界は平和で豊かで、幸せだった。
王には幼な馴染みフィーリアがいた。
昔からお転婆で、女の子なのにジュエル王達男の子達に混じり、イタズラしたりして、全く手に負えないじゃじゃ馬だった。
そんな彼女も年頃となり、美しい女性となった。
中身は・・・だが、
知的で教養のある女性だった。
ジュエルは彼女に求婚し、二人の結婚式は間近だった。
ジュエル王には双子の弟カイラがいた。彼のように賢く、容姿端麗だが、どこか秘めたもの持つような、あまり外交的な性格ではなかった。
幼い頃から、兄のそばから離れない、いつも兄の後ろにくっついているような、大人しい性格だった。
人一倍本が好きで、勉強にも優れている、
しかし、引っ込み思案で自分から何かをする、言い出すということができなかった。
そんな彼にとって、兄と、幼馴染のフィーリアは大事な仲間だった。
ジュエルが王となった時、一番に喜んだのは弟のカイラだった。
兄の誠実さをよく知り、また知的で人を愛する兄は、王にはもってこいの人物だった。
幼馴染のフィーリアと3人で、王になった兄の為のお祝いをしたものだ。
実はカイラもフィーリアのことが好きだった。唯一心を許せるのは、ジュエルとフィーリア。
二人が思い合っていることに気づいてからは、なんとも言えない孤独感を味わったけれど、それでも愛する2人の為、カイラは何も言わず、ジュエルとフィーリアの婚約を受け入れた。
2人の結婚式が迫ってきている。
たとえ2人が結婚しても、状況が変わるわけではない。3人でこれからも上手くやれる。
そう思っている。
だが、婚姻の準備をしている2人を見ていると、なんとなく自分の居場所を感じない。
ましてジュエルは王だ。
自分の事を大事にしてくれる兄だが、以前の様にカイラと過ごす時間は減っていた。
昔からジュエルと過ごす時間が大半だったカイラには、今や民の王となり、沢山の業務をこなす兄は自慢でもあるが、正直寂しかった。
フィーリアも婚姻の準備で、ほぼ会えることは無くなった。
ある日、カイラは1人で漁に旅立った。
兄の大好きなまほろば貝を探しに出かけた。ちょっと遠くの海にしか生息しない楕円形の貝で、太陽にかざすと口を開け、そこから流れ出す貝汁が兄の大好物なのだ。栄養もたっぷりで、産後のフィーリアに良いはずだ。
出産のお祝いにしようと思っていた。
この貝の生息地である地域は、あまり安全な海域ではなかった為、カイラも1人で出かけるのは初めてだった。
水が冷たく、時に尾鰭が凍ってしまう。
時期によっては、尾鰭だけではなく、命も落としかねないくらい冷たい。
だからまほろば貝は貴重で、滅多に手に入らない貝だった。
ジュエル達の両親も、子供達の好きなこの貝をとりに行き、そして亡くなったと聞いている。
昔は簡単に取れたらしいが、今ではこの海域にしか生息しない。
兄の喜ぶ顔が見たくて、ジュエルは凍るような海流を無理して進んだ。
後少しで、まほろば貝に手が届きそうだった時、海流は強さを増し、彼は飲み込まれてしまった。
気がつくと心配そうに彼を見守る、ジュエルとフィーリアの顔がそこにあった。
海流に飲み込まれ、意識を失くしたカイラを見つけた人魚が助け、ここまで連れてきてくれたのだった。
カイラは気を取り戻したが、何かが違う。
体が思うように動かない。
”よかった、無事で。生きていてくれて良かった!”
あの賢者である兄が、誰よりも賢く、強く、憧れる兄が泣いていた。
横にいるフィーリアも泣いている。
だがカイラは心から助けられたことに感謝できなかった。
冷たい海流に飲み込まれ、彼の尾鰭は氷り無くなってしまった。
足がないのだ。
今までのように、自由に海中を泳ぐことも、陸を走ることもできない。
誰かの助けを借りなければ、何もすることができなくなってしまっていた。
カイラは一人でいる時間が増えていった。
誰とも会わず、ただ1人で過ごしていた。
何もできず。
(あの時、まほろば貝をとりに行こうなんて思わなければ、こんなことにはならなかったのに。)
そう考え始めてしまっていた。
カイラの怪我の治療をし、またその後も彼の世話を焼いてくれる者がいた。
マーキラ
羽の生えた人魚だが、2つ足を持つことがなかった。
空中か海中しか、彼女は生きられない。
マーキラは異国から来ていた。
頭から背びれまで全て鱗で覆われている。しかし大きな羽を持ち、空を自由に飛ぶことができた。
全身鱗に覆われているからか、彼女の一族は太陽に弱く、夜しか活動できない一族だった。
献身的にカイラの面倒を見てくれる彼女を見て、だんだんとカイラには閉した心を開いていった。
婚姻の日の時。
ジュエル王とフィーリアの結婚式は盛大に行われ、ずべての民が王の婚姻をお祝いした。
皆に祝福され、ジュエル王は黄金の冠と、マントを纏い荘厳な雰囲気を醸し出していた。
彼の金色の髪と青い目は、更に光を増して輝いていた。
フィーリアも白地に金色の刺繍を施したドレスとベールを纏い、この世のものとは思えない美しさだった。
1000年タコの牧師の前で婚姻を誓い、国中を挙げての披露宴の宴。
皆が踊り、歌い、笑顔で飲んだり食べたり。
妖精が舞い、その度に花がひらひらと揺れ、花から食べ物、果物、飲み物が現れる趣向。
ドラゴンとフェニックス、羽の生えたもの達は空中を、花火を上げながら踊っている。
夜になってくると、更にその花火が盛大になり、まるで昼間のような明るさで皆宴を楽しんだ。
カイラは、この日は兄の婚姻を祝福していた。
美しい時間を、懐かしく思い出していた。
そんなカイラに、マーキラはこう呟いた。
”もし、あなたとジュエル王の立場が逆だったら、あの時お祝いされたのは貴方。ここにいたのはジュエル王だったかもと思うと、運命って不思議ね。
貴方は彼のようにとても賢く、知的。勇気もある。こんな怪我をしていなければ・・・
私は貴方に会えて良かったけれど、お祝いの儀があるとはいえ、彼らのための贈り物を探しにいき、大怪我をして戻った貴方をここに1人で置いておくなんて。
やはり皆、自分の幸せが大事なのね”
その言葉を聞いて、カイラはなんとも言えなかった。
兄の結婚は嬉しい。フィーリアも大好きだ。家族が増えていくことも。
だが、何度自分がフィーリアと結婚する事を夢見たか。
フィーリアが昔から大好きだ。
自分の兄は全てにおいて優秀で、皆から好かれている立派な王だ。
両親が亡くなり、ずっと2人で生きてきた。いつも自分のことを1番に気にかけてくれていた。
しかし、今朝は朝から姿を見ることは無かった・・・
彼の中に黒いものが生まれ始めた。
孤独、悲しみ、卑屈。そんな気持ちが大きくなり始めた。
兄がいなければ、自分がフィーリアと共にいられたのに・・・
フィーリアが居なければ、兄とずっと一緒にいられたのに・・・
そんなことばかり思い始めた。
以前にも増して、兄達と顔を合わせる機会が無くなっていた。
ジュエルは王としての役割に忙しかった。
フィーリアもまた、生まれてくる子供の準備に毎日が過ぎていってしまっていた。
そして、2人には美しい女の人魚が生まれた。
名前はエレノア。2人の良いところだけを集めたように可愛らしい赤ちゃんだった。
国中がエレノア姫の誕生を祝っていた。
同じ頃、カイラは病床で悶え苦しんでいた。
熱が高く、息も絶え絶えだった。
苦しみながら考えたのは、もう兄のことでも、フィーリアのことでも無かった。
そこには皆に対する恨み。それしか無かった。
なぜ自分だけこんな苦しみを味わうのか?
カイラの命のが途絶えそうになっていた・・・
すると、彼の背中から黒い羽が生え始め、彼を覆い包んだ。
しばらく羽根に覆われた。
ゆっくりと羽を広げ、カイラが目覚めると、彼の姿は変わっていた。
赤い血のような鋭い目。牙が生え、黒い髪、黒い羽。肌は青白く、背鰭はさらに巨大化した。
”欲しい、欲しい、力が欲しい。そして血が欲しい”
カイラは大きな羽を広げ、夜の空へと飛び立っていった。
町の片隅で、酒に酔って座っていた者がいた。
突然凍ったような悪寒を感じた。
首に痛みを感じたが、もうすでに遅い。
あっという間にチリとなり、風がふくと砂のようになったその姿は流され、着ていた衣類だけが残された。
彼の周りに数点の衣類や、飾りが残されている。
”まだだ、まだ足りない”
そう言って、カイラは餌を探し続ける。
皇女の出産お祝いで、沢山の民が外にいる。
そんな民が、カイラの格好の餌となってしまっている・・・・・
”もっと”
更に大きくなったカイラの羽は、空の月を覆うかの如く広がった。そして国の中心へと向かっていった。




