表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イキウメニサレテイマス  作者: MUMU
第二章 カラス
9/44

第二章・3


私は地下街を出てタクシーを拾い、目的地を告げてから背後を見る。


「高速を経由してもらうってできますか」

「はあ、いいですよ、だいぶ遠回りになりますけど」

「何度か右車線に入って、追い抜きながら走ってください」


移動中、じっと背後を見ながら尾行してる車がないか確認。


「ストーカーか何かですか」

「ええ、タチの悪いやつがいるんです」

「私の方もバックミラー見てますが、ついてきてる車はないですよ」


まさか車で追跡してくることはなかろうと思うが、妙な凄みのある記者だった。念のための警戒だ。


「気をつけないとですねえ、最近怖いニュースが多いから。こないだもクラブのママか何かが生き埋めにされたでしょう」


それは「嫌なニュース」でも扱った。A県にある歓楽街の一角、ビルの隙間にぽつんと生まれた空き地に40代の女性が埋められていたのだ。


それもまた「死体が発見された」のであり、生き埋めであるとする情報はまったくないが。


何ごともなく帰宅。5階の自宅へ戻るとスマホを起動させる。タクシー内でやりたかったが、画面を見てると車酔いしてしまうので断念していた。


まずネット内に私の個人情報がないかチェックしておく。SNSはアカウントを分けているし、特定されるようなことは書かないように気を使っている。


そして金咲という記者から来ていたメール、その差出人アドレスを拒否設定に。

同時に受信箱を文面サーチにかける。事件のタレコミ情報から、広告のスパムメールまで千件ほど来ている。

管理人への誹謗中傷、危害を加えることを示唆するもの、私の個人情報を探るようなメールを探す。誹謗中傷はいくつかあったが、それ以外は大したものはなかった。


「嫌なニュース」はアングラ系に片足を突っ込んでるサイトだし、自惚れるつもりはないが、管理人が女子大生だと知られればどんな反応があるか分からない。今後は自分の安全も考えるべきだろうか。


私は金咲から受け取った名刺を取り出す。確かに週刊新柳の社名がある。

この名刺は本物に見える。なぜ雑誌記者がセラさんの記事を潰しにかかるのだろう? 商売上の競合とかそういうこと? まさか。


私は上着を脱ぎながら思考する。

あの金咲が何かをしでかすとは思えないが、とりあえずAIに抗議文を作成させて、週刊新柳に送らないと。いや、その前に本当に金咲という記者が在籍してるのか確認を。


肩に、何かが。


黄色い紙片、これは、糊付きの付箋ふせん




ニガサナイ




「!!」


服を脱ぎ捨てて後退する。


壁に背中をつける。歯ぎしりをして動揺を抑える。


息が荒い。うなじのあたりに鳥肌が立っている。


いつのまに、こんなものを。


あのテーブルの上に乗り出して来た時か。肩を触られた記憶はない。気づかないほどの一瞬で付箋を貼ったのか。


「……ふ、ふざけてる」


ふつふつと怒りが湧いてきた。


なぜ私が引かなきゃいけない。私はセラさんを記事にしただけ。オカルト系のサイトならどこだって扱っている。


ーー変な記者が嗅ぎ回ってて。


そこで、はっと気付く。


人との会話はなるべく覚えるようにしてる。昨日のことだ。


そうだ、黒日くん。変な記者が嗅ぎ回ってると言ってた。


金咲は黒日くんに接触した? なぜ?


「! そうか、前のバイト先!」


店長が生き埋めにされたって噂があった。それをあの記者が嗅ぎつけた? バイトしていた黒日くんに話を聞こうとした?


まずい、と思う。私は二ヶ月前に居酒屋を辞めたが、金咲が嗅ぎつける可能性はある。


「嫌なニュース」の管理人と、店長が生き埋めにされたという噂のある店の店員。


冷静に考えれば、だから何だという程度の話だ。点と点が繋がる? ただの偶然以上の何物でもない。


だが、金咲はどう考える。


……落ち着け。


私は台所へ。麦茶をビアタンブラーになみなみと注いで、一気に飲み干す。


冷静にならないと。あんな記者一人のことで恐れすぎている。


私はスマホで電話をかける。以前のバイト先へ。


「もしもし、仲良川ですが」

『ああ、仲良川さん、ごぶさただねえ』


電話越しというのにじっとりとした話し方だ。カエルのようだった店長を思い出す。


「あの、私の履歴書とか、まだそちらにありますか」

『どうしたの、もちろんあるよ。店長を任された時に全部見たからねえ』

「返却してほしいんです。そちらの方で処分してもらってもいいですが」

『あのねえ、仲良川さん』


ため息などついてないのに、大きなため息を挟んだような錯覚がある。私の胸をそれとなく盗み見るあの視線を思い出して、まだ鳥肌の残っていた足をすり合わせる。


『そういう書類はねえ、退職後も3年は保存する義務があるんだよ。労働基準法の、ええと、109条でねえ』


そうなのか。あとで確認しておこう。


「実はタチの悪いストーカーに狙われてるんです。もしかして、ストーカーがそちらの事務所に忍び込んで履歴書を盗むとか、そんな可能性まであるかなと」

『そうなの? 仲良川さんかわいいからねえ、そういうこともあるかもねえ』


嘘とはいえストーカー被害に怯えている女性に対して、なんとものんびりした返答だ。私は苛立ちを足踏みに変える。


『まあ原本は本社の人事課にあるからねえ。店にあるやつは処分してもいいよ』

「あ、そうですか、ありがとうございます。できれば今すぐやってくれますか」


金咲記者と会ったのが早かったため、まだ午前中である。店はランチ営業で忙しくなる頃だが、必死さを声に乗せて頼み込む。


『じゃあちょっと探すから待っててねえ。ええっと、この棚に』


あの居酒屋のオフィススペースは休憩室の隣にあって、二畳あるかないかの狭さである。すぐ見つかるだろう。


『仲良川さん』

「はい」


店長はあくまでのんびりした口調のまま、今日の天気について話すかのように、気軽に言った。


『人事ファイルが空っぽだねえ。きっと、誰か捨てちゃったんじゃないかなあ。いいかげんな子ばかりだからねえ』





時おり、父のことを思い出す。


私の父は毎日ポストの前で新聞配達を待ち構え、手から直接新聞を受け取る。

そして1時間ほどかけてそれをスクラップしていた。今どき珍しい趣味だったが、重要そうな記事を切り抜き、大判のファイルに貼り付けていくのだ。その作業に1時間ほどかける日もあった。


政治のファイル、芸能のファイル、事件のファイルなどが父の部屋に積み上がっていく。父はテレビも見ず、本もあまり読まない。ときどき寝る前にファイルを開いては、満足そうに記事を指で撫でていた。


私はそんな父を尊敬していた。好ましい趣味だと思っていた。父の作り出すファイルは知の結晶。私は父の部屋からファイルを持ち出し、じっくりと読むことがあった。


父はファイルの持ち出しについて何も言わなかった。黙認してくれていると思っていた。私は新聞というものに興味を持ち、いつか自分の手で記事を書いてみたいと思った。小学生の頃だ。


その思い出は、今は私の肺に打ち込まれた杭のよう。


私の呼吸を阻害し、時おり耐えがたい痛みをもたらす。


世の中は、なぜ情報に溢れているのだろう。


人が生きていくのに、たくさんの情報は必要ないのに……。





私は引っ越しをした。


大した距離ではない。同じマンションの5階から、最上階の11階へ引っ越したのだ。荷物はとりあえず必要最低限のものだけ移動させて、数日かけて回収する予定。壊れた家具とか、使わなくなった健康器具とか。それはリサイクル業者に引き取ってもらおう。


ストーカー被害があると不動産会社に相談すると、そこからオーナーに話が行き、最上階の部屋を紹介してもらえた。


前の部屋が27平米、最上階のこの部屋は33平米、部屋も一つ増えた。

家賃は一万ほど上がったが仕方ない。必要経費と思おう。さいわい「嫌なニュース」のアクセスは順調に伸びていて、広告収入も先月比で何万か伸びそうだ。


セラさんの記事は1日2回更新している。他のまとめサイトでもうちの記事を再利用するのを見かけた。盗作ではあるが、時系列でより早いものが参考記事として表示されるので、うちのアクセスも増えている。


私は引っ越したばかりの部屋で、ガムテープを足でもてあそびながらスマホを扱う。


短冊を撮影し、起動。


「セラさん。体調はどう」

『あまり良くないわ』


セラさんは疲弊している。私は彼女の周りに積まれた紙の山を想像する。


『何が正しいのか分からないの』


セラさんのいるのが埋まったオフィスビルとして、彼女のいるフロアは5階のようだ。

そして廊下には大量の貼り紙がされていた。赤い文字で書き殴ってあるらしい。


『2階に降りると足を失う』


『8階には殺人鬼がいる』


『サインペンで書かれたメモは信用するな』


セラさんは剥がしたメモを読み上げる。


『階段は絶対に使うな』


『怯えているやつが何かを知っているはずがない』


『1階にだけは降りてはいけない』


警告文なのかメッセージなのか、それらの文章はエレベーターで行けるすべての階を警告しており、すべて正しいと仮定するならセラさんはどこにも行けなくなる。


というより「早く5階から移動しろ」

というメッセージもあるらしい。八方塞がりどころか一つも居場所はなくなる。


「でもセラさん。地上に出るんだから、普通に考えれば出口は最上階よね。そこから階段を使って屋上へ行くとか……」

『でも……出口はないって』


ずっと5階にいるわけにもいかないが、果たしてどのメモを信用したものか。


『それだけじゃないの……今日、メモが増えてた』

「……誰かいるの? ビルの中に」

『分からない……でも廊下に出ると、物音がするの。正体不明な音。不安になる音が……だから、廊下に出るのも、とても怖いの……』


セラさんのいるオフィスビルは、由来のわからない音が常に響いている。音については「嫌なニュース」に寄せられたセラさんの噂にもあった。


セラさんはけして安らぐことがない。無視のできない音に常に神経をさいなまれている……。


「戸締まりはしっかりね」

『ええ、そうしてる』


セラさんはオフィスにあったハンガーをほぐし、南京錠のかかっていた掛け金を固定しているそうだ。外の音に耳を澄ましても、何がいつ通ったのかは分からないらしい。


そんな状態が数日続いている。


「じゃあセラさん。AIの力を借りようか」

『AI? 人工知能のことね』


セラさんのその返答になぜかおかしみを覚える。


「スマホもう一台あるから。これに聞かせる。貼ってあったメモの内容を話し続けて。文字の大きさとか、文字から受ける印象とか、何で書かれてるかとか全部話して。それをAIが判断して正しそうなものを選ぶ」

『そんなこと可能なの?』


さあ? 試したことはない。

だがAIは要求したことはだいたいの満足度で応えてくれる。十数年前のAI黎明期ですらそうだった。


「とりあえずやってみようよ」

『ええ、わかった。じゃあまずこのメモ。ひどいなぐり書きで、A4サイズの紙をいっぱいに使って書いてる。インクを指につけて書いたみたい……。内容はすぐ4階へ行け、6階より上には絶望しかない。次にこれは、たぶんボールペン。妙に丁寧な字、でも震えてる、恐怖に震えてるような字で……』


私は二台のスマホを重ねる。セラさんの話を聞くほうのスマホには音声の文字起こしと、内容の比較検討。矛盾している文章の排除などを命じる。


「私は別の作業してる。セラさんが眠くなるまで読み上げ続けて」


私は二台のスマホを机に置いて、食事とか入浴とか、自分のことをした。


あの金咲とかいう記者と会ってから数日。まだ何も起きてない。


週刊新柳には抗議文を送ったが反応はない。どういう会社なんだとあきれるけど、あまり何度も抗議したくもない。


考えるべきことが多いが、何から手を付けるべきか。

とりあえず引っ越しだけは完了させよう。明日、5階から運んでくるものを考えつつ、ビールを飲んで寝ることにした。


夜半。暗がりの中で目を覚ます。


身を起こす。机の上がわずかに発光している。セラさんの声も聞こえる。

今は何時だろう。彼女は何時間も読み上げ続けているのだろうか。


どこかから音が聞こえる。セラさんに繋がってるスマホからだろうか。

私はショーツとシャツだけ身につけた姿でトイレに行く。


やはり音がする。どこかで工事でもしているのか。それとも他の部屋の住人が騒いでいるのか。あるいは私の神経が過敏になっているのか。


「……?」


おかしい。確かに何か聞こえる。

がりがり、がりがり、と何かを削るような音だ。しかも、トイレに入った途端に音が大きくなった。


壁だ。背中側にあるトイレの壁から音がしている。私は立ち上がってそれに耳をつける。


金属を削るような音。木材を砕くような音。薄い金属の板を無理やり曲げるような音。


聞こえる。かなり下から。おそらくトイレの配管が壁の中にあるのだ。それが音を伝えて、壁を突き抜けて聞こえている。


何かを剥がすような音。長柄の何かで壁を殴るような音。大股で歩き回るような音。


ほぼ、真下から。


翌日。警察から電話があった。



5階にあった私の部屋が、荒らされていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 現代ホラー! 履歴書を盗んで押しかけ強盗か 今のところ超常の何かではなく現代科学技術のもたらした闇が怖い 手段を選ばないマスコミ怖い…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ