第四章・4
「見つからねえ」
僕の住んでいた家、黒日の屋敷でどかりと畳に座り、ぼやくのは金咲。
「どの家ももぬけの空ってやつだ、家具が残ってねえ家も多い」
「廃村になったのかな……」
仲良川さんも疲れ気味だ。長距離の移動に慣れていなかったようだし、呪いのこともあるだろう。
「雑草がさほど伸びてねえ。少なくとも数日前までは人がいたはずだ」
「やっぱり、みんなで旅行とか……」
言ってみるが、その可能性が薄いことは理解している。集落には高齢者も多いはずだ。全員が外出するのは考えにくい。
「もう最終のバスも出てる。今日はここで一泊すんぞ」
金咲の提案に、僕は暗鬱な気分になる。
「んだよその顔。お前の言ってたもんは無かったんだからビビる事ねえだろ」
「そう、ですけど……」
「歩いて帰るか? 途中で真っ暗になるし、駅に着く頃には電車も終わってんぞ」
「うう……」
押し入れには布団が残っていた。借りていいものか悩むが、僕たちはそれを広間に敷いて寝る。
本当は男女別室が望ましいんだろうけど、何となく、この村で一人になるのは危険という無言の同意がある。
僕も感じてる、この村に漂う不穏な気配、常識という名の崖に立つ感覚。生まれ育った村のはずなのに。
「また生き埋めが起きてんな」
金咲はネットをチェックしている。
「僕の方のスマホには……何もないですが」
「報道規制がかかってるらしいな。大きな事件でもなかなか報道されねえ。今は地方紙に流れたやつをAIにピックアップさせてる」
「本当に恐ろしいことになってるみたい……」
仲良川さんはブログの更新をしてる。こんな辺鄙な村で三人も集まって、スマホをいじるだけというのは現代的というか、何か象徴的な眺めだ。
「掲示板でもみんな怖がってる。もう適当な噂を流す余裕もないみたい」
「みたい、というのは?」
僕がそう聞くと、Tシャツ姿の仲良川さんは目を伏せる。
「私、長い文章が読めなくなってるの」
「え……?」
「文章を読むと、生き埋めって言葉が目に飛び込んできて恐ろしい、ということもあるけど」
「セラさんの呪いだね……」
「そう、でもそれだけじゃなくて、長い文章を目で追えないの。集中力が続かない」
セラさんはスマホを見せる。そこにはごく短い文章が並んでいる。
・掲示板の様子
怖がっている、噂を流す余裕もない。
・ニュースの傾向
報道規制されているが、生き埋めの事件は続いている。
「この文章って?」
「AIに要約してもらってるの。私はどんな情報が欲しいか入力して、出力されたものを2回要約にかけて、やっと読めるの」
それは……。
それは、何なのだろう?
何らかの病気とか、先天的な理由でそういう状態にある人もいると聞くけど、それとはぜんぜん違うものに思える。
「現代病ってやつだろ。週刊新柳のバイトにもいるぜ、要約されたもんじゃないと読めねえってやつ」
「そうなんですか……」
何となくセンシティブなものを感じたので、僕は違う話題を探す。
だが見つからないうちに仲良川さんが口を開いた。
「きっと、呪いの影響はきっかけなの。私はずっと昔からこうだった気がする」
「そうなの?」
「言葉って、いろんな人が使うでしょう? 美文だったり、乱雑だったり、本当だったり嘘だったり、機械的だったり感情がにじんでたり」
「そりゃまあ、そうだね」
「私は……生の文章が読めない。それは不気味で恐ろしいものに感じてしまう。言語情報を端的なものとして捉えたい。新聞で言うなら見出しだけを見たい。コガネムシは可愛くて綺麗だけど、アップで見たらグロテスクな構造が詰まってる……そんな感じ」
「……」
世間に溢れてる生の文章、それが恐ろしい。
それは呪いではなく仲良川さん自信の問題。だからAIが要約したものしか読めなくなった……。
だが聞いたところで、僕にそれをどうにかできるわけもない。沈黙を挟んで、僕にできるのは話題を変えることだけだった。
「あの、ところでこの村の状況って……集団失踪ってやつにならないかな。警察とか……」
「もう通報してるよ」
と、金咲が言う。
「ありのまま伝えたけどよ、対応した人間がのんびりした性格なのか、明日様子を見に行きますだってよ」
「そうですか……」
「最初のバスで来るとすれば朝の9時頃だろうな。それまでに見つかればいいけどよ」
「村人ですか」
「黒い餅みてえな食い物と、麻薬の畑」
金咲の言葉にぎょっとなる。そういう反応は予想済みだったのか、口をとがらせて笑う。
「そもそもソレを探しに来たんだろうが。絶対にどこかにあるって確信してるぜ。畑があるとすりゃ山の向こうだろうな。日が登ったら山に入ってみるか」
ありえない、と言うのは簡単だ。
しかし、それはあまりにも他人事というか、あまりにも傍観者が過ぎるような気もした。実際に村には異常事態が起きているのに。
「……村の人が、もしどこかに逃げたとするなら、麻薬の畑は処分したかも」
「ありえるな。だが畑の跡ぐらい残るだろう。検査試薬は持ってきたから土を調べてみるつもりだよ」
「もしかして、どこかに逃げたのかな」
仲良川さんも話に加わる。
逃げた、そうかも知れない。
この村ではひそかに麻薬が栽培されていた。何かのきっかけでそれが明るみに出そうになり、僕の両親を含めた全員が逃げた。数十人という集団なら、おそらく国外へ。
その発想は、なぜか縋りたくなる魅力があった。少なくとも村人は生きている。どこかで生き埋めになどなっていない。
「でも、そうなると残念でしたね、タッチの差で……」
「そう悪くもねえ」
金咲が喜の感情を含んで言う。
「タッチの差だった、ってことは事態の進展に追いつきつつあるってことだ」
「そう……ですかね」
事態の、進展。
僕の周りに起きたこと、社会に起きつつあること、それは連続性を持つ一連の出来事なのだろうか。
では、この事態に終わりはあるのか。
「なにか聞こえない?」
仲良川さんが身を起こす。どこか遠くを見ている。
「何が聞こえる?」
「なんだか……キーンって音……すごく甲高い音」
「ちょっと待ってろ」
金咲が自分の荷物からマイクを取り出す。それを電源装置に繋げた。マイクには透明なパラボラのようなものを装着する。
「あっちだな」
金咲の動きは早かった。するりと布団を抜け出し、縁側にあった靴を履いて外へ。
「行こう黒日くん」
仲良川さんもついていく。
「ちょ、ちょっと待って、一人にしないで」
僕の靴は玄関のほうに置いていた。大慌てで回収し、縁側から出ていく。
だが奥賜村のどこかへ移動するわけではなかった。建物をぐるりと回り込んで裏手へ。
そこは空地になっている。大型トラックが2台ほど停められそうな広さ。雑草はまったくなく、学校の運動場のように開けている。
「黒日くん、この音わかる?」
「うん……かろうじて聞こえる、モスキート音かな」
「あたしには聞こえねえな、マイクの方は波形が出てるけどよ」
モスキート音とは17000ヘルツ前後の高周波音のことだ。周波数が高くなるほど人間には聞こえにくくなり、特に高齢者ほど聞こえにくい。
金咲より僕達のほうがわずかに若い。その差が出たのか。
「あそこに機械がありますね」
地面に突き刺すタイプのスピーカーである。昼間に太陽光で電力を蓄え、夜半はセンサーにて稼働し、高周波を響かせる。今は僕たちに反応している。
用途としては動物避けだ。カラスがゴミを漁らないように、猫が家の中に入らないように使ったりする。
「ただの動物避けですよ」
「……いや、この音」
金咲は地面に耳を当てる。土で汚れるのにも構わず。
「何か聞こえる……」
「……?」
僕もそれに習う。耳を直接つけるのはためらわれたが、ともかく頭を低くして音を聞こうと。
声が。
大勢の話し声のような。貝殻を耳に当てた時の風の音のような。何かの巣穴から響く鳴き声のような……。
「誰かが地下にいる」
「まさか……」
いや、あり得なくはないのか?
この村に人がいないのは、地下にいるから。
……地下にいるという表現は適切なのだろうか。その状態は、まるで……。
「二人とも、ここ」
仲良川さんが庭の一角にいる。やはり地面にかがみ込んで、手で砂をどけている。
現れるのはマンホールだ。
「地下への入り口みたい、でも……」
埋められている。
蝶番の部分が、手を掛ける取っ手の部分が、マンホールそれ自体とは違う金属で埋められている。
「これ……ち、地下に人がいたら出てこれなくなるんじゃ」
「生き埋めにしたってことだろ。今さら驚かねえよ。開けるぞ」
金咲の袖から2枚の金属板が突き出している。まるでプラグのお化けのようだ。電源コードがシャツの裾から出て、腰の電源装置に繋がっている。
「な、何ですかそれ」
「万能アームだよ。強烈なギア比をかけて万力みてえな力を出せる。ドアをこじ開けられるし、車のタイヤを破裂させんのも簡単だ」
マンホールの隙間に2枚の金属板を差し込み、腰の機械が電気を流し込む。
すると、ピタリと合わさっていた金属板が開き出す。隙間が徐々に開き、ごん、ごんという石が砕ける音がする。
マンホールはさすがに変形しない。だがハマっていたコンクリートの円筒は力に耐えかねている。凄まじい力で押し広げるうちに外枠が砕け、接着されていた部分とマンホールが分かれる。
どごん、一際大きな音がして、マンホールの蓋が浮き上がる。金咲は浮いたそれを脚でどける。
「よし、降り―ー」
金咲は周囲を見る。
僕も気付いた。溶剤の匂いだ。甘い匂い……これはエーテル臭というのだったか。
「何の臭いだ?」
「マンホールの中から……じゃないよね? 黒日くん、何か持ってるの?」
「持ってるわけないよ。何だろうな。ちょっとだけ風もあるし、どこかから漂ってきて」
足から力が抜ける。
「……!」
突然全身の筋肉から力が抜けて、目を見開いたまま細かく痙攣する。視界が極端に狭くなり、心音はこれ以上ないほど早くなっている。
他の二人も同じだ。なすすべもなく地面に倒れ、金咲は唸り声を上げようとしているが、息の音が漏れるだけだ。
これは、クロロホルム? いや、クロロホルムで人間を気絶させるのは簡単ではないと聞いたことがある。何かしらの毒ガス。おそらく風に乗せて、かなり危険なものを。
それ以上は思考できない。僕の意識は土に吸い込まれて散逸した。
※
腕の痛み。
雷鳴のような一瞬の頭痛。
「がっ……!」
息をする。肺が一気に膨らむ。何分も息を止めていたかのようだ。全身が汗で濡れている。
僕は身を起こす。ここは。道路沿いのバス停留所。村に来た時にここで降りた場所。
腕を見ると注射痕がある。何らかの薬物を注射されたのか。頭の中に氷のような風が吹いており、意識が急速に鮮明になる。
夜風に身を震わせる。まとまらなかった思考が徐々に焦点を結ぶ。
かすかな月明かり、周囲には誰もいない。耳が痛くなるほどの夜の静寂。
スマホはポケットに入っていた。取り出してライトで照らすが誰もいない。水田には月が映り、反対側には奥賜村へ通じる細道。
「誰かに……ここまで運ばれた」
僕だけが。
スマホを見ると20分も経っていない。さっきの麻酔のようなガスの影響が薄れているのは、そのガスに拮抗する薬を注射されたからか。
二人はどうなった。仲良川さんと金咲は。
なぜ僕だけをここへ。なぜ二人を返してくれない。
この村には何があるんだ。
そして、僕はどうすれば……。




