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イキウメニサレテイマス  作者: MUMU
第四章 ミノムシ
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第四章・3



「警察官が……」

「読むぞ。解体中のビルの地下から警察官のものと思しき遺体が発見された。遺体は損傷が激しく身元は分かっていない。数日前に付近の交番に勤務していた最中に行方不明になった沼弟誠二巡査部長(25)との関連性を慎重に操作している……か」


地下から発見されるという意味深な状況に加え、25という若さである。もし殺人なら大変なことだ。


「本来なら大ニュースなんだろーけど、今こういう事件めちゃくちゃ増えてっからなあ」

「警察の人……そういえばストーカーのこと調べてくれるって言ってた件どうなったのかな」


仲良川さんが戻ってきた。ベッドにぼすんと座る。


背水底せみてってやつが完全黙秘してるらしいから、まだ解決してねえんじゃねえか」

「あれから事情も聞きに来ないの。連絡くれるって約束があったわけじゃないけど……」


ストーカー被害というのは初耳だった。聞く所によると背水底店長が仲良川さんの以前住んでた部屋を荒らし、夜間の駅ビルで襲ってきたのだという。


「店長が……薬物を? それで仲良川さんに露見したと思って襲ってきた?」


突飛な話である。というより、どこか思考の連結を欠いている気がする。ネジが飛んでいるというか、メーターが振り切っている感じが。


「いよいよ異常だな、お前らんとこの店」

「もう閉店してますから……」


チェーン店だから倒産というわけでもないけど、営業再開は二度とない気がする。そのぐらい全てが壊れてしまった。


背水底せみての薬物については色々わかってきたぜ」


ぱさ、と床に放り投げられる。それはビニールの小袋に封じられた粉末。


「ちょ、ちょっと、それまさか本物」

「うちの編集部のツテを使って大学で調べてもらった。ヘロインだ。だが妙な部分がある」

「妙な部分?」

「麻薬にはその製造法や原産地が指紋みてえに刻まれる。だがこれは過去の記録にあるものとは違う。もしかしたら国産かもしれないって話だ」

「ちょっと待ってください。いくら雑誌の編集部でもそんなツテあるわけが」


がん、と膝のあたりを蹴られた。話の腰を折られて怒ったらしい。


「出版社なめんなよ。うちは元々はお硬い文芸誌だったとかで、四方八方にコネがあるんだよ」

「ヘロインなんて所持してるだけで犯罪でしょ……いいんですか」

「うちの編集長が反骨精神あるやつでよ。徹底的に調べろって専任取材をおおせつかった。まあ元々、あたしの事件を追わせてくれるって約束で就職したからな」

「どんな雑誌なんですか……」


というか金咲を見てて記者と思える瞬間が一度もない。粗野でがさつで……。


「あんだよ」

「いえ別に」


それにしても麻薬か。話が思わぬ方向に進んできた。


「ちょっと整理させてください。その麻薬と、櫟セラの件は関係するんですか」

「一見すると何も関係ねえ。だけど何か臭う。掘っていけばどこかで繋がるかも知れねえ」

「……」

「まあ調査は続けてるが、今はお前だな」

「僕ですか?」

「お前はまた櫟セラに繋がった。彼女は新しい個体になってるみてえだった。前の個体はたぶん死んだんだろう。なぜ呪いの影響が出てねえのかは置いといて、これからどうする」

「もうアクセスしないほうがいいよ」


仲良川さんが言う。


「何かの偶然か、運が良かったかで呪われなかったんだよ。もう櫟セラに関わらないほうがいい」

「自分が呪われなきゃいいって問題でもねえだろ。すでに何人死んでるかも分からねえ」

「黒日くんは怖がってる、これ以上はさせられない」


仲良川さんが庇ってくれてる。それを有り難く思う。

だが……仲良川さんが呪いに侵されてるのも確かなのだ。異常な勢いで増えてるという生き埋め事件も、いつ僕自身の問題にならないとも限らないし……。


「恐怖なんか克服できるもんだろ。俺だって地下に埋められた時は発狂しそうになったけどな、1週間もすれば慣れてたぞ」


なあ、と僕に水を向ける。


「どうしても無理か?」

「……本音を言うと、無理だと思ってます」


吊られた死体。それは恐ろしいものかも知れない。

でもネット上で大量の情報にアクセスできるようになった昨今。目が腐るようなグロテスクな画像、悪趣味な動画、正気とは思えない怪文書などいくらでも転がってる。僕だって見たことがない訳ではない。


「何がそんなに怖いんだ?」

「あれが、僕の家にもあったからです」


静寂。


大きなエイが、部屋の中央を通り過ぎたような感覚。


「……は?」

「僕の家はとても広いお屋敷で、奥の間に囲炉裏があって、その上に死体が吊られていたんです」


金咲が、珍獣を見るような目で僕を見る。

そんな困惑は数秒だった。目が座ったまま立て膝になって、僕に話の先を促す。


「詳しく聞かせろ」

「それは針金のようなもので吊られていました。足を折り曲げて、腕の先はぷらぷら揺れていて、あぐらをかいた人を逆さにしたような姿でした。母はその囲炉裏で火を焚いて煮炊きをしていました。鍋だったり魚を焼いたり、僕は5歳ぐらいで、両親はその死体について何も言わなかった。死体は黒ずむというより黄土色になって、ぎしりぎしりと梁をきしませていた。それを思い出すと恐ろしくなるんです」


僕は子供の頃に親戚に引き取られたこと、両親は無味乾燥で感情の見えない人物だったことなどを話した。


吊られた死体。なぜそんなものがあったのか説明できない。


おそらく、その死体は何らかの娯楽だったのだ。


両親は吊られた死体を見て笑うともなく笑い、楽しむこともなく楽しむ、純黒なる異常者だったのだ。


その狂気に触れることが恐ろしい。両親を理解しようとすることが恐ろしい。


完全に理解できたなら、僕の心もまた狂気に染まるのではないか。


櫟セラの世界で、死体は檻のような鉄柵の向こうにあった。

あれはまるで僕の心象世界のようだ。いつも心の中心にあって、鉄柵で境界線を敷いている。


そして僕は死体を直視できない。死体が人格の中心にあると分かっていながら、目を背け続けるしかない、それが僕なんだ。


「両親がサイコパスだったって言うのか」

「そうとしか考えられません」


金咲が僕を見る。

値踏みするような、真贋を確かめるかのような。あるいは警戒、猜疑、困惑の入り混じった剣呑な気配が。


「おい黒日。一つ聞くぞ」


金咲の目が凶悪な光を帯びている。彼女に名前で呼ばれたのは初めてだ。


「な、何ですか」

「お前が田舎にいたとき、妙なものを食べることはなかったか。あるいは誰かが食べてるのを見たか」

「妙な……というと」

「引っ越してからは食べたこともなければ、見たこともねえ食いもんだよ。変わった料理でも何でもいい」


言われて僕は考える。変わったものと言われてもほんの5、6歳までのことだ。毎日何を食べてたかなんて覚えていない。都会に出てきてからの目まぐるしい日々の記憶に埋め尽くされて。


「あ、そういえば」


一つ思い出す。あれは変わっていたかも知れない。


「両親がよく食べていました。何かは分かりませんが、つるつるしてて、黒い餅みたいな形で、かじる音はさくさくしていて……」





3時間後、僕は電車に乗っていた。


「も、もう思い出せません」

「ちっ、ほとんど何も知らねえじゃねえか役立たずが」


切符を手配してタクシーで駅へ、新幹線に乗って北上、さらにローカル線に乗り変えてしばし。


その間ずっと質問詰めである。どんな村だったか、産業は、歴史は、祭事は、気候は、村人はどんな会話をしていたか。


といっても僕が答えられることなど高が知れている。僕を連れ出した育ての親は遠い土地に住んでいるが、それは金咲が別の人間を手配して取材させるという。


「だからケシの花とか育ててなかったか。そこ重要なんだよ。紅色の花にギザギザの葉をつけるやつだよ」

「ちょ、ちょっと、他のお客さんが」

「金咲さん、麻薬と黒日くんの故郷が繋がってるって言うの」


仲良川さんはパンツスタイルにカーキ色のジャケットを羽織った格好。頭には植木鉢のようなバケットハットを被っている。


僕はと言うと黒のジーンズに黒系統のシャツ。別に黒が好きなわけじゃなくて、たまたま着ていただけで、汚れが目立ちにくいし割と色々なシチュエーションに合うし別に他意はないしサイズ合ってるしかっこいいと思うし。


駅を降りて、さらに1日に4本しかないバスに乗り換えて村の方角へ。


「何度も言いますけど……普通の村でしたよ。別に変わったとこなんて」

「それはこっちで決める。つーかお前だろ、家が異常だって言ってたのは」

「……次の停留所で降りましょう」


奥賜おくたま村。


そう書かれた木札が街道筋にあり、車がかろうじて通れるほどの細い道が分岐している。僕達はそこを歩く。


「事前に調べといた。奥賜おくたま村は人口68人。人口の7割が65歳以上のいわゆる限界集落だ。昔は林業や椎茸の栽培が産業だったらしいが、今はきわめて小規模になって、細々とやってるらしい」


森を抜け、丘の上から村を見下ろす。


山裾に張り付く苔のように家が散らばっている。いくらかの畑と作業用の小屋。木製の電柱。

少し都会から離れた村だけど、電気もあるしテレビの電波も来ている。Wi-Fiだってあるだろう。


だが、何だろう。この感覚。


懐かしいという気持ちとは違う。僕はこの村を知って・・・いる・・。あまりにも色濃く覚えている。


十数年ぶりに戻ってきたのに、昨日のことのように思い出せる。この村の家の並び、木々の様子、稜線の形。


あの家。


「よし行くか。いちおう注意しとけ、村人に会っても笑顔だぞ」


金咲は先頭を歩く。この人に愛想笑いなんて可能なんだろうか。


村には人の姿が見えない。やや曲がっている道を、カエルをまたぎ越えながら進む。


思い出せる。あの家に住んでいたのは偏屈そうなお爺さん。あの家には60歳ほどの女性とその母親である人が。あそこは村の集会所で、無医村だったこの村には巡回のお医者さんが……。


「人がいねえ」


金咲が足を止める。


「畑にも人が出てねえ。土の道なのに車のわだちがまったくねえ、なんでだ?」

「……村の寄合いで旅行にでも行ってるのかも」

「お前の家はどこだよ」

「あれです」


指差す。立派な門構えのある屋敷。かつては近在の村にまで知られた豪農だったらしいが。


だが、その屋敷は。


「何もねえな」


この村では玄関に鍵などかけない。呼びかけても返事がないので上がらせてもらったが、どの部屋にも家具が一つもない。


仲良川さんは畳の感触をつま先で確かめる。日に焼けた部分があるから、確かにここに箪笥たんすか何かあったのだろう。


「引っ越したのかなあ」

「そうなのかな……親戚に引き取られてから、前の両親のことはまったく知らされてなくて」


「おい、奥の囲炉裏ってのはどこだよ」


金咲が呼んでいる。広い屋敷なのですぐには見つからないのか。


「こっちですよ」


僕の声に従ってどたどたと足音が来る。僕は紐で引っ張るように足音を誘導、奥の部屋へ。


八畳ほどの小さな部屋に至る。


「あれ……ここに囲炉裏があったはず」

「畳を剥がすぞ」


金咲はバールを畳の目地にねじこみ、強引にひっくり返す。もうもうとホコリが舞った。


「ちょ、ちょっと、空き家といっても人の家……」

「ねえぞ」


確かに。畳の下は板張りになっている。良い香りのする杉材の床板だ。地面との高さから考えて、この板の下にさらに囲炉裏があるとは考えにくい。


「おかしいな。たしかにこの部屋だと思うんですけど」

「ああ、この部屋で間違いない」


金咲は壁を見渡す。


「他の部屋に比べて壁が黒ずんでる。長年、囲炉裏の煙にいぶされてたからだ。天井板もほんの数年前に張られたもんだ。昔は茅葺きの屋根が見えてたんだろう」


そういえば昔はもっと天井が高かった。子供の頃と違って今は天井板があるのか。ふだんは天井のある家が当たり前だから失念していた。


仲良川さんがスマホで写真を撮りつつ尋ねる。


「つまり……囲炉裏は潰して床板を張ったってこと?」

「そうらしいな。だがそんなことをする意味が分からねえ。料理に囲炉裏を使わなくなったとしても、わざわざ潰すことねえと思うが」


……囲炉裏があったことを隠したかった?


そうかも知れない。両親は真性のサイコパスだったのだ。死体を吊るして煙でいぶし、それを見ながら生活するほどだ。


それが何らかの理由で露見しかけた。両親は死体を隠すと同時に、囲炉裏も隠そうとしたのか。犯罪の証拠が残っている可能性があるから……。


「じゃ、じゃあそろそろ帰ろうか」

「あ?」


ぎろり、と金咲が睨む。


「こんなんで帰れるかよ。だいたいまだ村のやつに話も聞けてねえだろ」

「うう……じゃあ、近所に誰かいないか探そうか」


だが数時間後。僕たちは疲れ切ってこの家に戻ってきた。


どの民家にも、寄合所にも、山の中腹にある古いお寺にまでも。



ついに一人も、人間を見つけられなかったから。


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