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イキウメニサレテイマス  作者: MUMU
第三章 ドジョウ
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第三章・6



「誰だ」

「沼弟さん、まずいことになった、すぐ来れるか」

「分かった」


「ちょっと出てくる」

「え、どちらへ?」


うまい言い訳が出てこない。署から呼び出しなら迎えが来るはずだし、管轄区域でのトラブルなら巡査を派遣すべきだ。


「個人的な用事だ、申し訳ないがしばらく頼む」

「はあ」


高校球児のような巡査はぼんやりとした顔で見送る。

頭が働いていない。体調でも悪いのかと思ったが、発熱してる気配はない。例えるなら坂道の上に立つかのように、気を張っていなければ意識がどこかに転げ落ちそうな気がする。


鮎島は場所をメッセージで指定する。駅前でビルの取り壊し工事が行われていたが、その工事現場だ。


幕で覆われているが工事の音などは無い。俺は作業員用の入り口から中に入る。


「沼弟さん、来たか」


鮎島がいる。現場作業員のようなツナギを着て、同じような格好の若い衆を背後に従えている。鮎島の組織は土建屋の側面もある。


「ついてきてくれ」


現場にはまだ柱の一本も立ってなければ、基礎も作られてない。ただの更地だ。建て直す前のビルを解体する工事が終わったところだという。


重機を使ってすべての基礎や鉄骨を掘り起こしている。敷地には遺跡の発掘現場のような大穴が空いていた。俺は鮎島の案内で穴の底に降り。


その中央に。


石の板が。


「これは何だ」

「どうやら箱らしい。コンクリートで作られた石の箱だ。面積は20×20メートル。埋まっているから深さは分からない。基礎のさらに下にあったんだ」


俺が思い出したのは地下道図だ。交番の管轄区域については裏路地も、地下道もすべて頭に入っている。今いる高さは地下3階より深く、他の地下道や地下鉄とは結びついていない。


「これは何の設備なんだ」

「分からない。蓋はコンクリートで固められてるし、この重量じゃ大型クレーンでも蓋を開けるのは厳しそうだ。唯一、天板部分に円形の穴が開けられてマンホールが取り付けられてる」


なるほど。天板は土が取り除かれており、中央にマンホールらしきものがある。錆びついてて開けられそうにもない。無理矢理開けるなら溶断するしかないだろう。


「このビルは戦後すぐからずっとうちの組織が持ってる。こんな地下施設があるなんて記録になかった」

「で、何がまずいんだ」

「今日、役人が検査に来る。前のビルの残土を取り払ったことの確認だ。機械を使って地中も調べる」


つまり、この石棺の存在は隠しようがない。


「内部に何があるか分かってるのか」

「建設前のビルの地下に作った設備だ、およそ想像がつく。だから困っている」


なるほどな。


この箱は鮎島の組織の負の歴史。人知れず多くの人間を葬ってきたゴミ箱の可能性があるのか。


「……」


いや、待て。


そんな単純な話なのか?


これだけの設備を何のために作った?


人間を捨てるため? いくらなんでも大きすぎる。この大きさなら何人を放り込めると言うんだ。だいたい、箱など用意せずに土にそのまま埋めればいいではないか。


「何か対応を考えないと……沼弟さん。いい考えはないか」

「人間を捨てた箱だという証拠はないだろう。一種の遺跡とか、戦時中の防空壕、あるいは核シェルターなんて可能性もある」


鮎島は、その可能性は考えてなかったという風に目を見開く。


「そうだな……確認してみよう。沼弟さんも見てくれるか」

「分かった」


すでに鮎島の部下がマンホールを開こうとしている。アセチレンバーナーの青い炎が輝き、錆びて石に食い込んでる部分を焼き切る。


「内部で」


俺はやはり頭が回っていない。とりとめのない言葉が勝手に浮かんでくる。


「生きてる可能性はないのか、誰かが」


鮎島はぎょっとして俺を見る。


「何を言い出すんだ……」

「いや、何でもない」


がば、と若い衆が二人がかりで蓋を上げる。俺はマンホールに近づく。


内部は漆黒。かなり深いように思える。ハシゴもタラップもないただの穴だ。水が溜まってるようには見えない。すえたような臭気がわずかに感じられる。


「誰か、タバコに火をつけて穴に投げ込め」


俺の言葉を受けて誰かがタバコを投げ込む。赤い輝点が5メートルほど下まで落ちた。

火は消えない。ゆっくりと燃焼している様子が見える。酸素はあるのか。わずかな光の中で見るかぎり、人骨が散らばってるだとか、血で汚れているなんて気配はないが。


俺が内部をよく見ようと、穴を覗き込んだ瞬間。


背中に衝撃が。


穴の輪郭が俺を横切る。怪物に食われるような感覚。体感時間で数秒にも思われる自由落下。俺は全身をしたたかに打ちつける。


「ぐっ……」


痛みですぐには立てない。体を反転させて地上を見れば、不思議そうな顔の鮎島が見えた。感情が抜き取られたかのようにぽかんとしている。


「俺を埋める気か」

「ああ、いや……」


鮎島は戸惑っている。位置から考えて突き飛ばしたのは鮎島だ。部下の暴走ではない。何かの間違いとも思えない。


だが、今このタイミングで俺を埋めるのはいくらなんでもまずいと分かるはず。砂田と違って遺書を残した覚えもない。警察官が勤務中に消えるなどただ事ではないし、工事現場の周辺にいたことは大勢が目撃しているだろう。


「なぜだろうな。つい押しちまった。だがまあ、これで良かったような気がしてるよ」

「俺を埋めたって解決しないと言ったはずだ。お前はそんなに安易な選択をする人間だったか」

「そうだな。俺は安易で単純で愚かしい人間だよ。だからこんな稼業やってんのさ。この数ヶ月で何人を埋めてきたか、もう数えることもできない。穴の底に滑り落ちていくみたいだ。そのうち俺も埋まるだろう。取り返しがつかないってんなら、それはずっと以前からさ」


鮎島は己の行動を説明しようとしている。

だが、わからないのだろう。鮎島にもわからないのだ。


「おかしいよな。なんで俺はこんなに埋めまくってんだ? なぜこんなに埋めるべき人間が多い? 一つ一つは必然だと思えるのに、数だけが異常なんだ。何が起きてるんだ? 俺が狂ってないなら、社会ってやつがおかしくなってるのか?」


それは、呪いだろうか。


「……沼弟さん。悪いがそういうことだ。あんたは端的に言えば異常者で、本来は警察なんか務まる人間じゃないんだよ。だが優秀すぎるから何とかなっていたんだ。いずれは砂田以上に頼れる存在になったかもしれんが、それは言ってみれば怪物なんだ。俺たちが頼るのはつまりはボンクラがいいんだ。対等な相棒でもなけりゃ悪に理解のある善人なんかでもない。深く考えてないやつがいいんだよ。ああ、きっとそういうことだな」


鮎島は取ってつけたようなことを言う。言葉に出してみると何となく成立した気がしたのか、部下にマンホールを閉じさせようとする。


「こんな場所に落としてもすぐには死なんぞ」

「とりあえず土をかぶせて隠すさ。役人の検査については日を改めてもらうよ。あんたが窒息死するまでには処理の方法を考える」


蓋が閉ざされる。だが鮎島はやはり混乱してるのだろう。俺がスマホを持っていることを忘れているのか。


懐からスマホを取り出す。だが電波が入らない。ネットにも繋がらないようだ。


それは奇妙だ。石の棺といっても天蓋部の厚みは十センチもなかったはず。なぜ電波が入らない?


スマホのライトで照らす。


それは、鍾乳洞のような眺め。


床には膝の高さで石の彫刻がずらりと並び、天井からも無数に垂れ下がっている。かろうじて人が一人、歩ける程度の隙間が空いている。


「石像……? いや、仏像か?」


連想するのは無響室だ。部屋の六面を錐体で埋め尽くすことで乱反射を起こし、電波を遮断する部屋。


この石室はそれと同じ形状になっている。だから電波が届かないのか。


だが、それだけだろうか。この異様な眺め。


ここはひどく閉ざされた場所に思える。外部から隔絶されてるような。俺の知る常識とはかけ離れた世界に迷い込んだような。


「ここにあったビルは戦後すぐに建てられたと言ってたな。少なくとも70年以上は前のものか……」


よく見れば天井に張り付いた仏像は漆喰のようなもので接着されている。床と天井を合わせて、少なくとも500体以上ある。


俺は部屋の中央に座り込む。


ライトを消すと真の闇が降りた。音もなく、光もなく、電波すら希薄な空間。暗闇の中で自分のカタチを見失いそうになる。


この空間は何なのだろう。仏像は手彫りのように感じられた。誰かがここで仏像を彫っていたのか。置き場所がなくなれば、漆喰で天井に貼り付けてまで彫り続けた。


「仏像……」


臥空がくう


あの僧侶が何か関係しているのか?


臥空が砂田次長の相談役だったこととも関連が?


この空間はまるで何かの修行場のようだ。誰かの強烈な信仰心、あるいは狂気と紙一重の執着を感じる。


そういえば、仏像はどれもススを浴びた形跡が無かった気がする。電気を通していたとも思えない。ここで仏像を彫った人物は、光源すら無い状態で彫り続けたのではないか? 


闇の中で、手探りで石材に向き合い、ノミと槌を振るうさまを想像する。それは俺の人間観を超越した何かだ。


もう一度、石像を確認しようとする。


床に置いたスマホを手で探る。


「……」


ざり、と石を手のひらが撫でる音。林立する仏像に触れる。彫りは深く石の粒子は粗い、ざらざらとした感触の中に目鼻立ちを感じる。


見つからない。


わずかに這い回っただけで、己がどこにいるか分からなくなる。空間はとてつもなく広く感じて、あらゆる音は吸い込まれて反響することがない。


俺は死ぬのだろうか。


この暗闇の中では命の火は風前の灯、あまりにも脆弱な自己を感じる。命そのものが剥き出しにされたような恐ろしさ。


そうだ、恐ろしい。


暗所、閉所、無音、それが俺の魂を削る。


俺はまだ自覚できていない。恐怖としっかりと目を合わせれば、その時に俺の精神は止めどない深みに落ちていくだろう。


耳がきいんとなるほどの静寂、立ち上がろうとしたが、天井の仏像に頭がぶつかる。ここでは立てる場所はわずかしかなく、それはもう見つけられない。


手が何かに触れる。


卵のような丸い物体。表面がすべすべしており、硬い。


「これは」


強く握ると表面が砕けて、かき餅のような質感が手に残る。指を舐めてみるとわずかな塩味と、食べ物の気配が。


黒餅こくへい


まさにそれだと理解できる。おそらくこれは闇のように真っ黒な物体。数十年もこの場所にあるはずなのに腐っていない。表面を覆うつるつるした層が腐敗を妨げているのか。


奇妙な繋がり。


俺の見てきたこと、街に流れる噂、過去の事件と現在の事件、それが奇妙に絡み合っている。


惜しむらくは、おそらくその全てを見届けるのは俺ではないということだ。




がら。




音が。


幻聴とも思えるかすかな音。羽虫一匹すらいそうにないこの暗闇の中で、石がわずかに動くような音。


「櫟セラか」


俺は呼ばわる。声がまったく反響しない。闇の奥に吸い込まれて戻ってこない。闇の他には何もない。


「俺に復讐しに来たのか」



――ああ、私



聞こえる。


音声ではないが、確かに聞こえると感じる。櫟セラが闇の奥にいる。


「お前は何なんだ。過去の生き埋め事件の被害者というだけじゃない。お前は変化を繰り返し、どこぞの僧侶の言葉によれば深みを増している」



――ああ、恐ろしい。



恐ろしい。


それは何に対して言ったのか。自分自身だろうか。


「お前は何になろうとしている」



――わからない。


――ああ、どうか。



俺は櫟セラの呪いを受けた。逃げられないことは分かっていた。

だから仕掛けを打った。俺の思惑が正しければ。



――ああ、私


――呪われ、て



音が、一気に増える。


何かを探すように床を這い回る音、爪が石をかきむしる音、あるいは誰かを押さえつけようと力を込める気配。


櫟セラに、大量の音が群がっている。無数の腕が彼女に絡みつき、奇妙な虫のようになった姿を幻視する。


「……」


櫟セラは、あの空間で多くの悲鳴を浴びた。


彼女が歩き続けることで石室が下降し、溶岩の海に落ちていった。


無数の犠牲が呪いとなり、櫟セラを襲っている。


そうだ、櫟セラは、セラ・・自身・・すらも・・・呪う。


音は遠ざかる。どこか遠くへと。櫟セラを多くの腕が捕まえて、闇の奥へと引きずり込んでいる。果てしない深みへと。


「……」


音は遠ざかり、消える。


俺は呪いを回避した。


方法は分かった。櫟セラを助けるのではなく、櫟セラ自身に呪いを浴びせること。


鼻先に風を感じる。汗ばんでいた体にわずかな涼味。空気の流れがあるのだ。


俺は這って動く。虚無にも似た広さはもはや感じない。中腰になって石像を崩さぬように進めば、穴が。


石室の隅に穴が空いている。手を這わせれば石の階段である。狭い空間を急な階段が降りている。


「……」


俺は、この穴を降りるべきだろうか。


よしてくれ。


ここからさらに深みへ降りるのは、人間の精神では耐えられない。


鮎島に突き落とされた時点で、俺もあいつも命運は尽きているんだ。今さら何か別の物語に放り込むのはやめてくれ。


俺は櫟セラの呪いを回避した。それで十分だろう。


俺は石室の中央あたりに戻ると、卵にも似た物体を探す。いくつか見つかった。


俺はそれを食べる。塩気の他にほとんど味を感じない。乾燥しきっているから喉が渇きそうだ。一口だけにしておくか。


俺は石像の隙間に寝転がる。


今だけは、すべての気苦労を忘れられる。




人生でかつてなかったほど、安らかに眠れる気がした。


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