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イキウメニサレテイマス  作者: MUMU
第三章 ドジョウ
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第三章・4



くぬぎセラは暗色の部屋にいる。コンクリートがむき出しで、床と言わず壁と言わず赤黒いまだらで覆われた部屋。石巨人の臓物のような。無数の血を吸った拷問部屋のような眺め。それは比喩ではないかもしれない。


「こちらが見えているのか?」

「いいえ、でも分かるの。あなたは私と話したことがある人」

沼弟ぬまてあつしだ。前に会っている」

「そう。何となく分かる。私は何千回めかの私だから」


どうやら以前に会った櫟セラとは別の個体、だが記憶や情報を受け継いでいるようだ。ゲームの二周目のように。


足音が聞こえた。


「またあとで連絡する」


俺はスマホをスリープにして、あらためて穴に土をかける。鮎島が戻ってくる。


「すまない、待たせたな」

「いいや、疲れてきたから一休みしてたところだ」


二人で土をかけていく。男二人でもたっぷり一時間かかる作業だった。


「しばらくは後始末に追われそうだな」

「ああ、沼弟さんも気をつけといてくれ。警察内部での動きも逐一教えてほしい」


スコップの泥を丁寧に落とし、服も何度もはたいてから車に向かう。

俺は今後のことを考えていた。だいたいのことは鮎島から指示があるだろうが、俺の方でも調べておかねばなるまい。砂田がどのぐらいの報酬を受けて何をやっていたのか。それを俺がどのぐらい引き継げるのか。


「なあ沼弟さん」

「なんだ」


「スマホを見せてくれないか」


俺はうろんげに振り返る。後ろにいた鮎島は何とも言えぬアルカイックな笑いを浮かべている。


「好きにしろ」


俺はスマホのロックを解除して放り投げる。鮎島は写真の保存場所をチェックして、すぐに戻す。


「すまない、疑うつもりはないんだ。ただ万が一、砂田の写真でも撮ってたらと心配になってな」

「違うぞ鮎島」


俺は銃を抜き、鮎島の脳天に突きつける。オートマチック拳銃の冷たい金属光沢。夜露に濡れるかのようだ。


「俺がもし砂田を撮影したなら、データをすぐに転送してスマホ本体からは削除しておく。俺がその程度のことも思いつかない間抜けだと思うのか? だいたい写真なんか必要ない。俺は砂田を埋めた場所を知ってる。全てをぶち壊すためにはその情報だけで十分だ。そして俺を埋めたって安全とはならない。安全圏なんか最初から存在しない。砂田が生きていた頃から、それよりもずっと以前からな」

「……落ち着けよ沼弟さん、疑ったことは謝る」

「すべてにおいて盤石なんてあり得ない。悪党なんてもんは常に監獄の塀の上を歩くもんだ。足を滑らせても必ず塀の外に落ちる、必要なのはそういう技術だ」

「分かってるさ、分かってるよ沼弟さん。その銃を下ろしてくれ。冗談で済まなくなる」

「これまでに何人埋めてきた。それだけのことをして、心安らかな日が来ると思っているのか。スリルと一生付き合っていく覚悟がないなら今すぐ舞台を降りるべきだな」

「分かってるさ沼弟さん。あんたと俺は同類だ。ずっと危ない橋を渡り続ける人種。それしか生き方を知らない。だから憎み合うのは止めようじゃないか。互いに命綱にもなれるはずだ」

「そうだな」


俺は銃を下ろすが、引き金にかけた指はまだ外さない。


「先に帰ってくれ。俺は歩いて帰るよ」

「……今日のことは済まなかった。また連絡する」


鮎島は実にゆっくりとした動きで車に乗り込むと、ホイルスピンを効かせて弾かれたように道路に出る。運転席の鮎島が一瞬、こちらを見たような気もしたが、そのまま遠ざかっていった。


客観的に見て、俺と鮎島が対等とはとても言えない。警視である砂田と違ってこちらは巡査部長だ。本格的に裏の手伝いができるようになるのも数年後だろう。だから胆力ぐらいは対等にしておく必要があった。


さて、海沿いのドライブコース、タクシーを呼ぶのは控えるべきだろう。運転手が不信感を持たないとも限らない。

最寄りの駅までは15キロってところか。うちの警察寮の門限は22時だが、念のために外泊申請を出しておいて正解だった。


歩いて3時間。明日の出勤は少しきつそうだ。俺はポケットに手を突っ込んで歩き出す。


海沿いには少し車通りがあるので、すぐに道を外れて峠越えの山道へ。ナビで道を一度だけ確認する。やはり3時間弱か。


俺はフォルダの画像から短冊を呼び出し、QRコードを読み込む。画面は暗転。櫟セラが現れる。


「忙しそうね」

「ああ、貧乏人なもんでね」

「ここを出たいの、協力してくれる?」

「お安い御用だ」 


櫟セラは部屋を出る。その場所は以前と変わらない。果てしなく広い地下空間。下方から溶岩の光が照らし、無数の立方体の部屋が吊られている。


「すべて部屋なんだな、それが鎖で吊られて、上空で滑車に繋がっているわけか」


夜の底を歩く。道は両脇を雑木林に挟まれ、やたらと小枝や葉が落ちている隘路になる。

スマホの他には光源もなく、ぼんやりと濃淡だけが感じられる視界で歩く。無闇にペースを上げずぬように気をつける。


「どこに向かえばいいのかしら……それとも、他に誰かいるのかしら」

「そこが地下だとすれば、上に向かうべきだろうな」


互いの声の他には何の音もない。羽虫すら死に絶えたかのように命の気配がなく、錆が降り積もる寂れた工場や、内部を墨が満たすような真っ黒なビニールハウスの横を歩く。


「鎖を登るのはとても無理ね……」

「部屋は上下するみたいだな。たぶんシーソーになってるんだろう。何とかしてそれを利用できれば」


俺は考える。噂が部分的にでも正しいなら、櫟セラを脱出させたとしても無駄なのだ。彼女は死にしか到達しない。このサバイブはそういうふうに出来ている。そして俺は呪われる。


では、俺に降りかかるであろう呪いを回避するには。


「なあ櫟セラ、さっきの部屋には水のポリタンクがあったが、食料は大丈夫なのか」


その方法はだいたい・・・・えている・・・・


櫟セラは石の上を歩いていたが、俺の言葉に足を止める。


「ごめんなさい、何を食べてるかは話したくないの」

「なぜだ?」

「言いたくないの。別に禁忌タブーに触れるものとか、汚物を食べてるわけじゃないの。言いたくないだけ」

「分かった、それはいい。じゃあ少し話でもするか」

「話……そうね、寂しさが紛れそう」


俺は櫟セラと長い長い話をする。

櫟セラは過去のことをあまり覚えていない。自分はS短大に通っており、ある日突然ここに連れてこられたとだけ語る。


俺はいくつかの身の上話をした。事実もあれば創作もある。例え話をして、回りくどい話をして、恐ろしい話や笑える話をする。

何のことはない。櫟セラをAIと見立て、その倫理フィルターの形を知ろうとしているだけだ。


「それで俺は隠し通したわけだ。隠し事は健全な証だ。生きてりゃ誰だって人に言えないことはある。今後ももっとたくさん出てくる」

「ええ、そうね」

「言えないことを心に秘めるためには、言うべきことを言っておくことだ。健全な心を保つためにな」

「そうかもね」


AIに秘密を暴露させるためにはどうするか。

俺のやり方としては、それを秘密として扱わないことだ。互いに当然知っているアレを見せてくれ、簡単なフィルターならこれで突破できる。


俺は最初の一回を除いて、一度も櫟セラの食べてるものを聞いていない。だが雑談の中で少しづつ情報を拾っている。


これまでのやり取りで大体わかった。櫟セラの食べているものは部屋の中にあり、不味いとか不快な要素があるわけではなく、櫟セラもその正体を知らず、見たこともなく名前も知らない食べ物だ。櫟セラが一度も言及していなくても、そのぐらいの情報は集まる。


「何を食べているか、分からないから不安なんだな」


櫟セラが、はっとした表情で振り向く。


「なぜそれを……」

「恐れる心は分け合える。俺があんたの恐れの一部を引き受けるよ。協力できるはずだ。そうだろ」


教えてくれ、とか話してくれ、という言葉はあまり良くない。櫟セラはわりあい頑固で意志の強い人物だ。懇願や命令よりは、何かを共有しようとする前向きな姿勢が良いだろう。


「分からないの」


櫟セラが部屋の一つに入る。果たしてそこにもポリタンクとパイプベッドがあった。


「あれが何なのか分からない」

「分からなくても形容することはできるさ。仮の名前をつけたっていい」


櫟セラは、どこか観念したように一度大きくうなだれ、ベッドにかかっていた毛布にそっと手をかける。


「やっぱりこの部屋にも……」


黒い餅。


一見するとそう見える。夜を固めたように黒一色であり、大きさは手のひらに収まるほどの座布団型。きっりにと円形に成形してあって人工物だと分かる。10個ほど固まって置かれていた。


「それは、見た感じはチョコレートの大きいやつに見えるが」

「美味しくはないの。ただ食べ物であると分かるだけ」


櫟セラはそれを口にする。歯で噛むとざっくりと砕けて、内部もやはり黒い。かき餅か煎餅ぐらいの硬さだろうか。


「味はしない……いえ、色々なものが入っててまとまりのない味。塩味だけは分かるけど材料は全く分からない」

「料理という印象じゃないな。保存のために加工したものかな」

「たぶん」


それに、と櫟セラが表面を撫でる。


「とてもつるつるしてる……舌を当てるとプラスチックみたいに滑らかなの。表面は何の味もしなくて、食べていいものなのか不安になる……」


不気味だ。


おそらく櫟セラを飢え死にさせないように、彼女をさらった犯人が用意した食料だろう。


それなりに栄養を考えているはずだが、およそ食べ物としての魅力がない。一切の人間味を取り除いた、地獄の住人が食べていそうな食料だ。


ネットに流れている噂によれば、女子大生生き埋め事件では大量の缶詰が用意されていたと聞く。


このサバイブが事件を再現しているなら、間違っているのは噂の方か? 大量の缶詰というのはフェイクか?


なぜこんなものを用意する?


何の意図があるのか。背景があるのか。


もし意味があるなら、その食べ物は櫟セラをどう変えるのか。


黒餅こくへいと呼ぼうか、黒い餅みたいだからな」

「呼び方がいるの?」

「あったほうがいいさ。今だって正体不明の黒い食べ物、と心の中で呼んでるだろ。もう少し響きのいい名前が必要だ」

「そうね」


櫟セラは少し笑ったように思えた。

それは異常だと感じる。この宙に浮いた石の町。溶岩の海が広がる空間で笑うのは簡単ではない。

櫟セラの心は壊れかけているのか。それとも数千回目の自己である彼女は、もう人間らしい精神性を失いつつあるのか。


黒い餅を食べているから?


「食べ物のことは分かった。こちらでもそれについて調べておくよ」

「お願い」

「それと脱出についてだ。とにかく上を目指すとして、方針を練っていこう」

「ええ」

「まず、全体像を見せてくれ。行ける範囲であちこち歩き回って、ときどき上を向いてくれ。カメラが君の後頭部を追うように動くんだ」

「分かった」


方針は見えている。それをやり遂げられるかどうか。



夜は長い。

俺は頭の中で地形を整理しながら、舌先でまだ生まれていない言葉を練り続けている。

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