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イキウメニサレテイマス  作者: MUMU
第三章 ドジョウ
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第三章・1



生きていくにはカネが必要。人生ってやつが部屋だとすると、入り口にでかでかと貼ってあるぐらいに当たり前の事だ。議論の必要もない。


カネは労働で稼ぐ。

労働とは苦役くえきだ。辛いことや疲れることをカネに変換する。

解釈を広げればマイナスなことはだいたいがカネに変換できる。リスキーなこと。不快なこと。致命的なことや取り返しのつかないことまでも、やろうと思えばカネに代えられる。そう考えれば世の中はシンプルだ。


古びたバーでウイスキーをダブルで飲む。それなりに高い酒だ。値段を気にせず飲める身分に感謝する。一枚板のカウンターに値打ちのありそうな油絵。こういう調度は嫌いじゃない。


「うちも大変なんだよな」


スーツ姿の男が独り言のように言う。名は鮎島あゆしま。俺と鮎島の間には空席が二つある。


「面倒な仕事がやたら多いんだ。こないだも大ダルを地下室に運んだし、貸してたカバンをくされることも多くてな」


俺は相槌を打たない。バーのマスターも何も言わない。スーツ姿の鮎島は俺に聞こえてることを確認しつつ喋る。


「塾の生徒たちまで辞めちまったら生活に困っちまう。公園横で勉強教えてるおっさんが商売がたきとして強力でね」


そしてカウンターに千円札を起き、すいと立ち上がる。


「さて帰って寝るか。3時まで寝るよ。沼弟ぬまてさん、おやすみ」


鮎島はさっさと店を出てしまう。最後に俺の名を呼んだことは奴なりの意思表示だ。


俺は自分のスマホを操作して口座情報をチェックする。確かに3万振り込まれている。


端的に言えば、繁華街の立ちんぼを取り締まってほしいという頼みだ。鮎島は風俗店も経営しているから、彼女らが邪魔なのだろう。


別に何か特別なことをするわけじゃない。いつもより仕事を熱心にやって、署内で上司にそれとなく世間話をするだけだ。


汚職警官なんてものが今どき珍しいとも思わない。世間で知られてるよりもずっと多い、それが俺の肌感覚だ。


この俺、沼弟ぬまては警察のノンキャリア組だが、人よりは少し早めに出世して、ほぼ最速で巡査部長になった。

この街で交番勤務について半年になるが、奴らの接触は着任から3日目に来た。俺なら応じてくれると思ったらしい。あいつらの嗅覚は凄まじい。


俺が奴らと内通して何をするのか。過去には裏カジノのガサ入れ情報を暴力団に流したなんて事件もあったらしいが、そこまでの大仕事はなかなかやれない。

だが細かな依頼は多い。今月の重点目標を教えるとか。パトロールの順路を調整するとか。特定の飲食店でのトラブルには積極的に駆けつけるとかだ。率直に言って、万札を支払うことに見合う仕事とは思えない。


だからこれは投資なのだろう。今のうちに沼弟という男とパイプを作っておけば、将来もっと大きな依頼ができるわけだ。


俺は30になる前に警部補になるだろう。それとも刑事課に配属になるだろうか。そうやってキャリアを積んで収入も増えて、それでも彼らとの付き合いが持続するだろうか。


するだろう。俺は彼らと付き合うことに抵抗がない。


俺の検挙数は他の巡査より多いし、勤務態度も真面目そのもの。誰も損などしていない。


鮎島は俺の出世まで期待しているだろうか。そうだと思いたいところだ。


数日後の夜。俺は駅ビルに駆り出されていた。


凶器を持った不審者が駅ビルに不法侵入したと通報があった。念のために巡査が向かったが、そこで破壊されたドアを発見し、大規模に招集がかかったわけだ。


俺は駅ビルの一階で雑踏整理にあたっていた。何者かが周囲のビルの非常警報を鳴らしたせいでたいへんな人混みだ。列車も止まっている。


俺はふと目を動かす。


女の二人組。群衆の流れに紛れようとしている。

後ろにいる美人は先日、ストーカー被害を訴えてきた女だ。俺の手柄になりそうもなかったので物取りの可能性大として処理したが、あの女がここで何をしてるのだろう。


まあいい。 


職務質問すれば何か出そうだが、面倒な仕事になりそうだ。それよりも、この混乱に得意先が関係していたなら俺に依頼が来るかもしれない。そのために体を空けておこう。


夜はいつもざわめいている。


正体不明の音たちが、いつも街を満たしている。それは大勢の暗躍でもあり、大小無数の陰謀でもある。

そんな混沌とした気配は、嫌いではない。





発見された男は背水底せみて武夫たけお。某居酒屋チェーンの社員であり、駅ビル近くの店舗に派遣されて店長を務めていたらしい。


男は頭部に打撲跡があり、強力な改造スタンガンの電撃を浴びた痕跡もあった。いくつかの凶器も所持していたが、駅ビルの社員用通用口を破壊したのは電動式の工具だ。それは見つかっていない。


そして、麻薬検査で陽性が出た。


背水底せみては取り調べに完全黙秘を続けているらしい。何が何だか、わけのわからない事件だ。


「麻薬ですか、噂にはあったんですけどね」


部下の巡査が言う。俺は日報を書きながら応じる。


「居酒屋が商売の場になってたらしいな」

「ええ、妙な噂のある店ですよ。前の店長が失踪してて、背水底ってのは後任らしいです」


麻薬が出てきたからには交番勤務の管轄ではない。だが俺は覚えがめでたいからか、署での上司も茶飲みがてらにいろいろ話してくれる。今後の捜査方針、厚労省の麻取マトリとの連携、暴力団の関与の可能性などだ。


前の店長に関しては、多重債務者だったことが分かっている。


庭野という男だ。ほうぼうから借金を重ね、女遊びとギャンブルに注ぎ込んでいた。


上層部は庭野の失踪と、背水底の麻薬を関連付けようとしている。


俺はスマホを取り出す。警察官が扱うスマホは上からの貸与品の場合もあるが、俺のように私物なこともある。


他の巡査は気にしない。俺が勤務中に何をしていても、それをサボっているとは捉えられない。人徳だ。


チャットアプリを呼び出し、鮎島に連絡する。


【庭野という男を埋めたか?】


すぐに返信がある。


【そうだ、よそには知られてない】

【あんたのところ麻薬は扱ってないよな】

【扱ってない。駅ビルで確保された男のことはうちも知らない。別口だろう】


文章は俺の指がスマホに触れてる間だけ表示される。スマホを置くとすぐにアプリごと消えた。


借金漬けの果てに埋められた庭野と、麻薬を扱ってた背水底か。

鮎島は真実を語っているだろうか。実は背水底に麻薬を流していたのが奴という可能性はある。

その可能性はどうでもいい、と感じる。


俺の仕事は庭野と背水底の繋がりを絶って、鮎島のとこまで捜査が及ぶ確率を減らすことだ。


「ちょっと署に行ってくる。あと頼む」





裏工作にコツがあるとすれば、なるべく工作しないことだ。


庭野という男は奇人だ。意図的に借金を積み上げる人格破綻者であり、いよいよもって首が回らなくなると、身を隠すように土地を移り、居酒屋の店内で寝泊まりし、その生活をほとんど地下で完結させていた。そしてある日、唐突に失踪した。


そのような情報はすぐに集まり、やがて捜査は打ち切られた。全国に捜査の手を伸ばすほどではないと判断されたのだ。


庭野が借金苦だったのは遊興費のため。居酒屋に勤めてからは質素な生活であり、麻薬の商売に手を出した様子はなかった。それらの情報を上に伝える。


「セラさんの呪いです」


だが、そんな日々の中で妙なやつが。


「店長はセラさんに殺されたんです。生き埋めにされて……」 


陰鬱な男だった。若そうだが、前髪で目が隠れており、しじゅうあたりを気にするように話している。


俺のいる交番を訪ねてきて、事件のことを話したいという。


名は黒日くろび紀人のりと。くだんの居酒屋でバイトしていたらしい。


「落ち着いて話してください。ゆっくりでいいですよ」


黒日は以前、居酒屋店長だった庭野からサバイブの相談を受けたことを話した。

サバイブとはチャットAIを用いた対話型ゲームであり、パンドラ法に違反するものは地下で流通している。

セラさんのゲームについては噂ぐらいは聞いたことがある。まあオカルトだ。俺はそんなことはおくびにも出さず、真剣な面持ちで話を聞く。


「つまり、そのゲームの中でセラさんを助けられないと呪いにかかる。呪いにかかると生き埋めにされる。そういうことですか」

「そ、そうなんです。それにセラさんはだんだん恐ろしくなっています。僕はスマホに触れないんです。あの階段を登るのが恐ろしすぎて、みんな勝手な噂を流してるけど全部嘘なんです。でもそのうち嘘が一つもなくなる。何万というセラさんの死体が流れてくる」

「黒日くん」


メモを取りながら、彼の混乱を抑えるように言う。


「だいぶ参ってるね。その証言、警察署でもう一度やるのは難しいかな?」

「け、警察署ですか。できます、や、やらないと」

「無理しなくてもいい。今聞いたことはちゃんと上に伝えておくから。その上でまた事情を聴きたいときはこちらから連絡するよ」

「あ、ありがとうございます。こ、こんな話を、信じていただいて」


黒日は何度も頭を下げ、手まで振りながら遠ざかっていく。


俺は手を振り返しながら、空いてる方の手でメモを屑籠に放り込んだ。





自宅は警察の独身寮。独身の男性警察官はほぼ必ず寮に入らねばならない。待機要員とされるからだ。


狭い部屋で畳に寝そべりスマホをいじる。調べているのはセラさんの噂だ。


ネット上ではちょっとしたブームになっているらしい。さまざまな場所で話されている。


セラさんは町に現れる短冊からアクセスできる。短冊がいつ、どこに現れるかは誰にも分からない。


画像を探すと大量に見つかった。QRコードが読める状態で画像がアップされているのだ。


動画サイトでは実況しながらプレイしている奴もいる。セラさんに話しかけながら地下からの脱出を目指している。


それらのゲームは大半が偽物だという。サバイブは基本となる言語データに設定を上乗せして作るもので、知識があれば半日で作れるらしい。


では本物は存在するのか。


「AI、ダークウェブのオカルト系掲示板を開いてくれ」


すぐにそれは開く。ネオンサインのようなゴテゴテとしたサイト。あるいは文字情報だけのシンプルなサイト。ネットワークに存在する暗黒領域と言われるが、何のことはない、変態と半グレの集まりだ。


「セラさんの呪いによって死亡した人間の情報を」


本来、検索用AIは死亡記事などを検索できない。ダークウェブへの接続もできない。パンドラ法もあるが、AIを提供している企業は非道徳的な使い方を制限しているからだ。


だが俺の使うAIはその手の制限を無視できる。ちょっとした調整によるものだ。


いくつか情報が見つかる。生き埋めにされて死んだ人間の情報。セラさんについての噂。女子大生生き埋め事件のこと。


セラさんの閉じ込められてる場所は一つではない。プレイする端末に依存して変化するのか。短冊に違いがあるのか。それともサバイブを提供するサーバーがランダム性を持たせているのか、さまざまな場所に閉じ込められてるという。


短冊の画像もあった。俺はいくつか画像を保存し、画像内のQRコードを読み込む。


画面が暗転し、どこかの部屋を映し出す。


暗い部屋だ。

女性がベッドに腰掛けている。画質がやや荒く、CGなのか生身かの見分けはつかない。彼女はゆっくりとこちらを振り向く。意志の強そうな目に肩までの黒髪。とびきりの美人とは言えないが、若々しく活力があると思えた。


「誰か、見ているの?」

「ああ、見てるよ」


話しかける。女の目元がぴくりと動いた。言葉は届いたようだが、女は悲しげに首を振る。


「私には関わらないほうがいいよ」

「なぜだ? そこに閉じ込められてるんじゃないのか」

「ええ」


女は、考えをまとめるようにこめかみを叩いてから言う。


「何となく覚えているの。私はもう何度もここに放り込まれている。何度も助けられて、何度も失敗している。記憶はなくても、細胞のどこかで覚えている。私は前の私と完全に同じではない。薄紙を貼り重ねるように、少しずつ変わっていく」

「助かりたいんじゃないのか? 次は助かるかもしれない」

「きっと無理よ。ここはそういう場所なの」


なるほど、と俺は思う。


「あんた、名前は」

くぬぎセラ。何千回目かの私」


思った通りだな。



これは、本物だ。

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