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イキウメニサレテイマス  作者: MUMU
第二章 カラス
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第二章・5



「何……? 非常ベル? どこから」


だが、どこか音が遠い。

耳をつんざくようなというより、音に包囲されてるように思える。


「違う、このビルじゃない」


それに発生源は一つじゃない。どこかは分からないが、周囲にあるいくつかのビルから音が出ている。


「何かの仕掛けで、複数のベルを同時に? なんで、そん、な……」


思い出す。部屋が荒らされた日のこと。家の前で道路工事があり、住人は破壊の音に気づかなかったと。


「……!」


バックヤードを出る。書店の空間はワンフロアの半分を埋め、奥には寝具や雑貨を扱う店舗が見える。すでに照明は落とされており非常灯の明かりしかない。黒い煙に踏み込むような畏れ。


周囲を警戒しながら小走りになる。フロアは広すぎて棚は多すぎる。すべての物陰に何かが潜んでいそうな、止まっているエスカレーターがふいに動き出しそうな予感が背中に張り付いている。


この書店は駅ビルの中にあり、地上2階までは大型駅。3階から上がテナント。まだ下階には大勢の人がいるはず。人のいるところへ行けば危険はないはず。


社員通用口へ向かう。テナント階が閉館された後は社員はそこから出る。


ざわめきが聞こえる。正体不明の音が鍋底で燃える火のように思える。無数の気配に感覚が混乱する。消防車のサイレンの音も聞こえてきた。


閉ざされたスチール製の一枚扉。そのノブに手をかけようとして。


ぎいん。


突き出すのは半月型の金属。喉から悲鳴が漏れる。

何かがすさまじい火花を散らして回転している。ドアのカンヌキ部分が、その周囲が金属片となって散らばる。チェーンソーの刃だと気付いたとき、尻もちをつきながらも反転して逃げ出す。


女の手ほどの大きさしかない小型のチェーンソー。回転速度が尋常ではないのか、スチール製のカンヌキが木材のように切断されてドアが押し開かれる。


痩せぎすの体型。サイドが刈り上げられた短い髪。体をパンツスーツで包んで周囲を血走った目で睨みつける人物。そして腰の後ろにはバスケットボールのような大ぶりのバッグ。


「みつけ」


私はその姿をちらと見て、強烈な恐怖に駆られる。絶え間なく響く複数の非常ベル。人のざわめきと稼働している駅の気配。そしてチェーンソーの回転が空気を切り刻む音。


エレベーターで下階へ逃げるべきか。いや、それでは3階から下に降りられない。施錠されたシャッターに阻まれる。


私はタワー型に積まれていた新刊の山を引き倒す。98冊の本が通路に倒れるが、むろん足止めにもならない。


「逃げてんじゃねえぞこら」


そんなことを叫んでいる。怒気のみなぎる大声。今のこれが現実の出来事とは思えない。狂気じみている。


私は混乱と恐怖の中で走る。雑貨の店舗を走り抜ける後ろからチェーンソーの音が迫る。


『仲良川さん、どうしたの』


声がする。セラさんの声だ。まだスマホが起動している。


「お、追われてるの、あいつに! チェーンソーを持ってる!」

『落ち着いて、そこは職場? 非常口から逃げて』


セラさんの声で緑の光が意識される。非常扉を指し示す緑地に白の人型。次いで扉が目に入る。そこへ駆け込む。

この扉は施錠できない。あいつの視界から隠れられるのはほんの数秒。内部には階段室。上下に階段が伸びている。


矢印が。


斜め上に伸びる矢印が目に入る。そして。


【6】


の文字。


私は上に向かう。数秒後にドアが破られる。


なぜ、私は階段を登ったの。


下に逃げると思わせて裏をかいた? あいつは大きなカバンとチェーンソーを持っていたから、登るほうが逃げやすいと思った?


違う、何かを見て、とっさに体が動いただけ。


『仲良川さん、大丈夫』

「に、逃げないと、どこかへ。でもどこへ」


階段室にはたくさんのポスターがある。私の無意識がその文字を読む。


6階から7階へ。店舗へ出ると服飾品のフロア。通路を右へ左へと曲がりながら進む。止まっているエスカレーターを駆け下りて6階へ。


【4階へ行け】


【8階を用心しろ】


【けして3階に降りるな】


頭の隙間に文字が入り込んでくる。どこにも指示など書いてあるはずはない。私がポスターの、POPの文字を一瞬だけ見て文字を拾っているだけ。

だが、従うしかない・・・・・・。私が何の根拠もなく判断するよりも、ほんの少しでも根拠があるほうがマシだから。


『根拠なんか無いのよ』


誰の言葉だろう。私はスマホを握りしめながら走る。


『文字には何の根拠もない。でも書いてある言葉を信用してしまう。よく考えれば何の参考にもならないと分かる言葉でも従ってしまう。それしかないから』


いくつかの階段を行き来して、物陰に隠れながら走る。鬼ごっこのフィールドは広大で、鬼の姿は見えなくて、それが恐ろしい。


「追って、きてるの、姿が見えない」

『仲良川さん、私は11階に来てる』


ふと気づく。ここも11階だ。何度も階段を上り下りして足が棒のようだ。


『地上と書かれたドアがある。私はこれを開けるべきかしら。開けて地上を目指すべきなのかしら』

「え、それ、は……」


セラさんが問いかけている。私はどう答えるべきだろうか。


頭が回らない。根拠は何も見つからない。私の代わりに考えてくれるAIに頼りたい。

ああ、だめだ。スマホはいまセラさんと繋がってしまっている。


「そ、外に、出ないと、ずっと地下には、いられない……」

『……そうよね』


私から出てくる言葉は空っぽだ。私はどこか俯瞰した気持ちで自分の言葉を眺める。


私の言葉には何の根拠もない。外は危険かもしれないのに、罠かもしれないのに。

それでも前へ進まなければ、そんな空虚な言葉で自分に言い訳をする。


『仲良川さん、手つだってくれてありがとう。ここを出たら、きっとお礼に行く』


ああ、きっと、セラさんは死んでしまう。


そのドアは外になど通じていない。通じてたとしても恐ろしい罠がある。だけどドアを開ける以外の選択肢はない。


そして、セラさんは私を呪うのか。


きっと、呪いから逃れるすべなど無くて……。


煙。


「!」


白煙だ。私の足先に這っている。それはみるみるうちに肥大し、私の全身を、この従業員用通路を包み込む。


「――!」


このビル内にも非常警報が鳴り響く。煙感知センサーが反応したのか。


焦げ臭くはない。おそらく発煙筒か何かの煙。そこまでやるの。


でもこれじゃ、向こうだって私を見つけられる、はずが。



足首を。




喉からほとばしる絶叫。万力のような力が私の足を締め上げる。


すでに、こいつは私を見つけていた。


だがら煙を撒いて逃げ足を封じた。


でも、この、腕……。


思考できたのはそこまでだった。


のしかかる人影が私の首を絞め、私は即座に闇に落ちる。





ある朝のこと。


その日はカラスが何羽も家の外で鳴いていた。家族で食卓を囲んでいた時、父が言った。


弾道弾とは何か、と。


私は不思議に思って父を見る。


弾道弾は何度もニュースに出てくる言葉だ。新聞のスクラップが趣味の父が知らないはずがない。


私は何となくの説明をして、父はそうなのか、とうなずくだけだった。


そんなことが、長い間隔を置いて繰り返された。


アパレルとは何か。小選挙区制とは何か。モータリゼーションとは何か。コンプライアンスとは何か。米雇用統計に何の意味があるのか――。


私はいつしか理解していた。


父は新聞を読んでいない。


記事をスクラップして、手元に置いておくことはそれ自体が目的化しており、父は新聞から何も得ていない。


だが父は、己は人一倍、世のことに精通しているような顔をする。


難しそうな顔をして政治を語り、経済を語り、人類という種を語る。


それは別にいい。そういう人だっているだろう。誰に迷惑をかけるわけでもない。


ただ、嫌な予感があるだけ。


私はやがて、父と同じものになっていくと感じた。


私にとって情報は操るものであり、蓄えるものではないのだと。


私にとって情報はカラスの鳴き声のようなもの。情報はただ「ある」か「ない」かの存在。その内容に興味はなく、理解もできない。


私は情報を回収し、ばら撒き、ただそれだけで世界の歯車が回る気がした。カラスの鳴き声に情報はいらない、ただ朝を告げる鳥であればいい。


私自身は賢者でも知恵者でもない。


その証拠に、私自身は情報を扱えない。


ただ、翻弄されていただけ……。





階段を。


階段を下りている、と感じる。朦朧とした意識でそれを認識する。


ほこりっぽい地下空間。非常灯にたかる羽虫。わずかに濡れているコンクリートの床。革靴がそこを踏みしめる。非常ベルの音が、ほとんど聞こえないほど遠い。


ぎいい、と重く錆びたドアが開かれる。


どさり、と私が投げ落とされる。

周囲は廊下のように見えた。梱包された商品がさまざまに置かれた、百貨店の地下搬入口の近くか。


「が……」


身もだえる。頭がふらついている。首を絞められて意識を飛ばされたからか。


「あな、た、前の……」


居酒屋の店長、カエルのような印象の男。


逃げようとしたができない、手は後ろに回されて縛られている。両足も。


「君が悪いんだよ」


カエルのような店長は部屋のドアノブを工具でいじる。鍵を壊しているのか。


「この先は使われてない区画なんだよ。どんなに大声を出したって届かない。ここで干からびればいい」


私に乱暴する気かと思ったけど違う。カエルのような男はドアのカギを壊そうとしていた。


だが、ドアを開かなくする形で壊すことはできなかったらしい。ドアノブはぽろりと外れ、いくつかの部品が落ちて小銭のような音を立てる。

店長……前のバイト先の店長はため息をつくと、大ぶりなハンマーを持ち出す。柄の長さが1メートル近くあり、先端に鉄塊のついた凶器が目に映る。


「逃げられないようにしておこうね」


私の、手足を砕く気なのか。


私をこの部屋に、生き埋めにするつもりなのか。


これが、セラさんの呪い……。 



「ゴミ男が」



はっと、店長が振り向く。


地下室の入り口、誰かが立っている。パンツスーツの女。あの記者。


「誰だい、いや、誰でもいい」


カエルのような男はハンマーを振りかぶり、記者の……金咲の頭を砕こうと振り下ろす。


瞬間、金咲の手元が光る。銀色の半円。高周波のような高音。ハンマーの先端が切断されて、がらがらと地面を転がる。


「ああ……?」


己の口腔で反響させるような店長の声。金咲の手元に光っているのは小型のチェーンソー。


その刃長は短く、全体はスマホほどの大きさしかない。やや太めのコードが伸び、腰に吊った大ぶりなバッグに接続されている。


店長はハンマーの柄を投げ捨て、コートのポケットから小型の機械を取り出す。

先端からひらめくスパーク。スタンガンだ。 


「君も生き埋めになっとけよお」


どすどすとコンクリートを踏み鳴らして進む。覆いかぶさるような接近と攻撃。金咲はするりと横に回り込んで膝の横を踏みつけるように蹴る。店長はあっさりとバランスをくずして転ぶが、即座に起き上がって再度攻撃をかける。


「スタンガンっつーのはこうやんだよ」


金咲の手元にあるのは警棒。いつチェーンソーから持ち替えたのか、やはりコードが腰のバッグに伸びている。


先端でちりちりと空気が爆ぜるような音がする。空気の絶縁を破壊する音が。


店長が、カエルが金咲にのしかかろうとする瞬間。


とてつもない音が響く。空気が燃える音。布が弾けるような音。そしてカエルの口からほとばしる声が。


店長は転がるように倒れて、一度魚のように跳ねて動かなくなった。


「けっ」


あまりの出力のためか、警棒が白煙を上げている。金咲はそれを腰の後ろに収納して私に近づく。


「おいてめえ、セラさんのこと記事にすんなって言っただろ」

「ひ……」


殺される。


私は縛られた両手両足で後ずさる。だが狭い地下室、すぐ壁に当たる。


「……ん? ああ、なるほど怖がってんのか」


金咲は頭をかいて言う。


「いま助けただろうが、味方だ味方」

「し、信じられない。そんなこと」

「……あんたセラさんのこと詳しいだろうが。あれが過去の事件をモデルにしてるのは知ってるな」


また金咲の手元が持ち替えられている。今度はニッパーのような工具だ。私の足を縛っていたロープを挟み込むと、モーター音とともに刃が締まって切断する。


「じょ……女子大生生き埋め事件。そ……それが、何なの」

「あの事件は」


その時。


背後から伸び上がる影が。


はっと振り向く金咲の顔を殴り飛ばす。


「がっ!」


真横に転がる。起き上がったのはカエルのような男。ワイシャツの中央部分を真っ黒に焦がし、目は血走り、口の端から涎を流しながらも立ち上がる。


「なんで邪魔すんだよお、生き埋めになっとけよお」

「ぐ、この野郎」


金咲は口元を押さえながら立ち上がり、ぷっと何かを吐き出す。血のついた奥歯がコンクリートの壁に当たる。


「な、何なの、この人……」

「セラさんはすべてを呪う」


そんな事を言う。


「こいつはただの異常者であって妖怪でも怪物でもない。だが呪われてる。だから異常な執着と底力を見せる。それが呪いだ。あんたは呪われたからこいつに襲われてる」

「あなた何なの……なぜそんなこと」

「あたしは金咲かなさきあかり。あたしは一度死んだ。死んで世の中から身を隠した」


……?


「金咲は一度死んで生まれ変わった名前。昔の名前は」




くぬぎセラ」


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― 新着の感想 ―
[良い点] 既存のホラーでは絶対になかった展開。 かっこいい!
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