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太陽と星のバンデイラ  作者: さくらのはなびら
終章 星の堕ちる夜
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夜明け前

 空が僅かに白みがかってきた。

 東の空には登る太陽の光に照らされた星が白く輝いていた。

 夜半に少し降った雪がうっすらと道を白く染めていた。吐く息も白い。



 あの熱狂の日から数ヶ月経ち、新駅は竣工を迎え、都市開発もひと段落していた。

 商店街は相も変わらず、集客には四苦八苦しているようだが、心なしか各店舗の店主たちは生き生きしているように思えた。


 開発事業及び予定建築物の概要標識には、建設会社や建設予定の建物の概要、工期などが記載されていた。

 かつて、『管理地』の看板が建てられていたその土地は、骨組みや足場が出来上がっている。

 その姿は日に日に建物の体を為していくはずだ。建物が出来上がれば、かつての名残を思い出すことも難しくなるのだろう。



 結局、自分が歩んできた足跡など誰にもなんの影響を与えることもなく、時はただ流れるのだろうか。それを虚しいと思う気持ちと、今の世の中の責任を個人が背負う必要はないのだと安心する気持ちがないまぜになる。


 美嘉がいないこの世界の、羽龍がいなくなったこの顛末の、責任を。


 ――ばかな。


 暁は思わず苦笑を漏らした。


 例え周りの人間がそう言ってくれても、例え世間が許したとしても、自分だけは自分を許してはいけないのだと、決めたのだ。

 それを美嘉は望まないと慈杏は言うだろう。

 慈杏やその仲間、『ソルエス』のメンバーたちと暁が楽しく過ごす日常を、美嘉は望んでいると慈杏は言うだろう。


 ――本来そこにいるべきは美嘉であるはずなのに。


 無論、加害者ぶって自分を罰し自己満足に浸るなんて無様を晒そうなどと、暁はもう考えてはいなかった。

 それは美嘉にも、羽龍にも、彼らが抱いていた想いへの冒涜になる。それに気づかせてくれた慈杏への感謝もあった。

 自分が自分を許せるようになるためにも、すべきことをし続けるしかないと思っていた。


 ガビが教えてくれた、「メウ・コラソン」、心のままに生きることとは、こう言うことだったのかもしれない。


 ――あんなにも憧れた人の教えさえ、俺は意図を正しく汲めていなかったんだな。


 暁はもうあまりはっきりと思い出せないガビの顔を思いながら、心の中でガビに詫びた。



 空の白が東から広がっていく。

 まだ辛うじて見えるいくつかの星の瞬きに混じって、飛行機の光がチカチカと点滅しながら空を横切った。


 人気はまだほとんどない。遠くにはジョギング中のランナーが見えた。



 暁が思ったよりは時間がかかったが、仕掛かり中の仕事は全て処理し、引き継ぎも終え、粛々と退職の手続きを終えていた。

 次の職場が決まっているわけではなく、仕事探しもしなくてはならないが、今まで以上に時間の融通が効くようになった。

 この街で家を探しても良いし、一時実家に身を寄せても良いかもしれない。

 両親とももっと話をしたい。少し軽くなった心は、暁にそのようなことを思わせるようになっていた。


 メストリ・サラの練習ももっと必要だ。

 慈杏や『ソルエス』のメンバーはあの祭りの出来を良しとしてくれた。しかしそれは、「急造の割に」という言葉がついていると暁は思っていた。

 メストリ・サラの深く長い道行のほんの入り口に立ったばかりだ。きっとやるべきことが数えきれないほどある。


 何も見えていない、何の約束もない未来なのに、計画を立て、計画通りに進めていた今までよりも明るい予感を感じていた。




 暁はランナーとすれ違うため少し道の左側に寄った。


 フードを目深に被ったランナーは、すれ違いざま方向を変え、暁にぶつかると、そのまま走り去っていった。




 右の腹部に熱い衝撃があった。


 暁はランナーにぶつかられた勢いで仰向けに倒れる。


 虚空に手を伸ばし、何かを掴もうとして、その手は力を失った。


 霞む瞳には東の空に輝く星はもう見えていなかった。



 暁の周りのまっさらな白が、朱く染まっていった。


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