祭りのあと2
「そう。確かにあの熱気は、むしろ演者の方がエネルギーをもらえると思うわ。
イベント出演が癖になるのもわかる気がする。奔流しているかのような熱量はその場にいる人を狂わせるわね。
わたしともあろう者が思わず嬌声をあげてしまったわ」新町は思い出すように目を閉じ、満足そうに頷いた。
父の決意を聞けた慈杏は、翌日早速新町に報告していた。
あの祭りで父が活力を取り戻し、店舗を継続することを。だから慈杏は当面辞める必要がなくなったことを。
プライベートな件で巻き込んでしまったチームメンバーの百合と渡会もその場にいて、慈杏の報告を聞いた。
比較的クールな百合もこの時は心底ホッとしたような顔をした。
慈杏は渡会がミーティングルームの外に漏れるのも構わず「イィヤッッハーッ‼︎」と叫んでいるのを止めながら、
「嬌声、聞こえてましたよ。だから玲央さんたちがどこにいるのかすぐわかりました。百合くん他人のふりしてましたよ? あとあの変なうちわ、いつの間に創ってたんですか?」
「アイドルのライブとかうちわで応援するんでしょ?
わたしだってクリエイティブ営業よ?
Web広告作る傍らであれくらい、一瞬で創れるの。ええ、一瞬で、ね」ふっ、と自信ありげに笑う新町を、百合は憐れむような目で見た。
「最近社長遅くまで残ってたのって……」
「言わないであげて」慈杏は知っていた。
新町は営業に関する能力は抜群だがクリエイティブは個性的になりすぎるきらいがあるのと、Illustratorが苦手でやたら時間かかってしまうことを。
「確かに目は引きましたけど、クオリティ……」
珍しく渡会まで突っ込み側にまわっているが、新町はどこ吹く風だ。それが社長の器だとでも言うように。
「とにかく、観にきてくださってありがとうございました。
イベントだけが理由ではないと思いますけど、準備から含めて仕事以外の活動に注力した経験は、父の意識を前向きにさせられたのは間違い無いと思います」
根本の問題が解決したわけではないが、まだまだ現役の若人に加え、母の誓子もうしばらく養生すれば回復が見込まれていて、程なく店頭に立てるようになる。
とりあえずはこれまで通りになるのだ。元々若人の意思一つからはじまった問題だった。その意思が覆えれば当座の問題な解消されるのだ。
「大きな潮流は変え難いかもしれないけど、猶予が得られたのは大きいね。
実はわたしの方でも動いていたのよ。別の選択肢云々の話をしたでしょ?
要はお店が続けば良いなら、必ずしも慈杏が店主をやる必要はない。慈杏だって継ぐとしたら一から修行しないとならないのだから、そもそも簡単な道では無かった」
だから、慈杏は若人が辞めたとしても、教えてくれたり一緒に店に立ったりする体力があるうちに自らが継ぐと言う方法を若人に認識させようとしていたのだ。
確かに、すぐにパン屋を引き継げる人材がいるのなら、オーナーという立ち位置も選択肢になるなと慈杏は思った。
「ってことで、伝手を駆使して独立開業を検討している人や店舗や会社のオーナーになりたい人、投資家などを当たってうまいこと組み合わせて店舗継続のスキームを作れないか考えていたの。
組み合わせ方や形態は考える必要はあるけど、なんとなく候補者は見つかっていたわ。
ただ、さすがに即どうこうってのは難しくて、慈杏が当初考えていた時期で進めるとしたら多少力技で形を作って、慈杏とお父さんと打ち合わせして、整えていかないと現実的な計画にするのは難しいなと思っていたので、在るべき形に納まるならそれに越したことはないわね」
「はい。色々と配慮くださってありがとうございました。個人的なことでお騒がせしてしまい申し訳ありませんでした」
「今更畏まらないでよ。わたしはわたしのため、会社のために動いただけだから」
新町はサラリと言うと、少し遠い目をした。
「……彼氏のことさえなければ、大々的に祝杯あげたかったけどね」
「いえ、飲みに行きましょう。類と百合くんも。わたし奢ります! ミカのおにいさんも呼んで良いですか?」
――今際の際、ミカは何を言おうとしていたのだろう。
見せたい景色、連れて行きたい場所があると言われたような気がしていた。
それがどこなのかはわからない。
本当はもっと話したかった。
聴きたかった。
一緒に行って、一緒に居たかった。
でもそれはもう叶わない。
でも、ミカが見たかった景色はわかる。
みんなが仲良く、笑っている。
そんな景色を、わたしは創り続けていこう。
きっと、サンバにはその力があるから。
「そうだよね、ガビ」