祭りのあと1
『ベーカリーどれみ』の営業時間は終わり、明かりを半分落とした店内では若人がレジ締めをおこなっていた。
「盛り上がったね。やって良かったよね」
レジの横にスツール60を出してきて腰をかけ、若人の様子を見ながら慈杏は声を掛けた。
今日も出先から直帰させてもらえたので、実家に顔を出していたのだった。
「そうだな。ちょっと筋肉痛だけどな」
慈杏は笑いながら、「変な筋肉の使い方しちゃってるなら腕落ちたんじゃない?」とか、「でも翌日筋肉痛になるなんてまだまだ若いじゃん?」などと野次っていたが、やり切った者特有の清々しさを若人から感じて嬉しく思っていた。
「俺の腕のことはともかく、地域にとっても商店街にとっても、やって良かったと思うよ。
店は単体なら単体で、商店街なら商店街として、地域にとっての機能になる。それは単に需要への供給というだけでなく、住人への憩いや癒し、楽しみなどの感覚や感情を満たす要素も含まれていると思う」
だから商店街は祭りやイベントを開催する。それは販売促進のためでありながら、住人への還元にもなっていないとならないのだ。
一方、店や商店街は、住人から報酬や対価とは別に、顧客の感謝や喜びの声と表情などの、感情を満たす要素を貰っている。
「与え合う関係性こそが活気なんだな。
今回の祭りは、俺たちのパフォーマンスは、観客に何かを与えられたと思う。俺たち自身が観客から、感動の感情を与えてもらえたことが証になると思う」
「うん、みんなすごく喜んでくれたよね。パレードの時はちっちゃい子もおじいちゃんも一緒に踊ってくれたりさ。それに、お母さんも」
「ああ、楽しそうに笑っていたな」
与え続けるということは、自分のためにも必要なことだったのだなと若人は言った。
「その場があるのに、自ら手放す、退くというのは悪手なのかもしれない」
「じゃあ?」
慈杏の顔が明るくなった。
「お前の思惑通りにしようと思うよ。なにより、誓子にとっても、続けた方が良いと思うようになった」
母を慮っていたはずの父の決断は、母の望みが充分に反映されていなかったことに気付いたという主旨の父の言葉に、慈杏は思わず安堵のため息をついた。
「俺自身が減退している状態なら、誓子はもう充分だと言ってくれただろうが、心身ともにまだやれるのに辞めてしまっては、自分のせいで閉じたなんて思わせてしまうかもしれない。元々は楽しそうに接客していたからな。早く元気になってその場所に戻りたいと思ってもらえるようにした方が、回復も早くなる気がしてきたよ」
「そうだよ! わたしも元々仕事辞める覚悟までしてたんだから。その気になれば家やお母さんのことはわたしにも背負わせてほしい。こっちからだって通えるから、戻ってきたって良いんだし」
「ありがとう。いざとなったら頼らせてもらうよ。とりあえずしばらくは大丈夫だから、気にせず今は自分の仕事に集中してくれて構わないよ。余力があるなら、『ソルエス』の活動を頼む。俺ももっと練習やイベントに出られるようにしようと思う」
「そうだね。あの興奮はやっぱり何度でも味わいたくなる。自分のために、もっと参加しようと思う! アキも正式にメンバーになってくれそうだから、正規のカザウとして象徴の役割を全うしたい」
慈杏は、喪われた未来のかわりに手に入れた、欠けとひび割れのある不完全な未来に、それでも生まれた兆しのような明るさを、確かに感じていた。