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太陽と星のバンデイラ  作者: さくらのはなびら
日が落ち星が隠れたとしても
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決意と意志1

 羽龍は喫茶店の重い扉を開けると、目当ての人物は既に席でブラックコーヒーを啜りながら新聞に目を通していた。


「待たせましたか」

 羽龍にしては珍しく、笑顔もなく言うと男の正面に座った。


「いや、時間通りですね。あんたから呼び出されるなんて珍しいこともあるもんです」

 烏我は新聞から目を離すと、ニヤリと笑った。




「あれ、もういらしてたんですね」

慈杏が練習場に入ると、既に暁は練習をしていた。練習着には汗が滲んでいて、既に相当踊り込んでいたようだ。


「今日はわたしも出先での用件を終えて直接来たのでかなり早く着いたつもりだったんですが」


「ああ、時間的な余裕はまるでないからな。振り付けなど、ひとりでできるところは一通り練習していた。そろそろ見られるようになってきたと思う」


「すごいです! わたしもすぐ準備しますね。今日は連携を強化しましょう! でも、最近いつも早い時間から練習されているようですけど、お仕事は大丈夫なんですか?」

 慈杏は暁にバンデイラのセットを預けながら、不思議そうに尋ねた。


「うん、まあ……別に隠しているわけではないから言うが、佐田は辞めるつもりだ。既に話はしてある。これまでろくに休みも取らなかったから、有給休暇や振替休日がいくらでもあるんで、しばらくはそれを消化しているよ」


「あ、そうなん、ですね」


「ああ……理由は、言う必要はないだろ?」


「ええ、アキが決めたことなら、それが一番良いのだと思います。とにかく着替えてきますね! バンデイラの準備お願いします!」



 カザウでは、バンデイラを持つのはポルタで、メストリはポルタをエスコートするのが役割だ。


 エスコートは演目中だけでなく、準備も含まれ、イベント会場までの荷物持ちから、着付けの手伝い、バンデイラの組み立てなども担っていた。

 練習用のバンデイラの入った袋を渡された暁は、少し微笑み手を振って応えると、慈杏はぺこりと頭を下げ、小走りで更衣室に向かった。



 羽龍が注文したコーヒーが届いた。ミルクを垂らし、混ぜる。烏我はその様子を黙って見ていた。

 給仕のスタッフがテーブルから離れると、羽龍は口を開いた。


「今日はお時間をいただきありがとうございます。お電話でもお伝えしましたが、高天から発注させていただいていた件です」


 烏我はどこか愉快そうに羽龍を見ている。


「結論から言えば、充分な目的の達成を得ましたので、完了ということで合意形成を図れればと。鮮やかな手並み、お見事でした。我々としてもこんなに早い決着を見られるとは思っていませんでした。僅かな手数で最短最大限の効果を得る手腕は、駆け出しの経営者としては見習うところばかりでした」


 淀みなく話す羽龍を見る烏我の目を、気に入らないなと思いながらも、羽龍は表情を変えない。


「ご契約の報酬の残りはマンションの居室の引き渡しでしたよね。

既に権利に関する契約は終えていますので、竣工と契約者への引き渡し日までお待ちいただければと思います。その辺の手続きは販売会社からご連絡がありますので時期までお待ちください」


 羽龍が言い分を述べるのを待って、烏我はゆっくりと口を開いた。


「なるほど、如才無いね、あんた。佐田の高天くんか。彼もやり手だったが、搦手ならあんたの方が得意なのかな?」

 粘りつくような物言いに、羽龍は烏我の本質が見えたような気がしていた。


「確かに既に報酬は先払いで満額いただいている。

当初計画は比較的長期に亘ることを前提に、付加価値やこちらの潜在的なニーズを加味した内容の報酬だ。うちの会長も納得している。

それが思わぬ短期で終結したのなら、多少の減額交渉でもあるのかと思えば、明確にこれ以上の労務は求めず且つ満額お支払いいただけるとの言質をわざわざご提供くださった」


 にやつきながら感情のこもらない言葉を連ねる烏我とは対照的に、羽龍の表情は硬いままだ。


「青色吐息の我々としてはほっと胸を撫で下さんばかりですな。仕事をお褒めいただいたのも心地良い。ただ、生憎私は根性が悪くてね」


 にやつきながらも、一瞬獲物を狙うような目つきになった烏我を油断なく見る羽龍もまた、にわかに表情を険しくさせた。


「どうしても相手が隠している弱みにばかり気付いてしまうんですわ。

要は、体よく手間なく後腐れなく、すっと手を切りたいんでしょ?

ええ、対価、成果報酬、取引という点で、あんたの本音がうちにとって損だとか、騙されたとか、そういう類のもんじゃないですから、本来全く問題ないんですがね。なんせうちは弱小だ。そんな組織の懐をあたしが一人でなんとかせにゃならんもんでね。利益の最大化を図る余地があるなら、とことんせにゃならんのですよ」


 相手の出方を待つと決めた羽龍は、「なるほど」と頷き烏我の言葉を促す。


「まあ、まずはシンプルなうちの業界ならではの価値観と論理をお話ししましょうか。

よくうちらはメンツだ顔だで商売しているなどと言うでしょう?

あれはまさにその通りで、メンツを潰されたら相応のケジメをつけなくてはならない。生産性や効率なんてものを考えたら、あまりに非合理的な行動を取ったりもする。一般の経済人の方には考えられないことでしょうがね」


 そういう価値観については羽龍も知っていた。だから格段の配慮をしたつもりだった。

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