羽龍の動機2
羽龍は変わらない笑顔で続ける。しかし声の調子はやや平坦なものになっている。
「俺さ、少し熱が低いと思うんだ」
「熱?」
「うん、人としての、熱」
不思議そうに尋ねる慈杏に、羽龍はゆっくりと語り始めた。
熱気とか熱量とか。
羽龍はなんと言えば良いのかを考えながら言葉を繋いだ。羽龍自身、自らの性質を客観的に見て、言葉に換えて第三者に話すのは初めてだった。
「積極的にやりたいと思うことがほとんどない。ああ、わかりやすい言葉あるな。情熱だ」
羽龍は親にどこかに行きたいとか、何が欲しいとか、ほとんど要求したことのない子どもだった。
当時片親はそれほど多くはなく、羽龍は自分の家が普通ではないと察していた。そのため、無意識のうちにお金のかかることは我慢するような意識が働いていたのかもしれなかった。
「母にクリスマスはサンタに何頼むって訊かれても、本気で何も思い付かなくて、なんでも良いって答えたことあって、母は少し寂しそうな顔をしていたのを覚えているよ。
それからは、クリスマスの時期になると、クラスの連中が欲しがっているものを覚えておいて、それを伝えるようにしていたんだ」
ドラマにするにはありきたりな、不幸と呼ぶには大袈裟な、しかし当人にとっては何の影響も受けなかったとは言えない、小さな不自由。
「まあそんな感じで、とにかく俺には欲とか主体性というものがなかった。
だから、アキがサッカーに誘ってくれたのは嬉しかったよ。母にクラブに入りたいと話した時、母は驚いていたけど嬉しそうにしていたな」
それくらい、羽龍は自らの要求を表さない子どもらしくない子どもだった。
「とにかくアキと遊ぶのは楽しくてさ。
いろんなことを思いつくアキについていっていた。時には悪戯がすぎて大人に叱られたりもしたけど、そんなのも含めて楽しかった。ガビと会えたのも、アキとの冒険のお陰だしね」
羽龍はもう遠くなった過去を懐かしむように笑顔で語り続けた。
「その後の話はアキが話しているかな?
どう話しているかはわからないけど、未熟な自分を恥じたりしていたかな? もしかしたら俺を巻き込んだのを悔いるようなことを言っていたかもしれないね」
羽龍の言う通りだった。慈杏は暁と羽龍を、本当に理解しあっているのだなと思った。
「けど、俺の見解は違くてさ。本当に、楽しかったんだ」
成長しても、羽龍には自ら生まれてくるやりたい衝動なんてなかった。
暁の計画を推進することだけが楽しかった。暁や自らの能力と特性を把握して、どういう職業、どういう立場になれば、その計画がうまくいくかを考え、そのための人生設計に基づいて努力する。
それはやり込めるゲームを着々と進めるように心地良かった。