羽龍の動機1
慈杏は父親の若人の羽龍評を思い出していた。確かに距離を感じさせない雰囲気を持っていて、ついつい気安く話してしまう。
「ウリちゃんが入ってくれたら、おにいさんもっと楽しんでくれると思う」
「俺の音でアキが踊るのか。良いね。ガビとの練習を思い出すよ。楽しかったな」
本当にそうなったら、どんなにか素晴らしいだろうか。
「幼なじみなんですよね。そして、同じ目的を二十年も共有して一緒に戦ってきた……」
「はは、そんな格好の良いものじゃないってのはご存知の通りだよ。ほんと恥ずかしいな」
「でも、そこまで深い繋がりの親友がいるのは、素晴らしいと思います」
親友か。羽龍は少し表情を翳らせた。
「あの、冗談抜きで本当に一緒にやりませんか?
落ち着く時期ってお仕事の関係ですか?
プロジェクトはあとは物理的な完成を待つだけですよね?」
慈杏は羽龍をひとりにしてはならないような気がして強く誘った。
美嘉の死は暁と羽龍への複雑な思いを抱かせたのは間違いない。
しかし今の時点で、慈杏も商店街の者たちも、『ソルエス』のメンバーも、ふたりへ責める思いを持つ者はもう居なかった。そのことを伝えたい、伝えなくてはならないのではと思った。
そのためには言葉ではなく、感じてもらわなくてはと。
「うん、ちょっとやることが残っているんだ」
羽龍は慈杏を見ず、ダンサーたちの練習風景を見ながら答えた。慈杏は羽龍を見ながら問う。
「……おふたりの計画に関係することですか?」
羽龍はふっと笑って、少し自分語りしちゃって良いかなと、ようやく慈杏の目を見て尋ねた。慈杏は目を逸らさず頷いた。
「俺ね、この街には小学校にあがるタイミングで引っ越してきたんだ。だから転校生って感じではないんだけど、地元の子たちは幼稚園から一緒ってのも多かったからなんとなく最初から仲良しグループみたいなものはできていたんだ」
羽龍が引っ越しをしてきたその年に、地域には規模の大きいマンションができた。
その数年前に第一種中高層住居専用地域になったことで、マンションが建築できるようになった地域にとっての一号物件だ。
計五棟から成る大規模レジデンスで、その後地域の人口が一気に増えるきっかけとなったマンションだ。同時に戸建て分譲なども散発していて、他所から来た子どももたくさんいたが、マンションの子たちはマンションの子たちでグループになっていることが多かった。
羽龍は母子家庭だった。
不自由はなかったが、裕福ってほどではなかった母子は、六戸ほどの小さな賃貸アパートに住んでいた。
離婚を機に働き始めた母親の職場に通いやすい条件を満たしている物件の中で、最も安いから選ばれた住まいだった。
近所には羽龍の同級生もいなく、クラス内では既にいくつかのグループができ始めている中で、羽龍はなかなか溶け込めずにいた。
「慈杏さんは学区が違うんだっけ? 俺たちの学校は出席番号が誕生日順でさ」
「あ、うちもそうでしたよ」
「地域的にそうなのかな? 高校の時はあいうえお順だったから違和感あったけど、世の中的にはそっちがメジャーらしいね」
「あはは、それこの地域のあるあるらしいです。わたしもそうでした。周りにびっくりされますよね」
少し重い雰囲気になりそうだった話題を、羽龍は持ち前の柔らかい明るさでほぐした。
「で、俺の前の席がアキだったんだ。休み時間になったら後ろ向いてさ、名前訊かれて。
俺が滑舌悪かったのか、アキちゃんが聞き取れなかったのか、ウリ⁉︎ って。
うまくいじってくれて周りの奴らとも仲良くなれたよ」
その時に、地域に新しくサッカークラブができるという話しをされて、暁から入ろうって言ってくれたのだと羽龍は言った。