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太陽と星のバンデイラ  作者: さくらのはなびら
日が落ち星が隠れたとしても
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少年と弟

「お兄ちゃん……どこいくの? まだ着かないの?」


 小学生の二歳差は体力に雲泥の差がある。

 弟にとってはそこは歩いて行く場所としては遠かった。

 自宅からガビの工場行く時は自転車で行っても良かったが、部活動に参加していない俺たちはランニングや筋トレなどの基礎トレーニングでも部活動組に負けたくないと、行き帰りは準備運動と整理運動を兼ねて軽いランニングで行き来するようにしていた。

 工場の入り口付近に自転車が停めてあるのを、見咎められてはいけないと思う気持ちもあったかもしれない。


「もうすぐ着くよ。あれ、あの建物」


「なにあれ?」

 目を丸くしている弟を見ながら促している俺の顔は、この後の展開を想像して変ににやついていた。


「まあ良いから、ほら、着いたぞ」


「勝手に入っちゃダメじゃない?」弟は不安そうだった。


「良いんだよ、誰もいないから」

 恐る恐るといった様子で中に入る弟の警戒感を解こうと、俺はさっそくサッカーボールを取り出した。


「結構広いだろ? あの壁見ろよ? 思いっきりシュート撃てるぞ」


 壁に向かって軽くシュートを撃ち、跳ね返ってきたボールをキャッチして、足元に落としバウンドを押さえた。


「すげー」


「その代わり地面はコンクリで硬いから、準備運動はしっかりしとけよ。足首は念入りにな」


「うん」


 弟は素直に準備運動を始めていた。

 俺と弟のやり取りを見ながら、羽龍は困ったような気青をしていた。


「アキちゃん、まずくない? ガビ来る前にはじめちゃ……」


「大丈夫、もう時間だから準備運動させているうちにすぐ来るよ。ここには誰も来ないってことにしといてさ――」


 羽龍が怪訝な顔をしたその時、あの少し高い声が響いた。


「#Boa noite__ボアノイチ__#! アキ! ウリ!」


 扉から入ってきたガビは逆光で、黒く、そして大きく見えた。


「うわー‼︎ 人さらいだ! 逃げろ‼︎」

 俺は弟の耳元で叫んだ。焦ったような、危機感を煽るような声で。


「ぎゃー‼︎」


 弟はパニックになり顔面蒼白になって叫ぶ。

 逃げたいが足がすくんでしまい思い通りにならない身体に更に困惑し泣き叫ぶ。動きも滑稽だ。


「あはははははは!」


 笑いながらガビの方を見ると、困ったような顔の陰に寂しさが見えた気がした。


「アキちゃん!」


 羽龍は弟を慰めながら、俺をまっすぐ見据えていた。


「こんなの全然どっきりじゃないよ」


 羽龍はもう俺を見ていなく、優しい声で弟にガビの説明をしていた。「よく見て、優しい顔しているでしょ? ガビって言ってすごくサッカーがうまいんだ。いろんな技教えてくれる新しいコーチだよ」、と。


 ようやく泣き止みガビを見る弟の顔からは、恐怖心は薄れていくようだった。

 今は優しいまなざしでこちらを見ているガビを見て、怖い存在じゃないと肌で感じたのだろう。


「ごめん」


 弟を怖がらせて、何が楽しいと思ったのだろうか。情けない気持ちになり謝った。


「ガビにも。あんな言葉は使っちゃだめだ」


「ガビ、ごめん。調子に乗りすぎた」


 羽龍の言うとおりだ。ガビにも素直に謝った。

 カビはもう表情に寂しさの色は見えなかったが、間違いなく傷つけてしまったと思った。



 この街は急速に住宅地化していたが、元々は代々続く農業従事者が住民の中心で、地主とその系譜が所有している土地や相続した土地に家を建てていた。

 農地の規制が外れたタイミングで土地を手放す地主が現われ始め、マンションが建つようになり、外部からの人も住むようになっていたが、外国人の姿はあまり見かけなかった。

 特にこの工場の近辺に住宅はあまりなく、畑や田んぼと、その所有者である地主の家といった構成で、地主は高齢の人物が多かった。


 具体的な何らかのうわさを聞いたわけではないが、なんとなくガビが周囲の住人に好意的に受け入れられてはいないのではと思ってはいた。

 そう感じていたのに、傷つけることはわかっていたのに、なぜあんなことを言ってしまったのだろうか。

 ガビに意地悪したい気持ちがあったのか? あったとしたらなぜ? わからない。


 フィクションやドキュメンタリーなどで見聞きした、外国人を鬼などの恐怖の対象や、犯罪者のように扱う、差別的で排他的な旧い感性の日本人を、ダサいと思っていた。

 自分がそんなダサい存在と同じことをしていたと気づいた俺は恥ずかしくなり、もう何も気にしていないようににこにこしながら弟と話しているガビをまっすぐ見られなかった。


 何事もなかったように普段通りのガビや羽龍、弟と練習しながら、俺は俺の中の幼稚さを早く捨て、自分自身が格好良いと思える人物になろうと決めた。

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