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太陽と星のバンデイラ  作者: さくらのはなびら
日が落ち星が隠れたとしても
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始動2

 ふたりが練習を再開した時、遅れてきた渡会が練習場に入ってきた。


「へぇ、アキにい、様になってるー!」

 練習するふたりを見た渡会は、すごいすごいとはしゃぐように言っている。


「でしょ!」


 慈杏は嬉しそうに言った。

 しかしその眼差しに一抹の寂しさがあることに暁は気づいていた。暁は汗を拭いながら、そんな慈杏の心には気づかないふりをした。


「渡会さんも出るんだろう? こっちのことは良いから練習してなよ。ああ、ニックネームで呼ばないとな。渡会さんはルイで良いんだっけ?」


「ニックネームはるいぷるにしてます! でもるいっちでもルイージでも良いですよ!」

 渡会は嬉しそうに笑っている。


「いやー、アキにいが名前で呼んでくれるなんて。記念日じゃん! ちょっと写真撮るー」


 渡会は自分も入れて携帯電話を構えた。

「いくよー、さん、にー、いち、いぇー!」

 ふたりには有無を言わさず撮影する渡会。

 慈杏はすぐに笑顔を作ってポーズを取っていたが、暁は戸惑った表情のまま棒立ちになっていた。


「よしゃ、ランちゃんに送ろー! ランちゃんもやれば良いのになー」


 和気藹々としている。

 本来そこにあったはずの欠片は失われたまま。

 その事実がはしゃぐ三人の胸の裡に澱のように薄く積もっていた。

 この光景をこそ、美嘉は望んでいたのだと信じて、積もったものを積もらせたまま、笑って生きていくのだ。


「こんばんは! おー! やってるね!」

 今度は羽龍が練習場にやって来た。


「ウリちゃん!」


「はは、渡会さん、相変わらず元気だね。東風さん、お疲れ様です。差し入れ持ってきたんで良かったら皆さんで」


「おお、ありがとう!」羽龍が大きな紙袋を少し上げ、挨拶をすると、治樹は快活な笑顔で礼を言い受け取った。


 あー! ファットウィッチじゃん! それ好きーと、めざとく見つけた渡会が騒ぎながら駆け寄ってくる。

 年のわりに落ち着いた印象の瑠衣も興味を持ったのか、踊るのをやめ少し遠巻きに様子を見ていた。


「ウリちゃんもやろーよー!」


「良いね、今はちょっとやることがあって無理なんだけど、落ち着いたら考えてみるよ」


馴れ馴れしく言う渡会に、羽龍は爽やかな笑顔で答えた。


 快活な笑顔の治樹と爽やかな笑顔の羽龍を見て、渡会は歯を白くする商品のコマーシャル見たいだな。ウケる。などと思っていた。


 羽龍は練習場の脇に並べられたパイプ椅子に座り、練習を見ていた。


「おつかれさまです」


 慈杏がドリンクボトルのキャップを緩めながら羽龍の隣に座った。


「差し入れありがとうございました」


「お疲れ様。ふたりとも格好よかったよ! 休憩?」


「はい、アキは今度はバテリアに混ざってガンザ振ってリズムの基礎固めをするそうなので、わたしはちょっとお休みです」


 バテリアの練習場は別の部屋で行われていた。既に暁はガンザを持って移動していた。


「打楽器、バテリアっていうんだよね? さっき覗いてみたけど音すごいねー。俺も昔ガビとの練習であの大きい太鼓叩いたことあるけど、こんな大きな音になるんだ」


 羽龍は心底驚いたという風に話していた。笑顔が印象的な人物だが、そもそも表情豊かなのだなと慈杏は思った。


「ガビが言っていた通り、確かに心臓の音だ。心の中心が疼くと言うか、その衝動で身体が動くのもわかるよ」


「本番はもっとすごいですよ!

類じゃないけど、やってみません? ダンサーでも、バテリアでも、高揚感は味わえますよ」


 本質を理解していてくれているように思えた羽龍からの感想に嬉しくなり、慈杏はつい熱っぽく勧誘していた。



 サンバをやる者は少しでも興味を持った者を見つけたら勧誘しがちである。時には興味を持たれていなくてもお構いなしの場合もある。

 これはその知名度の割に浸透していない、競技人口が少ない、新しく始める人(特に若い層)が少ない、という業界全体の課題もあるが、知ってさえもらえたら、触れてさえもらえたなら、その楽しさを、魅力を、感じてもらえると言うサンバに対しての自信と信頼があった。



「あはは、さっきの渡会さんへの対応、あしらっているように見えたかな? 意外と本音だったりするんだ。落ち着いたら、やってみたい気持ちはあるよ。アキだって何気に楽しそうだしね」


「はい! アキ、時間がないからってのもありますが、思った以上に熱心に取り組んでくれて。それも嬉しいんですけど、義務感だけじゃなくて、楽しんでくれてるなと感じた時、本当に嬉しいんです。

多分ミカも、義務感でやってくれるのは望んでいないと思うから」


「うん、そうだろうね」


 そういえば、慈杏はいつから暁をアキと呼ぶようになったのだろう。

 それは暁がチームの一員になったような証に思え、とにかく先に歩み始められたことを示しているようで、羽龍は心から安心していた。その奥底にある一抹の寂しさには気付かないふりをして。

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