始動1
その気になった暁の行動は早かった。
素人が最低限舞台に立てるようになるまでに必要な練習量の目安を一般論と直近の美嘉の事例を参考に、時間に置き換え算出し、本番までの期間から逆算し無理なく実現できるプランを立てて慈杏に提案した。
暁の勢いを削ぐわけにはいかないと考えた慈杏も、早々にチーム内の段取りを整えることにした。
取り急ぎは治樹に紹介がてら相談し、同時に入会の手続きを進めることだろう。
暁が決意をしてからほとんど日を空けずに、慈杏は治樹に時間をとってもらっていた。
診療時間後にクリニックを訪ねたふたりを、紺のスクラブスーツのまま迎えた治樹は、少し難しい顔をして話を聞いていたが、暁を見て、「体格もほとんど変わらないから、衣装はそのまま使えるな」と、言下に暁がメストリとなることを認めた。
美嘉の恋人である慈杏と、美嘉の兄である暁が、安直に結論を出したとは思えなかった。近親者が、当事者が、覚悟と決意を以て決めたなら、代表としてはバックアップする以外の選択肢はないだろうと治樹は思っていた。
練習は、暁の想像を超えてハードだった。
ワークショップだけでなく、普段のエンサイオにも他チームのメストリ経験者に、『ソルエス』が費用負担をして講師として来てもらっていた。
休憩時間も無駄にしなかった。
演技プランの打ち合わせやパフォーマンスの評価と修正などのやり取りだけでなく、息を合わせる必要のあるペアダンスなので、積極的なコミュニケーションも心掛けていた。
「やっぱり兄弟ですね。似てる」
「似てないんじゃなかったか?」
一息付きながら言う慈杏に、暁は返した。
話し合いが決裂したあの日、慈杏に言われたことを覚えていた。
「あれは、嘘です。
ミカとおにいさん、反対のことを言い合っているのに、よく似ていたから。
わたしたちのための立場をとってくれているミカと、反しようとしているおにいさんが似ているって認めたくなくて、服の趣味が違うなんて人間性とは異なる部分を取り沙汰して、とにかく似てなんていないって断じたかった。
そんな無理を言えば言うほど、心の中では似ているってことをより意識させる結果になったんですけどね」
「似ているにしても似ていないにしても、本人にはよくわからんな。ましてしばらく会っていなかったから。
でも似ているなら、美嘉を上手くトレースできれば良いのだが」
「おにいさんはおにいさんのやり易いやり方、覚え方で良いですよ。
必要充分って言い方にはなってしまいますが、既にイベントに出ても差し支えないレベルになっていますから!」
「見よう見まねで、どうにかって感じたが……大丈夫か?」
パターンは簡略化して、見映えだけで魅せようとしているのは事実だったが、日数を考えれば凄い勢いで身につけられていると慈杏は思っていた。
「元々雰囲気もありましたから、ミカとは違った表現のメストリとしてみればミカのメストリと比べても遜色ないところまでいけるかもです」
「それなら良いのだけど」
ほっとしたように言う暁の顔はどこかあどけなく、美嘉とダブって見えた。
「……あと、ひとつ提案です。うちのチームは入会するとニックネームで登録するんです。
本名を登録しても良いのですけど、相手の名前は基本的にはニックネームで呼んでるんです。わたしはジアンで登録してます。ジアンって呼んでください。おにいさんはなんて登録しますか?」
「そうだな、周りからはずっと暁やアキって呼ばれてきたから、アキにしておこうか」
「わかりました、ハルには伝えておきますね。それでは改めて、よろしく、アキ!」
「ああ、よろしく頼む。ジアン」
「ふふ、急に呼び方変えるとなんとなくくすぐったいですね。さ、練習しましょう!」