真実の形2
真実は、ひとつしかないのかもしれない。
しかし、どう見るかで印象はまったく異なる。
円柱は、真上から見れば丸く、真横から見れば四角く見える。
もっと複雑な形のものを、角度、距離、フォーカスする位置を変えて見れば、それこそ千差万別の見え方で見えるのだろう。
ひととひととの営みによって起こる物事の真実などは、さらに複雑怪奇だ。
見る側の立ち位置や立場、価値観考え方。
視野、視点、視座。
そこに思惑が加わり、ひとの手によって流される情報から、さらに憶測や推測、噂が生み出される。
真実はひとつであるはずなのに、情報は間違ってはいなく、嘘でもないのに、受け手によってまったく異なる結論に辿り着くことがあるのだ。
「ミカは言っていました」
にいちゃんは調子に乗って、たまにガビの風態や発音をいじったり……見方によっては馬鹿にしているように見えたこともあったけど、後になって思うと、照れ隠しだったんじゃないかな。誰よりもガビに憧れていたのはにいちゃんだった、と。
だからガビが悪く言われることが、理不尽に出て行かなくてはならないことが、黙っていなくなってしまったことが、でも純粋な被害者ではなかったと思えたことが、許せなかったのではないか。
信奉していたガビが世間から否定されていたことを。
信奉していたがガビに裏切られたと思えたことを。
子ども心に感じた怒りの内訳は、おそらく美嘉が慈杏に語った内容の通りなのだろうと暁は思った。
そしてそれは、筋が違っていたことを知らされた。
一言もなく去った理由も、ガビが決して加害者などではなかったことも知れた。
実際は騒ぐほどの被害も加害もなく、美しくも正しくもないがよくある単なる利害の衝突と、その末の誤解に過ぎなかった。
損害賠償はともかく、土地の売却については農家も決して濡れ手で粟の利益を充分に得ていたわけではなかった。
買い手にはなるべくまとまった用地をできれば安く買いたい思惑があり、スピードも求められていた。
買い手が農家に提示したのは、当時の地価にほんの少し色を付けた程度だった。
悪い噂が出ている地域の土地としては高額と見るか、将来の新駅開業と都市開発に伴う高騰が確実な土地としては安すぎると見るか。噂が実態を伴っていないなら、後者であろうが。
土地を手放したい農家からすると、同じ立場の農家が多ければ、望外な高値で売るのは難しかった。
元値を知っている農家にとっては、その提示額でも充分だったかもしれない。
手間もなく何もかも請け負ってくれて、近隣の土地を全てまとめて買い取ってくれるなら、今ほど情報が誰でも簡単に得られる時代ではなかった当時なら充分な満足を感じられたのではないか。農家は横並び意識が強いため、みんな同時でみんな同じ額というのも良かった。
不動産屋の用地担当から、まとまっていることに価値がある、この額でまとまってもらえないなら、この計画自体白紙になる。一件一件を切り売りしようとしても我が社のようなスケールメリットのある買い取り価格にはならない。とのある意味脅し文句も効いたのだろう。
一方農家側には、高く買ってもらえた方がよく、しかし、自分のせいで周りも売れなくなってしまったら責められるのは嫌だと言う心理があった。
そんなこんなで、まさに電光石火で工場跡地と周辺の田畑をまとめて買い上げたのが、佐田開発だった。
「おにいさんの会社ですよね」穏やかに言う慈杏。そこには責めるような意図は含まれていない。
「だからもしかしたら既にご存知かもしれないんですが、もしガビへの誤解がまだあるのだとしたら、そのままにはしておけないとミカが」
気にしていたのだと、慈杏は言った。
「情けない話だけど、半分以上知らない話だった。もちろん土地をうちが押さえていたのは知っていた。むしろ、だからこそ、わざわざメジャーデベロッパーに入社して実績を積んだ上で佐田に転職したんだ」
暁は佐田開発の動きについて、新駅に標準を絞って、規制の外れていない農地と汚染された工場跡を、しばらくは金にならない覚悟で抑えたのだと思っていた。
どうせ規制が外れるまで使うつもりもないのだから、その期間を洗浄に充てるつもりで。その分安く買い叩いた、市政と繋がっているからこそ先の計画を見据えた動きだとしか思っていなかった。
「だから俺の計画にとって都合の良い会社だと思っていた」
だが、おそらく順番が違う。
「どこから沸いた流言飛語か知らないが、土壌汚染騒ぎで真っ当以上の利を得たのは佐田だけだ。出来過ぎな話だが、最初から仕組まれていたならむしろこんなわかりやすい話もあるまい」
突如沸いた開発話に、慣れていない、長けてもいない地方の農家など、その頃の情報リテラシーなら簡単に踊らせられただろうと暁は思った。
当時としては珍しい南米系の移民に、当時としては全国的に問題になっていた公害を組み合わせ、蒙昧な住民を扇動することは、とても容易かったのかもしれない。
管理地のまま放っておくことも、あえて調べようとしなければ真相を知られないと見込んだ、施策のひとつだったのではとさえ思えた。
簡単にいえば、噂は土地を安く且つ手間を掛けずに買いたい佐田建設が流したとのではとまで暁は考えた。
硬軟合わせた仕込み、溜めてきたあらゆる準備を、新駅開発本格始動に合わせて佐田建設は解放した。
一般的な都市開発と比べ地権者や地域の反対などほとんど起こらず驚くほどスムーズだったのは、この準備の賜物だ。
無論確証のない推測に過ぎないが、暁は経験則に加え、社員だからこそ知っている佐田の手の内ややり方なども加味すると、それほど的外れでもないと考えていた。