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太陽と星のバンデイラ  作者: さくらのはなびら
日が落ち星が隠れたとしても
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真実の形1

 暁は過去を思い出すようにして話し始めた。そこには旧懐の情よりも悔恨の念が色濃く現れていた。


「なんでガビが出て行かなきゃならないのか。怒りはあったが、親友とたったふたりで理不尽に立ち向かっている自分に陶酔していたのかもしれない」


 しかし数年後、ガビの工場が土壌汚染を引き起こしていたことが当時問題視されていたという事実を知った。

 工場に集団でクレームをつけに行った連中の言い方や態度はどうかと思うが、近隣の農家の怒りは理解できるものだった。


 ガビが出て行かざるを得ないのも、当然の帰結だったのだと、脱力したように語る暁からは、何かを諦めた後のような投げやりな雰囲気を慈杏は感じ取っていた。


「それを知った時、何もかもくだらなく思えてしまってね。

こんな街どうでも良いと。出ていけば良かったんだろうが、馬鹿だった頃の思い出の痕跡を全部消せたらと思ってしまった。振り上げた拳の落とし所を探していたんだろうな。思い違いで憎しみを募らせていたのが恥ずかしく、無かったことにしたかったのかもしれない」


 ほんの少し前までは身を任せていた情動は、今はとうに消えて失せ、かつての自分を取るに足らないものであるかのように語る様子は枯れた老人を思わせた。


「ミカもそんなこと言っていました。ガビがいなくなって数年経った頃、そういう情報を知るともなく知ったと。工場の跡地はずっと管理地になっていたから、なんとなく洗浄の期間なんだろうなって思ったんだって。その頃からおにいさんが一層話しかけにくくなったとも」


 暁はそうかと言い、何かを考えているようだった。


「ミカが亡くなる前、彼がわたしに言ったこと覚えていますか?」


 暁は慈杏を見た。


「ガビのことって言ったんです。

ガビの工場から汚染物質が漏れたという噂は確かにありました。

自動車の整備工場ですから、塗料で使う鉛やカドミニウム、水銀、六価クロム、砒素。その他にもバッテリーで使われている鉛や硫化鉛、補修や剥離などの作業で使う溶剤からもトリクロロエチレンやジクロメタン、ベンゼンなど。噂にしては具体的で、規定の2000倍もの濃度が検出されたとか、近隣の田畑にも漏れているとか言われていました」


 そのことなら暁も知っていた。当時はそこまで具体的な内容までは認識していなかったが、噂は知っていた。

 後にその詳細についても知ることになるのだが。


「事実無言なら堂々と営業していれば良いのに工場を閉じたことや、ガビのお父さんが体調を崩してからは加速度的に弱っていき、亡くなるには若い年齢で亡くなったのも、有害物質の中毒や内臓への影響による病気なのだとの噂も相俟って、多くの人が土壌汚染を事実として扱った」


 慈杏は言葉を区切り、一拍あけてから言葉を続けた。


「でも、結論を言うとこの噂、根も葉もないデマだったんです」


 暁は少しだけ驚いたような表情を見せた。


 慈杏が語った真相はこうだ。

 工場を閉じたのは経営者の父親を亡くした上、噂の収拾がつかなく取引先を失ったことが理由だった。

 父親の病気は肺癌で、病気が見つかった時は回復の余地を残している段階ではなかった。工場での作業だったから、粉塵を吸い込む頻度は多かったかもしれない。それでも工場での作業と病気の間に直接的な因果関係は無かった。



 土壌汚染の事実があるのなら、開示の義務もある。

 知ろうと思えば誰でも簡単に真実を知ることはできたが、調べてまで真実を知ろうとする者がどれほどいただろうか。

 良くも悪くも多くの人にとってそこまで興味があるわけではない。消費して、当事者がいなくなれば口にのぼることもなくなる単なる噂のひとつに過ぎなかった。


 当事者の一部である近隣の農家は当然実態を把握していたはずだ。

 実態として、被害はなかったのだ。ただし、農協を通さず直接企業と契約を結んだり、店舗や消費者へ直売をしたりしていた、当時としては先進的な経営手法を取っていた一件の農家は風評被害の影響が出ていて、早々に撤退を決め、しっかりとガビの工場に損害賠償の請求もしていた。


 周囲の従来通りの経営をしていた農家の何件かも、この機に廃業を決め、その農家に倣ってガビの工場に訴訟を起こした。

 実際はほとんどの農家は子ども世代が独立して民間企業の勤め人や公務員になり、跡継ぎがいないことや、新駅開発の話が具体的になるにつれにわかに地価があがり、農地の規制を外す動きも手伝って、土地を手放しマンションにする機運が高まっていたことが直接的な原因であるにもかかわらず、行き掛けの駄賃のような感覚で工場の責任を追求したに過ぎなかった。


 訴訟は汚染の事実はないので無理筋ではあったものの、細かく追及されれば街の工場レベルの管理に一分の隙もなかったとは言えず、多少の緩さが証明されてしまった。

 国の基準を守っていても、環境に全く影響を与えないなんてことはなく、それを被害だと善意の第三者が主張し被害が証明されれば、やはり責任ゼロというわけには行かない。

 金銭の支払や該当するとされた土壌の回復などが命じられてしまった。

 原告としては元々もののついでの訴えなので、僅かでも補償が出れば充分満足だったろうが、僅かでも複数件分の費用の発生は、既に操業を断念していた工場の責任者であるガビにとっては、致命的な追い討ちだった。


 工場などの法人としての資源だけでなく、もともと多くもない私的な財産も処分してどうにか支払いに充て、辛うじて残った渡航費で親族を頼って父親の母国にほぼ着の身着のままで渡ったというのがおおよその顛末であった。

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